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2007年1月31日 (水)

アイデアマラソンとノートとほぼ日手帳

先日書いたエントリーがきっかけで、アイデアマラソンの提唱者である樋口氏とコンタクトがあり、(直接会ってはいないが)アイデアマラソンを勧められて、「できる人のノート術」(樋口健夫/PHP文庫)という本までいただいてしまった。

そこでアイデアマラソンを始めようと考えたのだが・・・そこでどうしようかと考えてしまったのが、本でも触れられている「ノート」をどうするかである。というのは、今の自分はほぼ日手帳を使って、正直これを手放す気がないからだ。

ほぼ日手帳はあくまで手帳であり、樋口氏の提唱するノートとは異なる。特にアイデアマラソンを考えた場合、1日1ページというある意味「縛り」のあるほぼ日手帳では使い勝手が良いとは言えない。

それともう一つ、樋口氏が推奨しているA5というノートサイズから考えても、文庫サイズのほぼ日手帳は小さいということになる。

もっとも、そこは割り切ってしまうという考え方もある。もともとほぼ日手帳はアイデア用だ。最近はどうも行動記録とメモ用に使ってしまっているきらいがあるが、本来自分にとっては思いつきを書き散らすためのツールだったはずだ。そういった意味では、アイデアの管理方法が違うだけで、実はめざす使い方は似ていたのである。

日付もそれほどこだわる必要は(実は)ないのだ。

あえて言えばサイズの問題はどうしようもないかもしれない。ただ、個人的な感覚から言えば、思いついたときにメモをするにはほぼ日手帳の文庫サイズでも大きすぎると感じている。手のひらサイズでポケットに収まるCLIEを持っているからかもしれないが、電車の中などではほぼ日手帳でさえ出しにくいし、立って書くのは少々つらい。

ほぼ日手帳2007を使い始めてちょうど1ヶ月。日々の行動記録は週報などの振り返りのために必要なのだが、その他のメモなどは、必ずしも「その日の」メモとして重要なわけではなく、別冊のメモでも良いかもしれない。
(もっとも、そんなことをいうとアイデアマラソンこそそちらの別冊でも良いのかもしれないが・・・。)

とりあえず、きりが良いところで、明日から始めてみよう。
左側の行動記録はそのまま、右側をアイデア用に使う。正直なところスペースが小さいので、樋口氏の考える理想からは遠いかもしれないが、まずは使えるツールからだ。

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2007年1月30日 (火)

我が家なら汚さないのか?

少し前から気になっていたのだが、京王線のマナー川柳で、車内のごみ放置の問題についてこんな川柳が紹介されている。

我が家なら 汚す? 散らかす? 捨てて行く?

何が気になっていたかというと、新聞雑誌やごみの放置というのは、「我が家」と思っているから放置されているのではなかろうか、と思ったからだ。「公共の場」ではなく、「我が家」の延長と思っているから、(家族の)誰かが片付けると思ってそのままに放置しているのではないか。

勝手な推測だが、電車内にごみを放置していく人間に、「家ならきちんと片付いている」人間なんていないのではないか。おそらく、「家でも同様に放置している」から、「公共の場でも同じように放置する」のではないだろうか。
(ちなみに、「自分では片付けない」けど「家族が片付けている」場合も特に違いはない。)

もっとも、一方で確かにこういった「自分のテリトリーにだけは気を使う」人がいるのも事実だ。典型的なのが、土足厳禁、煙草厳禁の車を持っている「ヘビースモーカー」だろう。車の灰皿は汚くなるからと使わずに、車外へ吸い殻を投げ捨てるような輩もいる。

この「我が家なら(自分のテリトリーなら)汚さない」という条件は、どれぐらい一般的なんだろうか。意外と人によって受け取り方が正反対なんてこともあるような気がする。

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2007年1月29日 (月)

買ってしまったサイレントチェロ

今日は人間ドックのために休みをとっていたので、基本的にブログは更新しない日なのだが、その休みを利用してサイレントチェロを購入してしまった。渋谷のヤマハでたっぷりと試奏をした後、色々とオマケしてもらって購入。値段は・・・伏せておこう(笑)

前回試奏したときに、少々手厳しい評価をしたのだが、どうやらストレスを感じたのは、楽器の特性だけでなく(それはそれであるのだが)そもそも試奏用の楽器のチューニングが合っておらず、かなり音程が低いまま弾き続けていたことも関係があるようだ。

今日は改めてチューニングをしてから弾いてみた。これだけでも、かなり印象が違ってくる。(というか、前回気付けよ!)もちろん自分の楽器ほど張りのある音はちょっとでないのだが、かなり良い感じになった。
今日はアンプにもつないで弾いてみたのだが、これも結構楽しい!

