« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月30日 (木)

ブログはどこまで「再利用」が可能なメディアか

昨日の延長のようになってしまうが、ブログにエントリーされた内容はそもそもどこまで再利用が可能だろうか。そもそも再利用を視野に入れるべきだろうか。そんな疑問がある。

最初から再利用を視野に入れた「日記」を書くと仮定しよう。実はその場合、別にブログのように時系列に書く必要はない。時系列に並んでいないものを日記と呼ぶかどうかという問題はあるが、再利用と整理を前提にしたドキュメントであっても「どこから手をつけるか」はカテゴリや順番にこだわる必要はない。マインドマップのようにキーワードでつながっていくようなインタフェースの方がむしろ書きやすいはずだ。
(そういえば、「関心空間」はそういったイメージではなかっただろうか。)

一方再利用を視野に入れない「日記」を書くのだとすればどうか。自分自身の備忘録という使い方は再利用を視野に入れた使い方だから、こちらには分類されない。あくまで自分の意見を周囲に公開するという、コミュニケーションのためのツールとしての日記になる。これは、「会って会話をし、自分の主張を伝える」ということに近い。

会って話をするのであれば、同じことを何度でも言うことがある。前の発言はその時「思い出せば」言及することもあるが、忘れてしまっても別にたいしたことではない。「同じこと言っているな~」と受け取られるかもしれないが、主張を伝えるというのは元来そういうものだ。

「再利用」は基本的に繰り返しを避けるための手段だが、「主張」はむしろ繰り返してこそ意味があるのだ。どちらのツールとして使いたいかで、性格はまったく変わってくることになる。

実はブログの場合、記録される永続性と、従来の紙の日記との類似性に囚われてしまっていて、その部分が上手に切り分けられていないということはないだろうか。

あえて言えば、「再利用」を考えた情報発信や蓄積を行う場合、ブログの利用はナンセンスである。Wikiなどをベースに時系列にも把握できるような機能をオマケでつけておけば良いはずだ。

もっとも、そうは言いつつ、記録が残っている場で同じことを言い続けるというのは心理的には抵抗があったりする(笑)。そのあたりはちょっと微妙な話ではある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月29日 (水)

フローとストックの境界線

先日書いたカテゴリの見直し吉川さんからコメントとトラックバックをいただいた。
それらを読みながら、あらためて考えたことがある。

それは「そもそもフローとストックの境目はどこにあるのだろうか」という点だ。
ある情報が「フローである」「ストックである」と判断される境界線はどこにあるのか。

流れていくのがフローで、蓄積するのがストックだろうか。でもそれではブログはフローではなくストックになってしまう。そもそもオンラインに記録された情報はすべからくストックということになる。

では整理されているのがストックで、整理されないのがフローだろうか。ではフローの情報は整理されたらストックになるのだろうか。整理されるまでもなく、検索すれば十分な場合はどうなのだろうか。

一方で、ストックされた情報であっても、それが固定化されることはあまりないのではないか。流動的に整理され、更新されるとしたら、それはストックだろうか、フローだろうか。

ナレッジマネジメントを担当していた頃に、この「フローとストック」についても考えたことがある。自分たちの「ナレッジマネジメント」において、オンラインのシステムは何を担うのか。ストックか?それともフローか?

その時に自分が考えたのは、あえてシステムの持つストック的な要素を排して、フローとして使うということだ。
システムに記録された情報を「再利用しない」という選択である。

どういうことかというと、オンラインはあくまでフローを広く伝え流通させるために活用し、その情報の「蓄積」はシステムではなくヒトの中に行えば良いのではないか、という発想だった。
簡単に言ってしまえば、過去の記録を探すのではなく、知っているヒトに聞け、ということだ。そして(この先が重要なのだが)自分がそれを知ったのなら、次に同じ質問が出たときには「自分が」答えるのだ。

