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2006年4月27日 (木)

自らのノウハウを自覚する

日経のSAFETY JAPANで、森永卓郎氏が連載しているコラム「小泉改革解説」に面白い一節があった。

ただし、ボーとしていては何も身につかない。特に新人時代の数年間は学ぶための最大のチャンスだ。右も左もわからない新人が先輩や上司に「教えてください」といえば、日本ではほとんどの人が何の警戒もなく、ベラベラとしゃべってくれる。


ところが、欧米ではそうはいかない。社員には個室が割り当てられ、それぞれが守秘義務を負っているし、なにより、年下だろうと何だろうと同僚はライバルなのだ。ライバルに自分のノウハウや知識を喜んで教えるわけがない。

この日本と欧米の違い、最近のKMトレンドではかなり違ってきている(特に欧米)はずだが、一般的な捉え方としてはこのようなものだろう。

だが、そうであるがゆえに、特に日本企業におけるナレッジマネジメントは構造的な問題を抱えているともいえる。経験から言っても、この問題は特に知識共有という命題において大きな障害だ。

それは「教えてくださいといえば、何の警戒もなく、べらべらしゃべってくれる」というところにある。
これは一見良いことのように見えるが、実は本質的に大きな問題があるのだ。

まず、べらべらしゃべってくれるのは、感情の共有ができているという前提に基づいている。新人が聞くから答えるのであって、見知らぬ他人からいきなり聞かれても答えるわけではない。つまり、そういった前提がなければ、しゃべってはくれない。そして、いわゆる「知識データベース」は、多くの場合そういった前提ができていない。

これには「目の前の相手だから」という要素も絡んでくる。べらべらしゃべるのは、どこかに「ここだけの話」という意識があるからだ。公開の場で何の警戒感もなくべらべらしゃべるのは、日本であってもどこか「違う人」と見られるだろう。そういった意味で、知識データベースは二重の障害を持つことになる。

そしてさらに大きな問題もある。「何の警戒もなくべらべらしゃべる」のは、多くの場合、それをノウハウと自覚していないケースが多いからだ。企業秘密とか、そういったセキュリティ意識の問題だけでなく、自分自身の属人的な知識やノウハウを、形として認識していないケースが多いのだ。

だから「聞かれて」初めてそれを自覚し、伝えようとする。この構造を何とかしない限り、仮にイントラブログのような仕掛けがあっても、知識の表出化は行われないと考えてよい。

欧米との比較で考えれば、欧米の場合は「自分のノウハウを明確に自覚」することを個々人が行っているのに対し、日本では人から聞かれるという「受動的な自覚」に頼っているということになる。この差はかなり大きい。

自分のノウハウを形として自覚している場合は、適切なインセンティブさえ用意すれば、その表出化は容易だ。
一方、自分のノウハウを形として自覚していない場合、まずそれを自覚させるところから行わなければならない。

だからこそ、そういった「自覚させる」仕掛けが必要なのだが、実際のところ、こういったことはどれぐらい企業に認識されているだろうか。

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