それと、前回感じていた「押さえやすい張りの弱さ」も実はチューニングの問題だったことが判明。
きちんとしたチューニングにすると、結構張りがある。(これは音の強さにも関係しているだろう。)

なんというか、それに気付かなかったというのはちょっと情けない話ではあるのだが・・・。
ただ、おかげで大分「使える」ということが分かってきた。
(もっとも指板上の指のすべりとか、ある程度弾き込んでいかないと評価が難しい部分はある。)

ともかく、これで「家で音が出せない(から練習していない)」という言い訳は通用しなくなる。
まずは部屋を片付けて、楽器が弾けるスペースを作らなくては。

それと・・・スタンドが欲しいなぁ・・・(笑)

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2007年1月26日 (金)

いよいよスキーに行くのだ!

シーズン前の決意もどこへやら、年末の車のアクシデントによりいまだに一度もスキーに行っていないのだが、どうやら今週末の土曜日は行けそうである。もう1月末なのだが・・・。

とはいうものの、実はまだどこに行くか決めていなかったりする。
特に何もなければブランシュたかやまに行くと思うのだが(このところシーズンスタートはここが多い)、実はまだ雪の状態を確認していない。行けないのに調べるとストレスがたまるのでほおっておいたのだが、この冬は暖冬とのことなので、ちょっと不安がある。

ちなみに2月の休暇の予定は結局キャンセルになったので、今週末に行った後、次に行けるのは2月10日になる。
その後の土曜日にはまだ予定が割り込んできていないので、行ける限りは行きたいと思うのだが・・・。

1回ぐらいは泊まりで行くかなぁ・・・2月12日は振り替え休日なので連休になるのだが、中日の11日の練習はちょっと休めない。10日スキー、11日練習、12日スキーはさすがに無理がありそうな・・・。

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2007年1月25日 (木)

コミュニケーションの促進をどう測定するか

先日のiUGの研究会に参加した方のブログ(チミンモラスイ?)で、このようなことが書いてあった。

#社内情報共有とかアイデア創発のようなものは、なかなかうまくいかないケースが多いのだと思うのですが、もしかしたらまず目指すのはコミュニケーション促進というところにフォーカスするのも一手なのかもとか妄想してました。

確かにこういったアプローチはある。実際、自分の会社でのナレッジマネジメントのアプローチはそういった点を目的に据えていた。

・・・据えていたのだが、実はこれも意外と難しい。社内情報共有やアイデア創発以上に、その効果が見えにくく、測定できないのがコミュニケーションだろう。

やっかいなのは、情報共有やアイデア創発はある程度ボリューム(投稿数)を指標にできるが、コミュニケーションの場合、ボリューム=活発とは言い切れないことだ。これは各人が処理しきれる(満足できる)ボリュームにばらつきがあるために、必ずしも投稿が多い=コミュニケーションが活発とは評価されない側面があるからである。

またSNSやブログ、あるいは掲示板といったオンラインのツールは、人と人とのコミュニケーション全般を置き換えてしまうものではない。オンラインが活発になった分、オフラインが消沈しては、コミュニケーションの促進としては意味がない。

極端な話、参加者毎の満足度評価が重要になってくるのではないかと思うのだが、いずれにせよこの場合に重要なのは総体ではなくではなく個別に捉えていくことではないかと思う。

満足度評価のような一人一人のコミュニケーションの状況でも良いのだが、コミュニケーションにおけるステップ毎の評価でも良いだろう。例えば、それまで面識のない人との対話回数、仕事上無関係な人との対話回数といったものは指標になるかもしれない。

これを掲示板などでやろうとすると、かなり詳細なアクセス解析(そもそも個別の人間関係を知っていなければならない)が必要になる。ただ、SNSであればそういった面は掴みやすい。仕事上つながりのない「友達」の数や、やりとりの回数、相互のアクセス数などだ。
(仕事上つながりのある人とのコミュニケーションにおいて、SNS上でこういったコンタクトが増えることがプラスかどうかには議論の余地があるが、そうではないチャネルについては基本的にコミュニケーション促進という目的に対してはプラスに捉えて良いはずだ。)

