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2006年11月30日 (木)

ブログはどこまで「再利用」が可能なメディアか

昨日の延長のようになってしまうが、ブログにエントリーされた内容はそもそもどこまで再利用が可能だろうか。そもそも再利用を視野に入れるべきだろうか。そんな疑問がある。

最初から再利用を視野に入れた「日記」を書くと仮定しよう。実はその場合、別にブログのように時系列に書く必要はない。時系列に並んでいないものを日記と呼ぶかどうかという問題はあるが、再利用と整理を前提にしたドキュメントであっても「どこから手をつけるか」はカテゴリや順番にこだわる必要はない。マインドマップのようにキーワードでつながっていくようなインタフェースの方がむしろ書きやすいはずだ。
(そういえば、「関心空間」はそういったイメージではなかっただろうか。)

一方再利用を視野に入れない「日記」を書くのだとすればどうか。自分自身の備忘録という使い方は再利用を視野に入れた使い方だから、こちらには分類されない。あくまで自分の意見を周囲に公開するという、コミュニケーションのためのツールとしての日記になる。これは、「会って会話をし、自分の主張を伝える」ということに近い。

会って話をするのであれば、同じことを何度でも言うことがある。前の発言はその時「思い出せば」言及することもあるが、忘れてしまっても別にたいしたことではない。「同じこと言っているな~」と受け取られるかもしれないが、主張を伝えるというのは元来そういうものだ。

「再利用」は基本的に繰り返しを避けるための手段だが、「主張」はむしろ繰り返してこそ意味があるのだ。どちらのツールとして使いたいかで、性格はまったく変わってくることになる。

実はブログの場合、記録される永続性と、従来の紙の日記との類似性に囚われてしまっていて、その部分が上手に切り分けられていないということはないだろうか。

あえて言えば、「再利用」を考えた情報発信や蓄積を行う場合、ブログの利用はナンセンスである。Wikiなどをベースに時系列にも把握できるような機能をオマケでつけておけば良いはずだ。

もっとも、そうは言いつつ、記録が残っている場で同じことを言い続けるというのは心理的には抵抗があったりする(笑)。そのあたりはちょっと微妙な話ではある。

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