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2007年3月16日 (金)

CSRにおける「ステークホルダーの意思決定」

朝にブログを書かないって、一体この時間、何をすればよいのか・・・(笑)

昨日の夜に引き続き、昨日のセミナーで感じたことをとりあえず挙げておこう。
(ほぼ日手帳に書いたメモの整理ということになるか・・・こういった作業をブログに位置づけるのであれば、それはそれでよいかもしれない。たまたまネタがあるだけと言ってしまえばそれまでだが。)

・CSRにおける「ステークホルダーの意思決定」とはどういったものか。
CSRレポートはステークホルダーの意思決定を支援するための「情報」という位置づけで議論がされていたのだが、ではその「意思決定」とはどういったものか、ということが気になった。企業にとって「心の中でこう評価した」という思考領域ではなく「その評価の結果このように行動した」というアクションに結びつかなければ意味がない。
しかし、現状この「意思決定」がどんなアクションなのか、という議論はないような気がする。

・「社会的責任投資」の対立概念は何か。
最近ささやかれるようになってきた「社会的責任投資」なのだが、では「社会的責任投資」ではない投資とはどういったものなのか、という気がする。こういったレッテルの貼り方は、実は危険なのではないか。自分は基本的に企業というのは、すべからく何らかの「社会的責任」を担っていると考えているのだが、社会的責任投資の対象ではない企業はそうではない、とでもいうのだろうか。

・G3がマルチステークホルダーを対象にしているのであれば、そのマテリアリティをどう決めるのか。
結局マテリアリティを議論するときに、エンゲージメントの形で参加するステークホルダーが、本当の意味で「マルチステークホルダー」を代表しているのか、ということが問題になる。昨日のセミナーで講師にもぶつけてみた疑問なのだが、結局一部の(うるさい)ステークホルダーを取り込むことが「エンゲージメント」になってしまっては、マルチステークホルダーを対象にしているとは言えない。

・ステークホルダーインボルブメントのガバナンスへの影響はどう考えたらよいのか。
「ステークホルダーエンゲージメント」の間違い。内容は昨日のエントリに書いたとおり。

・マテリアリティを議論するために参加するステークホルダーに情報を開示する必要はあるのか。
もちろん「ある」のだが、その場合、参加したステークホルダーと参加しない(マテリアリティのみを参照する)ステークホルダーとでは、情報格差が生じることになる。参加するステークホルダーが、本当の意味でマルチステークホルダーを代表しているかが問題になる。(実はこのあたりにどうもG3の怪しさというか、「専門家」の怖さを感じる。)

・食品企業としての使命は「安全・安心な食品の提供」か、「新しい豊かな食文化の創造」か。
これはセミナーの内容とは直接関係ないが、CSRの議論で食品企業の社会的使命(責任)を前者で議論することに、どことなく違和感を感じている。これはまた別の機会に。

・「専門家」とは正しさで評価されるべきか、「社会的影響力」で評価されるべきか。
結局ステークホルダーエンゲージメントの多くはこうした「有識者」を呼ぶことになるのだが、ようは彼らをどういった視点で評価すればよいのか、ということ。「あるある」の事件で見られたように、有識者といってもたくさんいる。

・ステークホルダーエンゲージメントにおけるステークホルダーの第三者保証はどうされるべきか。
前項に関係するのだが、結局その有識者の意見は誰が保証してくれるのか、ということ。企業にとって受け入れるべき意見かどうかを判断する際には、意見を言う側の保証もあって良いのではないか、ということだ。さらに言えば、意見を言った以上、その内容についてどのような責任を担うのか、という話もある。言いっぱなしでは無責任だろう。

・読者の関心に応えることが、読者の行動にどう影響するのか。
結局企業がCSRに本腰を入れることが出来ないのは、この部分が見えないからだ。(もちろん、本腰を入れているような企業もある。でもそれが本当に全社一丸か、というとどうだろうか。)簡単に言えば、企業からの情報開示に対して、ステークホルダーは何をしてくれますか、という部分が見えないと言うこと。
ステークホルダーが特に望んでいないもの(例えばCMなど)の場合は、企業の意思でよいが、ステークホルダーが「望んでいる」「関心がある」のであれば、そのアクションが見えるようにならなければ、やはり企業は行動できないだろう。

結局、CSRレポートの最大の課題は、それが何のために作られ開示されているのかがはっきりしない点にあるのだ。「信頼を獲得するため」といえば聞こえはよいが、ではステークホルダーはその信頼をどう表現するのだろうか。

そういった相互性がない限り、いつまでもCSRレポートは企業からの情報開示にすぎないことになる。
はっきり言えば、今CSRレポートに求められているのは、企業側の努力よりも、ステークホルダー側の努力なのではないか、という気がしなくもない。

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