もっとも、結局こういった話は、ある程度参加者のITリテラシーが高いという前提に基づいてはいる。コミュニケーションをオフラインベースで考える場合、ブログやSNSを活かしていくような方法にはどのようなものがあるだろうか。

これはちょっと思いつかない。自社でどうにもブレークスルーしないのは、多分この壁を乗り越える方法がないからだろう。

・・・今度「失敗事例」として紹介してみたりして(笑)

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2007年1月24日 (水)

一つのエントリーへの連続トラックバック

先日のiUGの研究会について、ぼちぼちトラックバックが付き始めているのだが、そのあたりを改めて書こうとしてハタと気付いた。

・・・同じエントリーに対して同じブログから次々トラックバックがあったら、ちょっと変かも・・・。

まぁこちらからの一方的なリンクにしてもよいのだが(今回はそうしておくが)、それでは相互リンクとしてのトラックバックの機能を生かし切れなくなる。個人的にはこちらからリンクをした場合、相手方にトラックバックをしておくことで、相互の情報(意見)交換につながる、という意識があるので、どうも一方向というのは気持ちが悪い。

イントラブログで、そういったトラックバックを活かそうとした場合、こういった問題に直面することはないだろうか。感覚として、同じエントリーに対して次々トラックバックをするのはちょっと抵抗があるのだが、「意見を交わす」「(ブログをきっかけとして)アイデアを生み出す」と考えた場合、そういったことはままあるだろう。

掲示板なども同様で、最初の投げかけに対し、特定の一人が返答もないのに次々とコメントを書いていたら、ちょっと違和感を感じてしまう気がする。「コメントは一人一回まで!」という感じだ。(もちろん、最初の投稿者から返事があった場合はそれに対する返事はできるが。)

こういった部分は技術ではなく文化の問題ではあるのだが、実際のリアルな会話ではままあることなので、ネットだから(恐らくは前のコメントやトラックバックが記録として残っているから)という事情がある感も否めない。

どうなのだろうか。自分はトラックバックやコメントをそれほどしているわけではないので、このように感じているのだが、すでにブロガーの世界では異なってきているのだろうか。一つのエントリーに次々トラックバックしたり、次々コメントしたりというのは、別に違和感はない行動なのだろうか。

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2007年1月23日 (火)

組織風土の問題

最近不祥事を起こしてしまった某社の新社長が、記者会見で組織風土の問題について言及していた(ようだ・・・というのはちらっと聞き流しただけなので)。

そこで、ふと思ったのだが、「組織風土の問題」というのは、どのような問題なのだろう。
こういわれると、何となく納得してしまう気分になるのだが、実は何が問題なのかよく分からないケースもあるのではないか。

組織に対して何らかの提案を行ったが、握りつぶされてしまった場合、それは「組織風土の問題」だろうか。いやいや、提案そのものに実は問題があったケースもあるかもしれない。

言いたいことが言えない、言いにくい、というのは「組織風土の問題」だろうか。言った実績があるならともかく、言っていないのは個人の問題ではないだろうか。

「組織風土の問題」という言葉が、ていの良い言い訳になってしまっているケースがあるのではないだろうか。

まぁ、それこそが「組織風土の問題」なのかもしれない(笑)が、「組織風土の問題」とおおざっぱに言ってしまっている間は、実は問題の解決はできないのではないか、という気がしてしまった。

最近社内の掲示板に意見を書いていない。
それをなんとなく書きづらいと感じているのは、組織風土の問題か、自分の意思の問題か。

・・・それは自分の問題だ、多分。
組織風土を言い訳にする前に、個人にはいくらでもできることがあるのかもしれない。

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2007年1月22日 (月)

SNSをオフィシャルな情報と紐付ける

この週末にiUG研究会Vol.5があった。
とはいうものの、(個人的な作業の都合もあり)受付をしていたので、実は中身を聞いていない。グループディスカッションの結果発表をちょっと覗いただけだったりする。

で、内容については参加した人たちのブログなどを読みながら考えていこうと思っているのだが、それはさておき、グループディスカッション(テーマは「社内ブログ/SNS導入成功のためのDos & Don'ts」だった)の発表の中でちょっと気になったものがあった。

