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2006年12月 8日 (金)

弱い絆に必要なもの

昨日のセミナー(OECD知的資産経営国際カンファレンス)で、あるスピーカーが「弱い絆」についてこんなことを言っていた。

●人のネットワークには、同質的で閉鎖的な強い絆を持つネットワークと、多様で開放的な弱い絆を持つネットワークがある。
●強い絆ばかりだと、変化に弱くなるので、これからは弱い絆の構築も重要になる。
●その弱い絆を構築する際に重要なのは、FtoFの場数を通して、短時間で信頼関係を作り、相手の真意を見抜けるような能力を身につけること。

ところが最近はそういった(FtoFの)機会が少なく、若者の「弱い絆」を構築する能力が低下している・・・というのがおおざっぱな趣旨なのだが、若者云々はおいておくとしても、この最後の理屈はどこかおかしい気がする。

そもそも「強い絆」という概念は、信頼関係や「言わなくても」相手の真意を読み取れる関係のことだからだ。
この人の言うとおりだとすれば、強いか弱いかは「構築までの時間が長いか短いか」で決まるということになってしまう。

申し訳ないが、日本的コミュニケーションを重視するおじさんらしい考えだと考えざるを得ない。

そうではないのだ。弱い絆を構築する際に重要なのは、「他人は原則として信頼できる」という考え方と、「言葉の裏の真意は考えない」というコミュニケーションスタイルだ。「絆」という言葉で考えてしまうから誤解してしまうのかもしれないが、強い絆と弱い絆というのは、コミュニケーション原則のパラダイムそのものの違いで捉えるべきだ。

強い絆・・・信頼できる仲間、言わなくても通じる(言わないことにも踏み込む)関係によるネットワーク
弱い絆・・・信頼できる他人、言ったことだけが通じる(言わないことには踏み込まない)関係によるネットワーク

このように別のベクトルで捉えないと、結局同じような指向性を持った絆の強さの問題だけということになりかねない。

オンラインの世界が「弱い絆」のインフラとなるためには、そういった価値観の転換も必要なのだ。

最近mixiなどで騒がれている実名の問題は、結局後者のリテラシーが社会的に確立されておらず、そこ(オンライン)に書かれている情報以上の関係に「踏み込んでしまう」無神経さから来ているものだろう。

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先日のエントリに弱い絆について書いてから、頭を離れない疑問がある。それは「弱い絆 [続きを読む]

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