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2006年9月22日 (金)

信頼の定義

最近、というと語弊があるが、今日はブログのネタに悩む。
ないわけではないのだが、内容的にCSR日記のような気がしなくもない。2本以上のブログを並行して書いている人は、どうやって書き分けているのだろうかと思ってしまうのだが、結局普段の関心の幅がそう広いわけではないので、どうしてもかぶりがちなのだ。気にせず両方に書けばよいのだけどね。

まだ読み始めたばかりなのだが、「安心社会から信頼社会へ」(山岸俊男/中公新書)という本を読み始めた。日本型社会と信頼社会のあり方についての考察な(のだと思う)のだが、これがなかなか考えさせられる。

とりあえず読み終えたのはまだ一章だけで、信頼の定義についての話なのだが、この信頼は大きく二つの要素に分けることができる。「能力に対する信頼」と「意図に対する信頼」だ。

能力に対する信頼・・・それをやる能力があるか
意図に対する信頼・・・それをやる気があるか

あまり考えたことはなかったのだが、確かに両者は大きく異なる。両者を併せ持って初めて「信頼」に値すると言うのは簡単だが、信頼「される」ことを考える側にとって、相手が求めていること、自分が果たさなければならないことがどちらであるのかは明確に意識する必要があるからだ。

さらに、意図についても大きく二つに分けている。筆者は「安心」と表現しているのだが、「だれでもそうする(しない)」と考え方と、本来の意味としての信頼「あの人はそうする(しない)」という考え方だ。

おおざっぱな捉え方で自分も理解できているか怪しいのだが、前者は「普通ならそうする(そうしない)」という感覚のことだ。この「普通なら」というのがくせ者で、筆者はそういった感覚は社会的不確実性が少ない「安心社会」によるものと捉えている。そしてこれは本質的には「信頼社会」とは異なるとしているのだ。

もう少し読み進めてみないと分からないのだが、これが何らかのデータで裏付けされるのであれば、CSRのような活動の方向性に大きなインパクトを与える可能性があるだろう。

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