それは「これをするべし」の中にあった「継続的な自己紹介の発信」というものだ。(細かい表現は間違っているかも・・・。)

継続というのは、実はかなり難しい。ブログやSNSの日記にしても、実は続けることが一番大変なのだ。その内容が「自己紹介」となればなおさらである。経験上、これを続けていけるのはほんの一握りだが、一握りが続けているだけでは、SNSとして「人をつなぐ」特質を生かしきれない。

そこでふと思ったのだが、現在はどちらかといえばインフォーマルな位置づけにあるSNSに、フォーマルな情報を紐付けするのはどうだろう。所属組織、内線番号、メールアドレスといった情報をプロフィールとして取り込み、補助的な情報としてではなく、オフィシャルな情報のベース(組織図、内線簿、アドレス帳)として使うのだ。

そういった基本は揃えておき、あとは個人の自由で使う。基本的な情報だけである程度「人をつなぐ」機能が満たされてしまえば、それ以外は付帯情報になるが、こういった情報は「つながる」目的のためではなく「つながっている」実感により充実していくものだ。

ようするに「先に(オフィシャルな情報で)つなげてしまう」のである。そのつながりの維持拡大のために、個人による自己紹介が充実していくのではないか、というアプローチなのだが、どうだろうか。

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2007年1月19日 (金)

プルトを決める

そろそろ、次の定期演奏会に向けてのプルト割りを決めなければならない。オーケストラでパートリーダーをやっていると、楽しいだけでなくキツイこともいろいろあるのだが、正直な話これが一番キツイ。

他のオーケストラからは「贅沢な悩みだ!」と怒られるかもしれないが、当団には15人のチェリストがいる。一方ステージにあがれるのは、1曲で最大でも12人がやっと。今回はわずか6人という曲さえある。

全員が全曲でステージに上がれるのであれば、あとはどこに座るかの問題なのでそれほどつらくはない。つらいのは、誰かを降ろさなければならないことだ。

まず希望を聞く。最終的に決めるのは自分だと宣言しているが、といって希望も無視して一方的に決めたくはない。なるべくなら希望に添いたいのだが、悲しいかな、多くの場合曲の好みは似たような形で、大抵の場合は集中する。
今回で言えば、よりによってステージに乗れる人数が少ない方の曲に限って集中している。

まぁそれでも希望は希望だから、それなりに配慮する。一方で、技術や出席状況などの問題があり、「この人には乗って欲しい」「この人はちょっと・・・」というこちらの思惑もある。

さらにこんな意見も寄せられる。

「このところ全曲に乗っていることがないので今回は全部乗りたい」
「そもそも団員数が多いのが問題なのでは。楽譜が足りないこともある。その上さらに受け入れるのか。」
(実は1月に新入団員が1人加わった。)

仕事でもないのになんでそんな意見まで聞かなければならないのか、少々疑問を感じる。怒りにまかせて返信したい気にもなる。

「絶対に全曲に乗れる方法がありますが、そうしますか?」(パートリーダーに乗り降りの選択肢はない)
「全員の出席を担保してくれるのならギリギリの人数でも良いです。」(実際15人いても、数年前の定期演奏会でエキストラを呼ぶ羽目になったり、定期演奏会以外のイベントでは人集めに苦労したりする。アマチュアはプロではないので、必ず出席という強制力がない。)
「足りない楽譜は団に用意してもらうものですか?あなたはエキストラですか?団員としてフォローしてもらえませんか?」(大所帯のせいか、どうもエキストラのような参加意識の人が見受けられる。来て楽器を弾くだけが団員ではないはずなのだが・・・。)
「私としてはアマチュア団体として希望者は極力受け入れるべきだと考えますが、パートとしてそうしろと言うことであればそうします。だからあなたがその件を全員に投げかけてください。」(もっとも、数年前に15~16人程度を上限に考える、ということを話し合ったことはある。)

ただ、そういった返答はしないにしても、正直今回のプルト編成は一方的に決めるのは難しい。分かっていたことではあるのだが・・・。

この際だから今回は全員を集めて話し合いで決めてみようか。入団制限についても、その流れでそういった話になれば少し変わってくるかもしれない。

もっとも、そういった時に限って人は集まらなかったりする。つまるところそういった出席率の問題が、新入団員を受け入れてしまう下地になっているのだが・・・。

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2007年1月18日 (木)