一見非効率なようだが、次に自分が答える際には、以前自分が答えてもらった時よりもブラッシュアップされた知識が表出されるのではないか、というのが自分の仮説だった。それが知のスパイラルを生み出すだろう、と。

もっとも、結局これは仮説のままで、周囲には理解されずに終わった。ストックではなくフローを重視する、という点では合意を得たのだが、そのフローをストックにせず捨ててしまう、という提案までは、さすがに大胆すぎたというか、採用はされなかった。

ただ、この考え方は自分の中には今でも残っていて、個人的にはストックは過去のものであり、そのまま再利用するのではなく、ブラッシュアップするためにフローを積み重ねるためのものであると捉えている。

もっともそうは言いつつも、このブログの内容とか、過去に自分が書いたドキュメントは全部ストックしているっていうのが、結局捨てきれない弱さなのかもしれない。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2006年11月28日 (火)

お休み

昨日は定期演奏会の翌日ということで休みを取った。予想通り二日酔いだった・・・。

いつもより2時間ほど余計に寝てからのそのそと起きだし、前日会場で録画した演奏会の映像を見る。改めて録音を聞くと・・・ちょっと悲しくなる(笑)ホールの生音響ではとても気持ちよく響いていたのだが、録音されたものはアラが目立つようになるのだ。

昼前に外出して、次の演奏会に向けてCDを購入。昔はそうでもなかったのだが、最近は一度に何枚も買うことが多い。結局演奏会とは関係ない曲も含めて5枚購入。のだめのCDもあったのだが、これは今回は見送り。

食事をしてから家に帰り、買ってきたCDを聴きながら車に積んでおくための「定期演奏会バージョン」のCDを作成する。アンコール(予定)の曲まで含めてギリギリ1枚に収まったが、ギャップの調整やらで結局2枚ほど無駄にする(もったいない)。
ついでに2月のイレギュラーな演奏会についてもCDを作成する。定期とは違い、よく知っている曲ではあるので無理にCDを作る必要はないのだが、最近車の中で聴く曲が固定化されているので、よしとしよう。

その後、パートのメンバーに次の(イレギュラーな)演奏会にむけての連絡。練習スケジュールを合わせてもらえるか、そもそも人数が確保できるのか、少々心配だ。本来は「有志による」演奏会の扱いなので強制的に出てもらうことはできないし、そもそも自分が出なければいけないということも無いはずなのだが・・・。

そんなこんなでどうということのないお休みを取らせていただいた。さて、仕事に復帰しなければ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月24日 (金)

人件費

先日あるお店で昼食中、近くの席から男性二人組の会話が聞こえてきた。

「○○(ライバル会社らしい)が次々と受注しているんだよ。うちの半額で提示するんだよな。どうやったらそんなに下げられるのか、クライアントも驚いているんだよ。」
「まあでも(○○の方が)人件費が2~3割安いでしょ。」

思わず(心の中で)笑ってしまったのだが、人件費つまり当人の給料がライバル会社に比べて高いことが自社の入札額を押し上げており、結果としてライバル会社に取られている、ということらしいのだ。

それでふと考えてしまったのだが、例えば「自社製品は価格が高い」というときに、実はその原因は自分たちの給料にある、と考える社員というのはどれぐらいいるのだろう。さらにそこから「では自分の給料を下げて価格を下げよう」と考えることはできるだろうか。

業種にもよると思うのだが、人件費というのはコストとしてのウェイトは総じて高いはずだ。そこで商品やサービスの価格に占める自分の給料を意識し、他社と比較し、高い場合には下げることも視野に入れることができるだろうか。問題は他人の給料ではなく自分の給料ということだ。(つまり社長が社員の給料を下げようとかいう話ではない。)

個人で商売をしている場合は、おそらく自然とそういったことをしている(せざるを得ない)はずだが、企業に勤めているとなかなかそういった発想は出てこないのではないか。

もっとも、資本主義というのは元々そういったもので、労働者への賃金をコストに組み込む構造になっているため、実は個人で商売をしている場合とはまったく捉え方が違っていたりする。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月22日 (水)

