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2007年2月26日 (月)

友人の友人まで公開

昨日久しぶりにmixiにマイミク申請があった。知らない人からだったのだが、個人的には特にこだわっていないので承認をしてしまってから「そういえばプロフィールや日記は友人の友人まで公開というパラメータも多いな」ということを思い出した。

つまり、そういった友人のプロフィールも自分を通じて相手に公開されてしまうことになる。
申請相手のプロフィールが少々怪しかった(アフィリエイト系で日記も外部のブログ、プロフィールも信憑性がない)ということもあり、これは問題があるかもしれないと考え、改めてマイミクから外すことにした。

人脈(ネットワーク)の可視化だけでなく、個人情報の可視化も要素として含まれている場合、マイミクの登録はより慎重にならなければならないということだろう。

しかしこれは、SNSの機能やサービスという面から見た場合、足かせとも言えないだろうか。

そもそも、友人までの公開、友人の友人までの公開というパラメータには、どういったポジティブな効果があるのだろう。友人であれば、そういったプロフィールは知っていることが多いだろうし、友人の友人というのは一種の他人だから、実は公開とあまり違いがないように思える。

特に気になるのが、「友人の友人までの公開」なのだ。自分もそのように設定しているプロフィールがあるのだが、これは一種の鎖として友人を縛る(私のプロフィールが流出しないように、あなたも友人には気をつけてよ)というものになってしまうのではないか。

もちろん、友人の友人は暗黙の内に信頼できる、という考え方もあるし、それは理解できる。でもうっかりすると見られたくない相手に知らずにつながってしまう可能性もある。仲介した友人が、そこまで気付かないこともあるかもしれない。

なによりも、個々人のネットワークの形成に見えない抑制を加えてしまう可能性があるのではないだろうか。

個人的には「友人の友人までの公開」を、「公開はちょっと抵抗があるけど、もう少し広い範囲に知って欲しい」ぐらいに位置づけていたのだが、すっぱりやめてしまって、友人までの公開か全てに公開かに設定し直した方が良さそうである。

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