イントラブログの自動削除ルーチン

個人的にはどうでも良いことではあるのだが、イントラブログの導入・運用で良くいわれる問題に投稿のクオリティの問題がある。特にナレッジマネジメントのツールとして考えたときにそういった議論があるようだ。

以前にも書いたように、そもそもクオリティの高いエントリーは、クオリティの低いエントリーの量産の上に成り立つというのが自分の考え方なのだが、気になる人にはクオリティの低い記事ばかりが目についてしまうのだろう。

そこで、自動削除ルーチンによって、クオリティの低い記事を淘汰する仕組みというのを考えてみた。
基本的にはイントラブログということで、同じシステムを全員が使うということを前提にする。

そのブログには次のような機能をつける。

1.足あと
2.ソーシャルブックマーク
3.コメント
4.トラックバック

次のような条件をすべて満たした場合、削除されるという条件を付ける。(期間は適当。)

1.最後の足あとがついてから、3日以上足あとがついていない
2.ブックマークがない状態が、1週間以上続いている(ブックマークは、それぞれ1ヶ月で自動的に削除される)
3.コメントがない状態が、1ヶ月以上続いている(コメントは「次のコメントが1ヶ月以上つかなかったら」自動的に削除される)
4.トラックバックがない状態が、3ヶ月以上続いている(トラックバックされているエントリーが消えた場合、トラックバック情報も自動的に削除される)
5.相互トラックバックは禁止

これは、「参照されている」「コメントがある」「トラックバックがある」ものほどクオリティが高い、という前提に基づいている。
詳しくロジックは検証していないのだが、こういったルーチンにすることで、最終的に「参照されていない」「コメントされていない」「トラックバックがない」エントリーから順次消えていくことになるはずだ。

さらにそういったものが継続的になければ、やはり最終的には消えていく。それにより無限に増殖していけるような質の高いコンテンツだけが残ることになる。

足あととブックマークは公開し、どういったエントリーが注目を集めているかというアテンションにする。足あとは累積的なアテンションの高さ、ブックマークは短期的なアテンションの高さの指標になる。

・・・とまぁ、理屈の上ではこういった仕組みで、長く参照されるエントリー=クオリティの高いエントリーを生み出していこうという仕掛けなのだが、恐らく冒頭のような意見をいう人の多くはこういったルーチンに抵抗を示すのではないだろうか。

それは「削除」への抵抗感があるからだ。

変な話だが、実はクオリティの低い記事への嘆きというのは、削除できないという自縄自縛から生まれている気がする。クオリティが低いと思うなら削除してしまえばよいのではないか。

そういった割り切りというか、思い切りがなければクオリティを上げるということはできないのではないかと思うのだ。

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2007年1月16日 (火)

サイレントチェロ再び

昨日渋谷のヤマハで改めてサイレントチェロを弾かせてもらった。
忘れないうちに感想を書いておく。

年末に弾いたときと違い、今回は静かな試奏室でじっくり弾くことができた。前日にオーケストラの練習で生(?)楽器を弾いていたので、その感触が体に残っていたのも良かったかもしれない。

結論から書くと・・・改めて弾くと、やはりかなり違うものだと感じた。特にA線の響きの弱さは、少なくとも自分の楽器とはかなりの差があり、弾いていてストレスがある。張りが弱いというか、芯のある強い響きが出ないのだ。

もどかしいのは、どんなに工夫しても、基本的に「音質」は変わりようがないことだ。電子的に処理されている(はずな)ので当たり前と言えば当たり前なのだが、これは正直なところかなりイライラする。

ただ、こういった音色の楽器がないかと言えばそうではない。過去の経験で言えば、母校(高校)にあった学校所有のチェロはこんな音を出していたと思う。だから、楽器としての音の個性といえば個性なのだ。自分の楽器と違うと考えた方が良いのかもしれない。

一方、先日も書いたように、音程を担う左手の方は、それなりにシビアなので、練習に向いていると考えることもできる。難点を言えばこれまた先日も書いたように弦の張りが弱いことで、相対的に自分の楽器よりもかなり「押さえやすい」ことだ。サイレントチェロで練習したことが、生楽器でも活かせるかどうかは、まだ未知数だ。

