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2006年1月31日 (火)

安全と安心

米国産牛肉が再び輸入禁止になったと思ったら、あっさり解除されていたらしい。
ところがそれが大臣の判断により、閣議で決定された米国の処理設備の査察を行わずに再開されていたために昨日の委員会で問題になったと今朝のニュースでやっていた。
(と文章にしようとするとなんだかややこしいが・・・。)

そんな中、めざましテレビで「安全」と「安心」の関係について次のようなフリップで説明がされていた。

安全+信頼=安心

米国産牛肉でいうと、安全というのは「きちんと処理をすれば大丈夫という根拠」、信頼というのは「きちんと処理されているかどうかの確認」ということになるだろうか。その両者が足し合わされて安心につながるというものだ。(ちらっと見ただけなので掛け算かもしれない。その方が一方がゼロであれば一気に崩れ去るので理屈にはあう。)

しかし理屈はそうかもしれないが、そんな数式通りであれば苦労はしない、という気もする。
安全と安心はセットで語られることが多いが、実は両者には明確な因果関係はなく、安全をいくら積み重ねても安心は別次元のものとして存在するのではないか、とも思うのだ。

明確には安全ではなくても、なんとなく安心を感じてしまうというケースはないだろうか。
安全が客観的なもので、安心が主観的なものだとすれば、安全が安心を担保することはあっても、安心が安全を担保することは本来はないはずなのだが、安心は心の問題なのでそういったことが起こりうるのだ。

安心をどう提供するか・・・そもそも「提供する」ようなものではないかもしれないが、どうすれば安心と感じてもらえるかというのは、常に追いかけなければいけない大きなテーマなのだと思う。
現状できることは、ひたすら安全を積み重ねてそれに理解を求めるか、飾り立ててイメージとしての安心を抱いてもらうかの二択しかない。第三の解があれば良いのだが・・・。

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