CSR日記の再開

カテゴリの見直しにともない、統合を考えていたCSR日記だが、やはりそのまま続けることにした。
ブログとしてというよりは、どちらかというと社内向けの情報提供としての継続だ。ブログに掲載するのはオマケといえばオマケである。

ただ、少し内容については若干スタンスを変更する。これまでは社内の情報もちりばめて書いていたのだが、基本的には社外の情報だけを書いていくことにする。そういった意味では、ブログとしては内情暴露型ではなく、単なる情報型になる。

これは準備を進めているオフィシャルなブログと関連してのことだ。下手に個人ブログで内情暴露型のエントリをしていたら、自分の性格として連動した「裏話」を掲載してしまいかねない。そこはきっちり切り分ける必要がある。(もっともそれはこちらのブログでも同じなのだが・・・。)

もっとも、社外の情報を提供するタイプのブログの方が書くのは難しい。内情暴露型はようするに「普段の自分の仕事」を書けばよいのだが、何らかの情報を提供すると考えた場合は、そのための調査や整理がどうしても必要になってしまうからだ。正直、そんな時間を割いてしまっても良いのか、という疑問も残る。

そういった意味では更新頻度は落ちるかもしれない。

それにしても、リリースなどのオフィシャルな情報発信に、半裏話としてのオフィシャルなブログ、さらに裏話としての個人のブログなんて階層構造が今後は出てくるのだろうか。オフィシャルなブログを書きながら、その裏話を別のブログで書いているケースなんてあるのかなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月21日 (火)

残らない会話の記憶

昨日社内の他部署の人に今の自分の仕事の説明をするという機会があった。
報告書の作成に関するもろもろと、CSRに関する世間の状況などを話した・・・はずなのだが、振り返ってみると具体的に何を話したか良く憶えていない。

実はこういうことは良くある。

話した内容も聞いた内容も、あまり自分の中に記憶として残らないのだ。よく、会話の内容を丁寧に再現して話せる人がいるが、自分にはそんなことはとてもできそうにない。そもそも講演やテレビ番組、本の内容さえ上手く思い出せなかったりする。

そんな自分だから、「書く」というのは非常に重要なのだ。記憶ではなく記録として残るからだ。

そういった意味ではもう少しメモとか取るべきなのかもしれないが、実はメモを取ると取ったメモの形でしか思い出せなかったりする。メモはキーワードのみ書き、そこから連想して思い出せといわれるが、自分の場合、メモをきっかけに「自分の考え」が生まれてしまって、その時の話の内容はすっ飛んでしまうことがよくある。

自分の考えをメモしたときはそれでも良いのだが、他人の発言の場合はそれはまずいよなぁ・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月20日 (月)

練習スケジュール

このところオーケストラの話題が増えているような気がするのだが、まぁ今週末が本番ということで(笑)
しかし、その後のスケジュールが大変だということが、徐々に明らかになってきた。

  • 1月には来春の定期演奏会に向けて本番指揮者による練習がある。当然12月中にある程度まとめておかなければならない。
  • 2月には依頼されてのイレギュラーな演奏会がある。2月4日なので、1月中に仕上げなければならないが、こちらの指揮者・ソリストとの練習も1月には発生する。当然12月中にある程度まとめておく必要がある。
  • 3月には小編成のアンサンブルによる演奏会がある。すでに1曲エントリーが決まっていて、その練習も12月に1回目があるが、これに出席できるかは微妙。
  • 12月~1月は正月休みがある。年末には総会もあるので、練習できない日が発生する。

ようするに12月中に7曲(実質8曲)の譜読みと練習をしなければならないのだ。おまけに来春の定期の曲には、かなり大きなソロもあったりする(笑)