また、先日は騒がしい中だったので気にならなかったが、やはり静かな環境だと、音が小さいと言ってもそれなりに音が出ていることが分かった。弦自体の響きは通常の楽器とほとんどかわらないからだが、楽器のボディなしで弦だけだとこんな音がするのか、とちょっと面白かった。

10分ほど弾いたと思うのだが、意外と疲れた。これは多分思った響きが出ないために躍起になってしまい、余計な力を込めてしまったからだろう。この「力み」は実は個人的には生楽器を弾くときにも課題と感じていて、意外とそれを矯正することにつながるかもしれない。

少々高い買い物ではあるのだが・・・さて、どうするかな。

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2007年1月15日 (月)

不言実行のプレッシャー

先週のR25「結論はまた来週(高橋秀実)」は、「やばい感じ」というタイトルで、今の子どもには“やばい”という感覚が欠落しているという話だった。

子どもではなく、正直な話自分もそうではないか、とドキリとする。“やばい”と追いつめられたような気分になり、結果としてそれが行動や結果に結びついたということが、最近はない。言ってみれば「追いつめられていない」のだ。

なぜだろうと思ったときに、ふと「自ら目標を宣言する有言実行のせいではないか」ということを考えてしまった。低めのハードルにしているにせよ、高めのハードルにしているにせよ、自分で決めて宣言してしまったことには、それほど「追いつめられる」ということがないのではないか。

ここでのポイントは、高い目標にしても「見えている目標」にすぎないという点だ。無論達成できなかったらというプレッシャーはある。しかし、目標が自分にも周囲にも見えている場合、仮に未達成でもどこまで行けたかという達成度は感じることができる。

では、「不言実行」の場合はどうだろうか。これは一般的に自らが決めた目標を心に秘めて実行することだが、その一方で「周囲の(見えない)期待」という強制力が働いていたということはないか。

自ら言わないというだけでなく、周囲も言わない(でも期待はする)目標。こっそり心に秘めるのではなく、明言しないだけで「なんとなく」共有されている目標。このプレッシャーは有言実行の比ではないのではないだろうか。

何しろ、周囲の期待のレベルがどれぐらいかは、言われていないため分からないからだ。そういった明言されない期待、これはかなり“やばい”感覚を喚起するような気がする。達成度は自分にははっきりと分からない。周囲が期待に応えてくれたと感じることでしか測れず、しかもそれは明言されないのだ。

不言実行というのは、「(周りが)言わないけれども(その期待に応えて)実行する」と考えると、実は良いのかもしれない。自分への「言われていない」期待って何だろうか。

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2007年1月12日 (金)

W-ZERO3[es]

昨日のことだが、CLIEとPC間で同期を取ろうとしたら、突然CLIEのディスプレイがきれた。
しばらくすると復活したのだが、正直ドキリとした。

電子デバイスは「故障」「(製品)寿命」という宿命を背負っている。CLIEとの付き合いも結構長いのでいよいよ最後か?と思ったのは確かだ。失くすリスクと違って、自分ではなんともしがたいというところがもどかしい。

もっとも、「買い替えか?」と別の考えが頭をよぎったのも事実だ。実は最近、W-ZERO3[es]が気になっている。
正直なところ、CLIEと置き換えるほどの魅力は感じていないのだが、これが使えなくなった場合は当然選択肢として浮上してくる。(というか、最近PDAってさっぱり元気がないので、ほとんど選択肢がないのだが・・・。)

一番大きなメリットは通信機能を持っていることであり、一番大きなデメリットはサイズが大きいことだろう。今使っているCLIE SJ-33には通信機能はないが、ポケットにすっぽり入る手ごろなサイズだ。一方[es]は通信機能はあるが、ポケットに入れて持ち歩くには少々大きい。

PCとの連携はどうだろうか。Outlookを使っていないので、[es]のデータをPCと同期させて使おうとするなら、そもそもソフトを購入するところから始めなければならない。

ただ、これは冷静に考えてみると必要ない可能性がある。今のCLIEでも、同期はバックアップとメールのやり取りをするためという要素が強く、PC側でスケジュールを確認したり入力したりということはほとんどない。アドレス帳も別管理(CLIEは仕事用、PCはプライベート)なので、特に同期の必要がない。

