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2006年4月14日 (金)

匿名・実名とはどんな状態か~その4

なんだか話があらぬ方向に流れていっているような気もするが・・・前回のエントリで、自己紹介への登録の際に

「知らない人に見られるのは気にならないが、知っている人に見られたくない」

という心理的抵抗があることを書いたのだが、実は以前(偶然だがほぼ1年前に)このような考察をしていた。

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社内で進めている自己紹介の登録がなかなか進まない理由の一つとして、「知らない人に自分をさらす」ことではなく「知っている人に自分をさらす」事への抵抗感を挙げられたことがある。

「身近な人に知られるのが恥ずかしい」という理屈だ。自分が知らない相手に見られても、それはあまり気にならないが、身近にいる知り合いに内容を見られるのは恥ずかしい、そういうことだろう。

恥ずかしい、という感情はともかくとして、身近な人に見られている抵抗感というのは、こうした日記を書いていると感じることは多々ある。この場合の身近な人というのは、心理的な近さよりも物理的な近さだ。

物理的に近い人とは、体験も共有しているケースが多い。その体験について何か感じたことを書いたとする。それを読んだ人はこう思わないだろうか。「なんでその時、自分に言わずにここに書くかなぁ・・・。」

仕事の話題をネタにする時などは特にそうだろう。話している最中には何も言わず、後で書かれる。された方としては面白くない。自分としては、その時思いつかなかった事を書いているだけのつもりでも、読み手はそうは思わないこともある。
それは感覚として自分も分かるから、そういった話題をついつい避けるようになる。(実際なっている。)

自己紹介も同じだ。思わぬ一面を自己紹介で見つけた時に、「こんな一面もあったのか!」という驚きと共に「なんで今まで隠していたかなぁ」と身近だと思っていた人ほど思うだろう。もしかして自分はそこまで相手に近くなかったのだろうかという不安と、なぜ隠していたのかという不信感。これは表向きは否定しても、どこかに必ず生まれる感情だと思う。

もちろん実際には単にそんな機会がなかっただけで、人間関係においてはそういったことは良くあることだ。ただ、会話の中でそういった発見があるのと、自己紹介の中で見るのとではおのずと違う。会話による情報は両者のコラボと偶然によるものだが、自己紹介は明確に登録者の意思だからだ。

こうやってあらためて考えてみると、物理的に近い人と家族的な雰囲気を持って関係が良いほど、自己紹介の登録は進まない、と考えることもできる。もちろん、そういう関係がなければ自己紹介の登録が進む、ということはないだろうが、一つの障害として意識する必要があることかも知れない。

(「自己紹介への抵抗感」2005/4/13)
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この中に日記を書くことについての抵抗感に触れた部分がある。
イントラブログに個人的な経験や感想を語りにくいのは、意外とこういった心理が働いているような気がするのだ。

こうなってくると実名匿名とはまったく関係なくなってくるようにも思えるのだが、実名を「おおっぴらに」匿名を「こっそりと」という形に置き換えてみるとなんとなく分かるのではないかと思う。
実は書いた「内容」そのものよりも「見られたくない人」の存在が、意外な抵抗感につながっているのだ。

あとはこれを割り切ってしまえるかどうか、ということなのだが・・・。

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