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2006年2月22日 (水)

社会的関心とは何か

社会的関心を裏付けるものってなんだろうか。

メディアの露出が高いものだろうか。しかし、それはあくまでメディアの関心の高さのような気がしてならない。
消費者団体やNPO、NGOが意欲的に取り組んでいるものだろうか。しかし、それもやはり彼らの関心の高さであって、それを「社会的関心」と呼んでよいのか、疑問が残る。

実は使う側にとって都合がよく、そのくせ実体がない典型的な虚構がこの「社会的関心」という奴ではないだろうか。

「社会的関心が高い」というと、どこかに客観性があるように見える。「私の」関心ではなく、「社会の」関心なんですよ、と相手に突きつけ、それに答える必要がある、と要求すると、公平で公正に見えるし、相手もなんとなく反論しづらい。

しかし、そもそもこの突きつけ方はコミュニケーションとはいえない。相手に一方的に「社会的関心でしょ?」と考えを押しつけて、さも共通認識であるかのように見せかけているだけ、とも捉えられなくもない。

「私はこのような理由でその事柄に関心がある」という問いであれば、それに対して答えるのはコミュニケーションのあるべき姿だろう。しかし、「社会的関心がある(と思われる)」という問いに対して答えるのは、果たしてコミュニケーションと言えるのだろうか。

もちろん、コミュニケーションにおいて相手の関心を探り出していくことは必要だ。
しかしそれは「相手の関心」であって、決して「社会的関心」ではないような気がする。

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