なんとか最初のデータ移植さえしてしまえば、通信機能を持つ[es]の場合PCとの同期は不要ということになる。前のPCを復活させることができれば、あちらにはOutlookが入っている(はずな)のでなんとか移植はできるかもしれない。(確認してみないと分からないが。)

Palm→MSの入力インターフェースの問題はどうしようもないが、これは結局慣れの問題だ。キーボードがあるのは実はかなり使えるというのは、CLIEの前に使っていたSigmarionⅡが証明している。

結局サイズの問題は最大のネックなのだが、といって、では他のPDAならOKかというと、実はそうでもない。そもそもSJ-33のサイズが手ごろすぎるのだ。どう比較したって同じような持ち歩きやすさは得られないのである。
(だから当面使える間は他に切り替えるというモチベーションが働かない。)

[es]を使っている人はどのように持ち歩いているのだろうか。仕事だけであればカバンでも良いのだが、個人的にスケジュールなどはプライベート分も管理しているので、できればカバン無しでも身につけて持ち歩けることが望ましい。

しかし、携帯だけでも2台あるのに、さらに[es]を追加するというのも・・・その場合はさすがに携帯は1台を解約ということになるだろうな。

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2007年1月11日 (木)

過労死は自己管理の問題です

週刊東洋経済1/13号の特集「雇用破壊 もう安住の職場はどこにもない」に、使用者側の意見としてザ・アール社長の奥谷禮子氏の話が紹介されていた。

表題は「なんでも“お上頼り”が間違い 過労死は自己管理の問題です」
遺族を前にしたら言えそうにない、なかなか過激な発言である。

個人的には、確かに過労死は自己管理の問題という側面があると思う。ただし、奥谷氏とはまるで受け取り方が違う。本来自己管理できるはずの労働時間を、自己管理できていない現実があるから過労死が発生する訳で、実は自己管理の問題であるからこそ、それができないような組織風土・集団心理に「乗っかっている」使用者の責任はより重いはずなのだ。

ようするに使用者(管理者)の組織管理の問題がすっぽり抜け落ちた意見になっているのである。全部自己管理の問題で済ませて組織管理が必要ないなら、管理者や使用者にそのための高いサラリーを払う必要はないわけで、そういう給与体系にすればよいのだ。

それにこんな発言がある。「だいたい経営者は、過労死するまで働けなんて言いませんからね。」

なんというか、幼稚すぎる発言で笑ってしまうのだが、労働者だって過労死するまで働こうなんて思っていないのだ。この人の発言には、現実の問題を見据えてどう対処していこうか、という方向性がまったく見えてこない。
(もっとも、ブログのような本人の文章ではないので、記事の編集の問題である可能性はある。)

それにしても気になるのは、ザ・アールという会社の実態だ。「うちの会社はやっています。」と言っているのだが、実態はどうなのだろう。しかもこの会社は人材派遣業なので、自社の正社員だけでなく、派遣スタッフの派遣先でも「やっている」と言えなければ、この場合意味がないということを、この人は認識しているのだろうか。

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2007年1月10日 (水)

熟考せずに書くリスク

ブログを書くようになって良かったことの一つに、短時間で自分の意見を書く瞬発力が得られたということがある。
このENIGMAは、朝の十数分で書いているのだが、そういった「書く瞬発力」が鍛えられるという側面は確かにあるだろう。

ところが一方でじっくり考えて書くという機会がずいぶんと減った気がしている。
推敲もそれほどしないことが多い。ようするに練り込まれた文章を書くことがなくなっているのだ。

正直な話、毎日書く、それも仕事のような日中のルーチンとは独立した形で書くためには、考えたことをその場で文章化していくしかない。何を書くか、多少は考えるにしても、その内容をじっくり考えている時間はない。

結果として話し言葉に近い形で書けるというメリットはあるのだが、一方で書き言葉、つまり文章としての完成度に疑問の残る文章になっているのではないか。構成しかり、表現しかり、大学入試などの小論文だってもっと時間をかけて練り込んだ文章を書くはずだが、それができていない。

実はこれはブログを書くことのリスクなのではないか・・・そんな気がした。いやもちろん書き手によっては真摯に向き合って書いている人もいるだろう。だが、少なくとも自分にとっては、構成の検討や推敲といったプロセスを経ない文章を書くことが、文章力の一側面を低下させてしまっている気がする。

