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2007年2月19日 (月)

前工程への視点

おのざき耕平のがんばれ三重県!過剰サービスが生み出す横柄な「お客様」というエントリーがあった。
たまたま先日そのサービスの対価は・・・を書いたばかりだったのだが、改めて「サービス」と「お客様」について考えてしまった。

何で書いたのか忘れてしまったのだが、以前「お客様は対価を払ってこそお客様たりうる」という趣旨の主張をしたことがある。一方的にサービスを享受するのは「お客様」の「仕事」ではない。自分が受けたサービスに対し、対価と適切なフィードバックを行って始めて、両者の関係は成り立つのではないか、という考え方だ。

その時は、企業内で「後工程はお客様」といわれる考え方に対し、「後工程の人たちは、お客様として正当なフィードバックを前工程にしているか」という視点で考えたものだったのだが、企業内でなくともこういった考え方はできるのではないか。

ただ、一方で注意が必要なのは、だからといって前工程の側からそれを「求める」ことも、やはりどこか違うのではないか、ということだろう。大切なのは、自分の後工程に対する視点ではなく、前工程に対する視点である。

実はおのざきさんのブログで気になってしまったのは、彼に「過剰サービスに慣れすぎているのではないか」と話した企業経営者や各界のリーダーがそういった 状態に陥っているのではないか、ということだ。例えば彼らには「自分たちは」過剰なサービスを受けている、という発想はあるだろうか。

例えば自分の会社の従業員から、あるいはリーダーである自分を指示してくれる人たちから、どういったサービスを受けていると考えているだろうか。それは過剰だろうか、不足だろうか。

過剰なサービスというのは、受ける側がきちんと考えていかなければいけない問題だ。しかし、サービスをする側がそれを考え訴え始めた時、どこかに歪みが生じてしまう気がするのは自分だけだろうか。

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コメント

同感です!
その昔、エイビーロードで名を売っていた旅行会社の社長が、「29,800円のソウルツアーに参加するお客さんは、『安くしてもらってありがとう』くらい言って欲しい気分だ」と言っていました。
感謝するかどうかは別にして、過剰サービスを感じることは大いにありますし、客がサービスしてくれる人に感謝していないことを感じることもあります。
美味しいお店で、上級のサービスをしてくれたら『ごちそうさま』とか『美味しかったです、ありがとう』くらいのことを言えない「大人」たちが、どこで何をぶっているのか、不思議に思うことがありますね。

投稿: ooki | 2007年2月19日 (月) 11時17分

×感謝するかどうかは別にして
○このツアーに感謝するかどうかは別にして
の間違いでした。

ちなみにこの会社は、赤字ツアーを売りすぎて(それだけじゃないですが)倒産いたしましたが。。。

投稿: ooki | 2007年2月19日 (月) 11時18分

コメントありがとうございます。

今日のエントリーに似たようなことを書いたのですが、実は感謝をしないというのは、自ら満足度を下げてしまう行為なのではないか、という気もしています。

もちろん感謝できないようなサービスは問題外な訳ですが、実はそれも自分に感謝する気がないから、相手も相応のサービスしか提供しない・・・そんな因果なのかもしれません。

投稿: ProjectK | 2007年2月20日 (火) 08時15分

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