そうそう、もう一つ忘れていた。

  • 当然、スキーには行きたい。

去年は2回(2日)しか行っていない。例年10回(10日)は行っていたのだから、今年はなんとかそれぐらいは行きたい。日曜日はほぼ毎週一日練習という状況なので、土曜日に行くしかないの(これはいつも同じ)だが、平日に練習を入れていたら今度は生活が成り立たなくなるかも・・・。

iUGのイベントもありそうだし、仕事はこの時期忙しくなる(報告書の作成のため)し、どれも手を抜くことなくこなす何か良い方法はないものだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月17日 (金)

民主主義と自律の精神

昨日の阿倍内閣メールマガジン「こんにちは 阿倍晋三です」にちょっと気になるところがあった。

 戦後教育は、機会均等という理念のもとで国民の教育水準を向上させ、戦後の経済発展を支えてきました。また、個人の権利や自由、民主主義や平和主義といった理念についての教育も行われてきました。

 しかし、他方で、道徳や倫理観、そして、自律の精神といったものについての教育はおろそかになっていた点はやはり否めません。

教育基本法改革に関する話だったのだが、気になったのは「個人の権利や自由、民主主義や平和主義といった理念」の教育と「道徳や倫理観、そして、自律の精神」の教育は一方に力を入れれば一方はおろそかになるような関係にあるだろうか、ということだ。

むろんこれは言いがかりに近いツッコミで、阿倍総理はそんなことは書いてはいない。ただ、特に「個人の自由」「民主主義」といった概念は、本来道徳や倫理観、自律といった精神を内包して初めて意味があるものなので、一方はできていたけど一方はできなかったというようなものではなく、そもそもどちらもできていなかったのではないか、という気がしてならないのだ。
(そういった意味では、この阿倍総理の話にうんうんと頷いてしまう人というのは、本当に個人の自由や民主主義の概念を理解しているか、という気になる。)

そんなことを思い出してしまったのは、以前ある人とやりとりをしていて「民主主義は多数決が原則なのだから大勢の意見に従うのは当然」みたいな話が出てきてびっくりたことがあったからだ。

民主主義は本来多数決が原則なのではなく、「自律的な」個人一人ひとりによる話し合いによる解決が原則であるはずだ。現実にはそれでは解決しないから、手段としての多数決があるにすぎない。多数決で決めることに納得するまで、議論を尽くすことが「原則」であり、多数決は結果にすぎない。

そんな話が出てきてしまうような「民主主義の教育」しかしてこなかったから、結局道徳や倫理観、自律といった精神が育たなかったではないだろうか。多数決に従うだけなら、そういった精神は必要ないからだ。解決を求めて議論を尽くそうとするからこそ、そういった精神が自ずと必要になる。

実はおろそかにされていたのは、個人の自由や民主主義に関する教育ではないか、という気がしてならない。両者を別々に論じるのは、どうもいやな感じがするのだがどうなのだろう。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年11月16日 (木)

アンケートの印刷

オーケストラの定期演奏会で配るアンケートの印刷をしなければならない。
当然、安い方が良いのでそういった印刷会社を探す・・・探すのだが、そこでふと自分の仕事を思い出す。

サステナビリティという視点、CSRという視点で考えたとき、本当にその激安の印刷会社にお願いして良いのか、という疑問だ。もちろん実態は調べなければ分からないが、他に比べて激安ということは、その企業の努力だけではなく、なんらかの負荷を自然を含んだ周囲に転嫁している可能性がある。

自分がそこにお願いするということは、その負荷に荷担することになる。

いやいや、しかしオーケストラの財政事情も苦しい中で、そんなことを言ってられるか、という話もある。そもそも普通の値段でコピーしたって、負荷をかけていない保証は全くないのだ。
(乱暴な話だが、許されるなら環境配慮が目に見える自分の会社に金を払って印刷するのが一番負荷が低い気がする・・・。)