大体、この文章だって10分ほどで書いてほとんど推敲なしでアップしてしまうのだ。
もう少し意識的に、ブログを書く作業の中に文章を練り上げるプロセスを組み入れるようにした方が良いのかもしれない。

正直なところ、推敲は書く時間の関係で難しい。しかし、テーマと構成に関しては書く前の準備作業だからもう少し何とかできるのではないかと思う。

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2007年1月 9日 (火)

三度ほぼ日手帳の使い方を考える

新年に入り、新しいほぼ日手帳を使い始めた。
大きく使い方を変えるわけではない。今のところはほぼ昨年通りの使い方だろう。

月間スケジュールのページは、その日の「占有(される)時間」を視覚的に把握できるようにおおざっぱなキーワードを枠で囲んで予定として記入する。多くは「動かせない」予定だ。

社内の予定を赤字、外出の予定を青字、個人的な予定を緑字、その他諸々を黒字で書くことで、パッと見て時間の空き具合が分かるようにしてみた。
もっとも仕事の予定はこれから入ってくるので、今のところは休日の緑字の予定ばかりが目立っている。
(日曜日は1日緑で埋まっている・・・。)

日々のページは、その日の朝に記入する。TODOをメモし、左の時間軸にあわせて予定を記入する。
その他作業の記録(メモ)も、予定の空いているところに可能な限りつけるようにする。

右側はメモとして使う。といっても、それほどメモするようなことはない。正直なところ、この欄はもう少し工夫が必要だ。以前はかなり大きな文字で書いていたのだが、今は小さく書いているので、見た目がごちゃごちゃしているのも、もっとすっきりさせたい。

それから、ENIGMAやCSR日記のためのメモをページの下から書いていく。思いついたことをメモするだけなのだが、不思議なことにこれが書かれていない日は頭を使っていないような気になる。

後は年間インデックスのページだ。最初はこのENIGMAのインデックスとしても考えたのだが、自分が書いているのはENIGMAだけではなく、といって書いているブログのタイトルすべてを書くほどのスペースはない。どうしたものだろう。

いずれにしても、まだまだ模索中というのが正直なところなのだが、時々こうやって整理しながら、自分なりの使い方を探していくことにする。

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2007年1月 5日 (金)

サイレントチェロ

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さて、いきなり新年早々昨年末の話なのだが、30日に東京国際フォーラムで行われていた「のだめフェア」に行き、サイレントチェロを弾かせてもらった。
以前から関心はあったのだが、なかなか機会がなかったのだ。

感触は・・・パソコンを新しくするよりお金の使い道としては良いかもしれない、という気になった。
会場が騒がしかったので、実際には静かな場所で弾いて確かめないと行けないが、意外とノイズも小さい気がした。
(サイレント楽器は弦を擦る音が意外とうるさいと聞いていたので、少々躊躇していた。)

もちろん、生楽器とは違うから使い道は限定される。

一番大きいのは、右手(弓を持つ側)だろう。おおざっぱに言えば、サイレント楽器は「簡単に」音が出るようだ。弦の張りも弱めに設定されているのか、自分の楽器と比べるとかなり音を出しやすい。強弱や音色などは、最終的には本物の楽器で練習をしておかないと、どんどん響きが落ちていってしまう可能性がある。

一方、左手(弦を押さえる側)はどうだろうか。これは、音程を外せば「ちゃんと」外れた音が出るようだ。音程まで補正されてしまうと練習には使えないのだが、ちゃんと押さえたとおりの音程になるのであれば、音程をさらうためには良いかもしれない。

難点は自分の楽器と比べて弦の張りが弱いので、「押さえやすい」点だ。ただ、最近とにかく指が回らず、音程を拾いきれていない現状を考えると、これで練習をするというのも一つの方法かもしれない。

そんなわけで物欲を刺激されたわけだが、現在サイレントチェロは3つの機種が存在する。それぞれ音は違うのだろうか。会場のお兄ちゃんは違わないようなことを言っていたが、カタログには違うように書いてある。気になるのは圧倒的に安く、代わりにデザインもエレキっぽい機種なのだが、これは弾いていないので分からない。

あとは、仮に購入したとして、本当に練習をするかどうかだろう。「家では音が出せない」というのが、単なる言い訳にすぎなかった場合、購入しても練習せずに持ち腐れとなる可能性がある。
これはきちんと見極めないといけないかもしれない。

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