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2006年2月27日 (月)

「安全」の捉え方

食の安全ということを考えたときに、メーカーにおけるある品質基準が「安全」のためか「差別化」のためかという切り分けをするのは難しい。

多くの食品には、法律上の安全基準がある。食品にかかわらず、人の安全にかかわるようなモノにはそういった品質基準はつきものだろう。

そこで例えば、そのメーカーが法律を上回る独自の高い品質基準を持っている場合、それは「安全」のためだろうか。「差別化」のためだろうか。

もし仮に安全のためだとすれば、法律上の基準では「安全ではない」と言外に言っていることになる。そしてそうだとすれば、食に携わる企業の責任として、そういった法律を変えるためのアクション(自社の基準にあわせていくアクション)をしていないことこそ、問題にされるべきだろう。

それが「安全」のためであれば、独自の基準そのものが、実は社会的責任として良いのか、というジレンマに直面してしまうのだ。

法律は最低基準であり、独自の基準は何ら問題ない、という考え方もあるかもしれない。しかし、それは本来安全ではなく差別化のための基準であると考えるべきではないだろうか。

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コメント

7月に「食中毒を防ぐ!家庭の調理・新常識110」(現代書林)が出版されました。モヤシがウンチほど汚く、シンクで洗うと菌で汚染されてしまう話や、カイワレ大根が菌の揺りかごで育っている秘密、キュウリが食中りの真犯人である話など、目から鱗の話が満載です。小さな子供や老人がいる家の主婦は必読と思いました。またこれから結婚する人も読むべきと思います。

投稿: トビー | 2006年7月24日 (月) 11時50分

こんにちは コメントありがとうございます。

そうですねぇ・・・単純に「菌数」といった尺度で見るのであれば、口内の方が大腸内よりよほど汚い(菌数が多い)という話もありますけどね(笑)

こういったショッキングな本は、確かに勉強になると思いますが、一方で忘れてはいけないのは「でもあなたは健康ですし、人類は滅亡もしていませんよね」ということだと思います。

人間そうそう菌にやられたりはしません。目に見えないものを過剰に怖がるよりも、目に見える範囲で清潔を保つ方がよほど重要ではないかと思いますよ。

投稿: ProjectK | 2006年7月24日 (月) 21時58分

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