この際、担当である自分の考えだけでなく、オーケストラという組織の方針としてこういった配慮がうたわれていると何も悩むことなくそのようにして、お金の心配は別にすることになるだろう。ということは同様に、こういった方針が明確に掲げられていない企業で、そういった姿勢を担当者が貫くことは難しいということだ。

さてさてどうするか・・・。個人の範疇で良いなら、自分のポケットマネーを足すという選択肢もあるのだが、それはそれで会計上に不透明な処理が生まれることになる。それはそれでよろしくない。

今回は(時間がないので)とりあえず激安で行くとして、改めてオーケストラの方に相談をしてみるのが良いのかもしれない。正直、こんなことで頭を悩ませる時間があったら練習をして欲しいところではあるのだが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月15日 (水)

いじめは子どもの世界の問題か

最近子どものいじめ問題が騒がれているが、おとな達が取り組まなければいけないのは「子どもの」いじめ対策ではなく「おとなの」いじめ対策ではないかという気がする。自殺の問題もそうだが、子どもの世界で起こっていることは結局おとなの世界の鏡写しなのではないだろうか。

言葉を換えているが、セクハラ、パワハラなどはいじめではないのか?子ども達のいじめ問題を叫ぶおとな達は違うモノと捉えているような気もするが、そんなことはないはずだ。
もっとひどい組織的ないじめさえある。偽装請負や外国人労働などは最たるものだが、そういった問題も解決できないおとなの社会に、子どもの社会を変える力はあるのだろうか。

例えば教育界では履修単位不足の問題も発生しているが、それに伴って校長先生が自殺している。あの自殺は関係者、メディア、社会によるいじめの結果ということは言えないだろうか。子どものいじめによる自殺と本質的に何が違うだろうか。

彼らには責任があった、というかもしれない。責められるだけのことをしたというかもしれない。でもそれは「おとなの理屈」だ。「いじめられる側にも原因がある」という子どもの理屈と実はあまり変わらない気がするのだ。
「彼らに解決する責任がある」というのは「いじめられる側ががんばる必要がある」という理屈とどう違うのだろうか。

(そもそも一部の識者は「どんな理由があれいじめはいけない」とか「いじめられる側が悪いなんてことは絶対にない」と言っているではないか。そう、理由は関係ないのだ。)

厳しいようだが、ある問題に対し関係者であるなら、どんな人にも対処の責任の一端はある。一方無関係なら本来口を挟む権利はない。口を挟むということは関係者になるということであり、責任の一端を負うということだ。

まずはおとなの世界でのいじめを何とかすることが必要なのではないだろうか。そこから目を背けて子どもの問題に大騒ぎをしても、長い目で見れば何の解決にもつながらないような気がする。

| | コメント (4) | トラックバック (4)

2006年11月14日 (火)

カテゴリの見直し

このブログのカテゴリの見直しを行っている。
恥ずかしながら、これまであまり意識したことはなかった。他のブログを読むときにも気にしたことがないのだが、他のブログではどの程度整理されているのだろう。

正直なところ、カテゴリで分類する意味合いがはっきりしないのも事実だ。ブログは時系列に綴るもので、あまりカテゴリで見直すということがない。探すエントリがはっきりしていれば検索すればよいし、そもそもフローの情報がほとんどだから、あとから分類毎に見直すという機会がない。

それでもちょっと分類を見直そうかと思ったのは、エントリの内容に対する枠をある程度用意しようかと思ったからだ。無目的に書いた内容にたいして分類をつけるのではなく、分類でブログに書く内容の方向性を定めておいて、それにそって書くというスタイルに変更するとでも言えるだろうか。

もちろん無目的で書くこともあるから、それに適したカテゴリも用意するのだが、ブログにはもう少しテーマを持っても良い気がする。その「テーマ設定として」カテゴリを使うということだ。

