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2007年2月 7日 (水)

盗用記事の定義

最近、朝日新聞での盗用記事が問題になっている。
でも、盗用記事の定義というのはなんだろうか。

問題の記事を確認していない(いつもながらいい加減で恐縮だが)ので、実際どの程度似通っているのかわからないのだが、内容が似通っていたら「盗用」なのだろうか。

最初の報道では「参考にして」とあった。参考にした結果、似通ってしまったら「盗用」なのだろうか。
新聞記事とはもちろん違うが、ブログのような形で情報発信をしている身としてはとても気になってしまう。

誰かと似たような問題意識を持つことだってあるだろうし、「正しく」書こうとすると表現の幅が狭くなり、書き方に工夫の余地がないなんてこともあるのではないか。

気になるのは「盗用」という言葉のイメージなのだ。丸々コピーした場合はともかくとして、内容を参考にした、あるいはインスピレーションを受けた元の文献を紹介しなかったというある種のマナーの問題と、盗用という表現にはギャップがあるように思えてならない。

「盗用」の問題だとすると、ダメだから「やってはいけない」という結論になる。「マナー」の問題であれば、なるべくなら「そうではなくこうしましょう」という話になる。この両者はその後の行動が大きく違う。

そもそも、参考にする、真似をする、というのは、そうしたということが明示されている限りは、決して悪いことではないと思うのだ。参考にされる、真似をされるというのは、元のコンテンツの質の高さを証明するようなものだからだ。
また、互いが互いを参考にし、真似をする中で高まっていくものもあるだろう。

「盗用」「真似はダメ」という捉え方は、その可能性を摘んでしまうような気がしてならないのだが、どうなのだろう。

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