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2006年7月28日 (金)

ブログが「自分の場所」であること

先のエントリに引き続き、先日参加したiUG研究会の中で考えたことなどに触れてみる。
ブログが「自分の場所」であることは、どのような「敷居の低さ」を書き手に与えるのだろうか。

自分自身の経験からいえば、それは「対象読者の狭さ」という感覚に集約される。情報発信する上でなんだか矛盾するようだが、読者が少ないという「感覚」が書く際の心理的抵抗を下げるということはあるのではないかと思う。

だが、その「感覚」は意外と個人的な思い込みである場合が多い。掲示板への投稿であれ、ブログへの投稿であれ、他者の目に触れる可能性はそう変わらない。こっそりやっているつもりでも、意外とブログは見られているものだし、全社向けの掲示板であっても、意外と見られていないということはあるものだ。

そもそも「敷居が低くなりなんでも書きやすい」心理状態とはどんなものだろうか。
情報発信に伴うある種の「責任意識」が低減されるということではないか。

・自分の場所だから、他人にとやかくいわれるようなことではない
・自分の場所だから、書いた内容は自分の責任を超えて問われることはない

掲示板に書けば「公の場だから」他人がとやかく言う(コメントする)こともあるだろうし、時に自分が考えた以上の責任を(部署の代表として)問われることもある。ブログという自分の場所であれば、そういったプレッシャーからある程度解放されるというわけだ。

しかし、そういった感覚の裏返しとして「自分の場所であるが故の敷居の低さ」があるのだとしたら、それは本当によいことなのか、という疑問を感じなくもないのだが、どうなのだろう。

では、「自分の場所」「個人のスペース」であることをポジティブに捉えるとしたら、どんな考え方があるだろうか。

(まだもう少し続きます。)

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