で、今考えているのは・・・

ナレッジマネジメント
イントラブログ
CSRとサステナビリティ
ファシリテーション
自己啓発と仕事術
オーケストラ・音楽
ニュース・コラムに一言
日記・つぶやき

といったところ。実際どれだけそのカテゴリでエントリをするかは分からないのだが、これまで書いていた傾向からすればこの程度の分類になるだろう。もっとも「ファシリテーション」は微妙だが・・・。
(あとたまにだが「物欲」というカテゴリが必要な気もしている・・・。)

これに伴い、CSR日記のように他で書いているブログの統合も考えている。クイック投稿三昧などは少々微妙なのだが・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

2006年11月13日 (月)

練習予定

オーケストラに演奏会の依頼(?)があった。急な話だが2月の本番で、協奏曲を2曲と序曲を仕上げなければならない。
2月と言っても上旬だから、実質的には次の定期演奏会の後2ヶ月しかない。

さらに、次の定期にむけての練習もあるため、今回の練習は普段の練習時間以外の時間で組む必要がある。ただでさえスキーなどで忙しい冬なのに、なんとも忙しい2ヶ月になりそうだ。

とりあえずは、練習計画をもとにスケジュールの調整をしなければならない。幸いなことに協奏曲2曲は過去弾いた経験がある。だからすぐ弾けるということは全くないが、1から楽譜を読むよりはましだろう。

昨日の練習では、まだまだ弾けない部分を露呈してしまった。弾けないというか、弾いていないというか、長い曲なので後回しになっていた部分が、それほど難しくないにもかかわらず結局弾けていないのだ。

本当なら今週帰ってから練習をしたいのだが、あいにく今週は予定が詰まっている。改めて考えると土曜日まで予定が入っているのは正直つらい。なんとか土曜日には練習をできるように調整したい。

後は・・・明日の会合をすっぽかしてしまうとか・・・(笑)
いやいや、すっぽかすという表現は良くない。ただ、いずれにしても優先度を考えていかないといけない。あと練習ができそうなのは今日ぐらいか・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月10日 (金)

オフィシャルなブログを書く

上司にブログをやろうと言われました。今のプロジェクトについて、社内向けではなく、社外向けに。

・・・漠然とやりたいとは思っていたはずなのに、いざ言われると「やりましょう」と即答できなかったのは、あまり真剣に考えていなかったということだろう。少々反省する。

それにしても、社内向けではなく社外向けというのは思い切った話だ。一部とはいえCSRをテーマにするということは、マーケティングでもリクルーティングでもない、まったく違ったビジネスブログと言うことになる。ブランディング、は多少関わってくるかもしれないが、それにしたって明確にそれを目的としたものではない。

しかし、実際に書くとなった場合、はたして自分にオフィシャルなものが書けるだろうか。こういってはなんだが、自分の文章にはクセがあり、しかも会社のイメージとはかなり異なる。
上司は」「失敗しても良い」というが、会社としては失敗したってカバーすればそれで済むが、失敗した自分が切られないという保証はもちろんない。

とはいえ、アイデアが出た以上、実現に向けて考えなければいけないだろう。

目的は?CSRレポーティングのプロセスを開示し、読者に透明性を印象づけること
手段は?ホームページからさりげなくリンクしたブログ
開示内容は?レポート制作にあたり行われるプロジェクトの様子
書き手は?自分(もちろん実名)時々チームのメンバー
更新頻度は?毎日である必要はない・・・が、もちろんタイムリーでなければならない

どこまで開示するか?
特に固有名詞や参加メンバーの写真など。写真などは開示した方が印象は良くなるが、その都度了承を得なければならない。
内容についてのチェック体制はどうするか、という問題もある。レポートは会社の内情に触れるため、広報的には出したくなかったり、そこまではなくともタイミングを考えたいものもあるだろう。そういった意味では具体的に「記述内容」にまで触れるのは問題が大きいかもしれない。

個人的に気になるのは、記載内容に対する会社としての責任をどのレベルでとるかということだ。個人としての責任で書いて、個人の意見として受け取ってもらえるのなら別に臆することはないのだが、違う次元で受け取られることが前提となるとちょっと違ってくる。立場上、負いきれない責任だってある。

まぁそのあたりは上司が考えれば良いことなのだが、一方で上司の検閲が入ったような内容、上司の意向を窺ったような内容を「自分の意見として」書くのはいやだという個人的感情もあったりする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 8日 (水)

書かないブログ

昨日書いた15分時間割だが、実際に15分に区切って仕事をしようとすると意外と難しかった。結局それだけ普段だらだらとやっているということなのかもしれない・・・。

このところ、CSR日記を書いていない。先週夕方の外出と風邪とが重なって休んだのをきっかけに、ずるずると書かない状態が続いている。ほぼ1年続けてきたのだが、「書けない」のではなく「書かない」のは初めてだ。

ブログというのは、続けているとどこかで「続けること」が目的になってしまうことがある気がしている。もちろん、最初から続けることを目的に書いている場合もある(このエニグマは半分はそうだ)のだが、そうではなく何らかの目的を持ったブログの場合、そういった事態に陥るのは少々よろしくない。

さて、どうするべきか。自分にとってCSR日記はどういった位置づけのものだったろうか。このあたりで見直しをする必要があるのかもしれない。思い切ってもう少し休んでみるか・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 7日 (火)

15分時間割

セクシー心理学GOLDの第253曲で、人間が集中できるのは短期的には15分という話があった(長期的には90分で、これは大学の講義時間の根拠などとして知られている)。
そのため筆者は原稿やレポートなどの仕事を15分単位にすることを心がけているのだという。

15分でタスクを区切ったとすると、1時間に4タスク。
午前中を2時間半として10タスク、午後を5時間として20タスク、多少の余裕を見ても合計30タスクを1日でこなせる計算になる。

GTDのタスクをこういう単位に切り分けてみたらどうだろう。

個人的にGTDで難しいと思っているのが、タスクの書き出しにおいて「どれだけ細分化して書き出すか」という点だ。具体的に書くというのは良いと思うのだが、良くある例のように「パソコンを立ち上げる」まで実際に書き出せる訳ではないだろう。

「15分でできる単位」まで細分化するという目安があれば、時間がかかりそうな場合にどう分割していけばよいかというヒントになるし、仮におおざっぱなタスクでも15分で終わるようなものであればそのままで良いことになる。

それにしても1日30タスクということは、週に150タスクということか。たっぷり書き出すことになりますな。
結局問題はその「書き出すための時間の確保」だったりする・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 6日 (月)

風邪でダウン

・・・してました。1日の夜から5日の朝まで(笑)

それほどひどい症状ではなかったのだが、初日は熱と喉、2~3日目は若干熱は下がって、喉の痛みは消えて鼻づまり、4日目は鈍い頭痛ところころと変化した。5日の朝に熱はほぼ平熱に戻ったのだが、以降は咳がひどい。

正直なところ完治はしていないのだが、これ以上休んでいてもそうそう改善されるようには思えないので、今日は出社することにする。熱が下がればけだるさは無くなるので、無理さえしなければ大丈夫なはずだ。ただ、まだ咳は消えていないし、あまり体に力は入らない。

会社を休んだのは1日だけなのだが、その後3連休だったためにずいぶんと遠ざかっていたイメージがある。溜まっている仕事は1日分(それもあまりないと計算はして休んだのだが)のはずだが、たくさんあるような気がしてならない。

もっとも、今週は後半にイベントが控えているため、先週やっておければ良かったことや、先週の内に返事を確認できていればもっと先手が打てたことというのはある。仕方ないことだが、こうした突発的な休みはそういった計画に響くので始末が悪い。

さて、では会社に行きますかね・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »