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2007年3月29日 (木)

次回演奏会のプルトをそろそろ考えなければ

次回の演奏会のプルトをそろそろ決めなければならない。
今回のプログラムはいくつか考慮しなければならない事情がある。

<今回のプログラム>
1.マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」前奏曲・・・6プルト(12名)
2.メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」・・・5プルト(10名)
3.レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア・・・4プルト(8名)
4.レスピーギ:交響詩「ローマの松」・・・6プルト(12名)

パート総数:14名

今の人数だと基本的に必ず降り番が発生してしまうので、乗りたい曲の希望を聞いてなるべく沿うように考慮するのだが、今回の選曲では2曲目と3曲目の「乗り番の数が少ない」曲に限って希望が集中してしまう傾向がある。
おまけに巧妙なことに、微妙な言い回しで優先順位をつけず、全部のせろとプレッシャーをかけてくる人もいる。

・・・と思っていたのだが、

1さん・・・古風な舞曲、イタリア、ローマ、マスカーニ
2さん・・・イタリア、マスカーニ(のみ)
3さん・・・古風な舞曲、イタリア、ローマ、マスカーニ
4さん・・・古風な舞曲、イタリア、ローマ、マスカーニ
5さん・・・イタリア、ローマ、マスカーニ、古風な舞曲
6さん・・・全曲
7さん・・・古風な舞曲、イタリア、ローマ、マスカーニ
8さん・・・特になし
9さん・・・古風な舞曲(特になし)
10さん・・・ローマ、マスカーニ
11さん・・・イタリア、古風な舞曲、ローマ
12さん
13さん
14さん・・・(自分だ)

あれ、全員希望が出ていない。おまけに意外とかぶってない?もしかしてうまく調整できるだろうか。
もっとも、基本的には全曲に乗りたいのが本音だろうし、第2希望までは叶えてあげたいのという気持ちはある。そうなると、やはり先の2曲に集中はしている。第2希望まではさすがに苦しいかもしれない。

個人的な気持ちの中では、すでにトップサイドは固定になっているので、残り12人で席を分け合うことになる。
ここ数回早めに決めてきたのだが、今回はかなり引っ張っているので、ここまでの出席率である程度決めるのが良いかもしれない。

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規制緩和が生んだ惨事

昨日の毎日新聞「記者の目」はこんな記事だった。

吹田のスキーツアーバス事故 安全犠牲の「激安」必要か 規制緩和が生んだ惨事
(毎日新聞3/28)

先月18日に起きたスキーツアーバス事故の取材を通じて記者が感じたことが書かれているのだが、実はふと気になったことがあった。

この惨事は、本当に規制緩和が原因で生まれたものなのだろうか。

規制緩和の結果、過剰なまでの価格競争が進み、結果安全性が犠牲になり、事故につながった、というロジックは分かる。が、だから規制緩和が原因というのはちょっと短絡的な気がする。

規制緩和は本来「適正な競争」を促すためのものだろう。規制により不適正な競争状態(競争がない状態)にあると、結果として消費者が余計な負担をすることになる。なぜなら業者間の競争や新規業者参入がないと、選択の自由が確保されないからだ。

適正な競争というのは、消費者による適切な選択がベースになっている。規制緩和もその考えに基づいている。

問題は、規制緩和ではなく、「過剰な競争」なのではないか。記事には「「安値信奉」を見つめ直す時期が来ていると思う。」とあるが、実はここがもっともつっこむべき所の気がする。そこに不満がある。

なぜ過剰な競争が生まれるのか、その点を分析し是正していかなければ意味がないはずだ。「過剰な競争が生まれるのは当たり前」という状態では、そもそも規制緩和の趣旨が自分たちの社会にはなじまないということになるからだ。

ようするに消費者はなぜ「適切な選択」ができないのか、なぜ「過剰な競争」を招くような選択しかできないのか、そこをつっこんでいかない限り、結局こういった惨事は繰り返されるのではないか、という気がする。

国の責任をつっこむのは簡単だ。消費者もそれにより国に責任を転嫁でき、安堵できるだろう。しかし、この事故は規制緩和ではなく、「激安」を求めてバスを利用したすべての利用者が背負っている十字架なのだ。

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2007年3月28日 (水)

劇場の持つ臨場感

昨日は会社で急に招待券が回ってきて、銀座ブロッサムにオペラを観に行ってきた。といっても、本当の舞台ではなく、METライブビューングと呼ばれる公演で、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の舞台を「劇場の大スクリーンで観る」というものだ。

演目はロッシーニの「セヴィリャの理髪師」。前回(昨年)の定期演奏会で序曲を演奏したばかりということもあり、一度オペラを観たいとは思っていた。オペラは時間がかかることもあって、なかなか観る機会がない。

最初に書いたとおり、今回のオペラは厳密には舞台ではない。映画館のスクリーンに舞台の様子を映して鑑賞するものだ。
最初はライブで劇場とつなぐのかと思っていたのだが、プログラムを見ると午後の部があったので、そういうわけではなく、基本的には録画ということだろう。

DVDを劇場で観るようなものと考えると良いかもしれない。実際の舞台とは違って見えにくいところもアップになるし、幕間には出演者のインタビューなどもあって、それはそれとして楽しめる。

楽しめるのだが・・・やはり生で観る時の臨場感とは違うと思った。特に音が異なる。
もしかしたら劇場の問題かもしれないが、やはりスピーカーを通した音では限界があると言うことだろう。ホールの持つ残響などを再現することも、(当たり前だが)難しいようで、音に伸びがない。厳しいかもしれないが、テレビを通じて観るのと大きな違いはないのではないか、と感じてしまった。

最初に序曲の冒頭の響きを聞いたときに、そう感じてしまったのだ。変な話だが、自分の頭の中で思い描いていたホールでの音楽の響きとはまったく違った音だった。(音が悪いとかそういった話ではない。生の音とスピーカーを通じた音との質感の違いとしか言いようがない。)

とはいえ、価格的には手軽だし、面白い試みには違いない。この映像は全世界250の劇場で鑑賞されるそうだ。クラシックの場合、生の演奏会は敷居が高いということもあるし、場所や機会も限られてしまうので、このように映画スタイルで音楽を楽しむということがあっても良い気がする。

ところで肝心の「セヴィリャの理髪師」だが、なかなか興味深かった。知らない人にはまったく伝わらない話で恐縮だが、個人的に思い描いていた登場人物像が覆されるような場面も多々あり(演出かとも思ったが、歌詞を考えるとそうでもないようだ)、こういった物語を理解することも音楽では重要なのかもしれないと改めて考えさせられた。

余談だが、フィガロ役の出演者(ペーター・マッテイ)がインタビューに答えて、「音楽には想像力が、演劇には考えることが必要」といっていたのが印象的だった。そういえば自分は楽器を弾くときに、どれだけ想像力をふくらませているだろうか。

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2007年3月27日 (火)

集中する時間

昨日は午後に別の事業所で打ち合わせ。戻る時間がなかったのでそのまま終わったのだが、多少時間もあったので自宅近くのカフェでたまっていた仕事をやっつけることにした。本来はこういった混同は良くないのだが、内容はたまったヒアリングメモの清書なので、まぁ手帳を整理するのと同じようなものだ。

集中できるためか、意外にはかどり、魚の骨のようにつっかかえていたものの一つがすっきりとした。(もっとも清書した内容を会社で保存する作業は残っている。)

正直な話、こういった「集中できる時間」を最近確保できていないように感じる。打ち合わせのようなはっきりした時間はともかく、その他に何をしたのか、一日を振り返ると憶えていないことが多い。これは作業自体が細切れになってしまっているためではないだろうか。

昨日清書したメモの数は7件だが、費やした時間は1時間半から2時間程度になる。それだけ溜めていたのがそもそも問題ではあるのだが、それはさておき、日中事務所にいてこれだけのまとまった集中できる時間を確保できるだろうか。

正直、自分自身のタイムマネジメントだけでは自信がない。とにかくあれもしなければこれもしなければと気が散ってしまうのだ。その結果、作業が散漫になり、何をやったか分からない一日になってしまう。

そう考えると、トリンプの「がんばるタイム」のように、強制的に集中作業をする時間を(会社として)確保してしまうというのは、意外と良い戦略かもしれない。とにかく「何をする」と決めて、電話やメール、会話による中断のない作業時間の確保が、個人の生産性に与える影響は大きいのではないか。

もちろん、仕事の性格によるのだが、誰にでも一つや二つ集中してやっつけたい仕事というのはあるのではないだろうか。
タイムマネジメント本では、よくそういった作業を細切れにして、空いたちょっとした時間に進めるというやり方を紹介していたりするのだが、多分自分には合わないのではないか、という気がしてきた。

ただ、現実問題として集中する時間を会社で確保するのは難しいと感じるのも事実だ。残業しても集中できない。個人的にはカフェのような場所の方が集中できたりする。
可能な作業は思い切って時間外にシフトしてしまうというのも一つの方法かもしれない(って、それではダメなのだが・・・。)

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2007年3月26日 (月)

モノを処分する

昨日のオーケストラの練習は弦楽器の分奏で、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」前奏曲と、メンデルスゾーンのイタリアの1~3楽章だった。

それはさておき、昨日は午後から部屋の片付けをする。入居しているマンションにケーブルテレビが導入されて、受信状態の確認に来るとかで、ついでに少しレイアウトの変更などをしようかと思い立ったのだが・・・。

散々時間をかけた割には、あまり満足のいく形にはならなかった。決定的にモノが多い。整頓するだけではもう収納しきれない状態なのだ。もうはっきりと処分を考えなければいけない時期に来ているのだろう。

何が処分できるのだろうか。色々と考えてみた。

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2007年3月23日 (金)

正社員とパートの立場を入れ替える

先週のR25(No.134)の石田衣良さんのコラム「空は、今日も、青いか?」で、「ユニクロの勇気」と題して、ユニクロが進めようとしているパートや契約社員の正社員への切り替えが称賛されていました。

実は、石田さんと違って、個人的にはこの「パート社員の正社員化」という流れには危惧を抱いています。パートを正社員化するということは、正社員とパートという立場の格差は解消されないということだからです。

ユニクロの計画では、切り替えられるのは20,000人の内の5,000人。残りの15,000人はパートのままということであり、その立場にかわりはないということになります。
厳しいかもしれませんが、20,000人のパートの立場を向上させるよりも、5,000人を選んで正社員化した方がコスト的に安上がりだった・・・という見方もできるかもしれません。

ただ、それでも何もやらないよりはましであり、アクションをとっただけユニクロは称賛されるべきでしょう。ただ、これにより社会全体がこの流れに追随することになった場合、本当にそれでよいのか、という危惧があるのです。

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2007年3月22日 (木)

自分が成長するということ

先日に引き続き、「ウェブ人間論」(梅田望夫・平野啓一郎/新潮新書)から。
梅田氏がブログを書くことの意味について、「知の創出がなされたこと以上に、自分が人間として成長できたという実感があるんです」と語っているのを読んで、自分はどうだろうか、と考えてしまった。

ブログに限らず、自分が成長したという実感を持つことが、実はあまりないような気がする。

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2007年3月20日 (火)

企業の社会貢献のありかた

少し間をおいてしまったが、先週金曜日のメモから。

・「本業を通じた社会貢献」と「本業のための社会貢献」
本業を通じた社会貢献は外部目的(社会の課題解決)のため、本業のための社会貢献は内部目的(会社の課題解決)のため、それでも結果はどちらも社会貢献。

CSRの分野で、企業の社会貢献として最近よく言われているのが、「本業を通じた社会貢献」なのだが、個人的にこれはどうも座りが悪いように感じている。本業を通じた社会貢献というのは、結局本業のことではないのか、という気がするからだ。

もちろん、本来の意味はそうなのだが、それをことさらに強調することがおかしいように感じている。

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2007年3月19日 (月)

メールではなく、ブログに頼る仕事スタイル

会社のボスに勧められて、「ウェブ人間論」(梅田望夫・平野啓一郎/新潮新書)を読んでいる。
まだ途中なので、全体の読後感ではないのだが、多分全部読んでから書こうとすると忘れてしまいそうなので、その都度思ったことなどを書いていこう。

冒頭、梅田氏が自分の「ネットの世界に住んでいる」という感覚と、「(株)はてな」のワークスタイルに触れる下りがある。はてなではメールはあまり使わず、報告事項なども含めて社内ブログで全員に発信しているのだそうだ。

考えさせられたのは、朝に書くブログで書いたような以前と今の仕事環境の違いだ。全員向けではないが、実は以前のスタイルはこのはてなのスタイルに近いのではないだろうか。メールによる特定の相手向けのメッセージではなく、掲示板に参加する不特定の相手に対してメッセージを発して、フィードバックを得るというやり方だ。

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休日の仕事と走る演奏

今日は福島にあるグループ会社の工場を訪問するため、新幹線の中でこのエントリーを書いている。(もっとも、実際にアップするのは現地に到着してからか、最悪家に帰ってからになるだろうが・・・。)
新幹線の中での物書きは気をつけなければ酔うのだが、経験的にテーブルを使うのではなく、膝の上に置いた方が良いようだ。

土曜日は、出社こそしなかったが、近所の公民館へ行って少し仕事をした。何度か書いているように、本来そういったことは自分のポリシーに反するのだが、まぁそうも言っていられない。病院(痛風)に行く予定もあったので、いずれにせよスキーはキャンセルせざるを得なかったのだが、できればこんなことはせずに仕事をこなしていきたいものだ。

ただ、こういった近所の施設(近所といっても、土曜日に使ったのは最寄り駅から電車で2駅離れてはいるが)は、意外と使えるというか、活用しても良いような気がした。仕事・・・は避けたいが、勉強ならどうだろうか。正直な話、自宅ではどうしても集中できないのだ。

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2007年3月16日 (金)

CSRにおける「ステークホルダーの意思決定」

朝にブログを書かないって、一体この時間、何をすればよいのか・・・(笑)

昨日の夜に引き続き、昨日のセミナーで感じたことをとりあえず挙げておこう。
(ほぼ日手帳に書いたメモの整理ということになるか・・・こういった作業をブログに位置づけるのであれば、それはそれでよいかもしれない。たまたまネタがあるだけと言ってしまえばそれまでだが。)

・CSRにおける「ステークホルダーの意思決定」とはどういったものか。
CSRレポートはステークホルダーの意思決定を支援するための「情報」という位置づけで議論がされていたのだが、ではその「意思決定」とはどういったものか、ということが気になった。企業にとって「心の中でこう評価した」という思考領域ではなく「その評価の結果このように行動した」というアクションに結びつかなければ意味がない。
しかし、現状この「意思決定」がどんなアクションなのか、という議論はないような気がする。

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2007年3月15日 (木)

ステークホルダーエンゲージメントとは何か

今日はセミナーだった。

終了時間17時過ぎ。仕事をとって会社に戻るか、生活をとって直帰するかは少々迷う時間である。以前の自分であったら迷わず直帰だったのだが、最近の仕事の状況はなかなかそうも言っていられないのが苦しい。

・・・結局直帰を選んだが(笑)

だが、本来はこういった「仕事か生活か」みたいな選択は不幸なことではないかとも思う。生活の一部が仕事であり、仕事の一部が生活だ、と言えればどんなに幸せだろう。もっとも、そんな中でも結局、場面場面での選択はあるのだが・・・。

せっかくなので、セミナーで考えたことなどを書いておく。「生活を優先」していても、その中でもこうした整理をすることで混在させていくことが、両者を近づける第一歩だろう。

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朝に書くブログ

やっぱり朝ブログを書くのは落ち着く・・・そのように習慣化されているのだ、と感じつつ、昨日の続きを考えてみる。
実は今朝ふと感じたのだが、自分は今の仕事環境にストレスを感じていないだろうか。それが流されるような仕事スタイルに表れているのではないだろうか。

それはなぜだろう。

変な話だが、ネット上に自分の考えを「書く」ということを抑えていることが、見えないストレスになっていないだろうか。そんなことを感じたのだ。

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2007年3月14日 (水)

夜に書くブログ

今日は諸事情により(自前の)パソコンを会社に持っていかなかったのだが・・・鞄が軽くて良かった(笑)
夜にブログを書くのであれば、実はパソコンを持ち歩く意味はほとんどない。

たまたまイーモバイルの端末を店頭で見たのだが、あのシャープの端末とか、ウィルコムのW-ZERO3とか、あるいはVAIO-Uのような小さい端末でも良いような気がする・・・単なる物欲にすぎないか。

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べからず集とするべし集

ブログを書くのを朝ではなく夜にすることはできるだろうか・・・と考えたその日に帰ってくるのが遅くなってしまうのはなんというか皮肉な気もするが、それはそれとして実際に夜に書くことはできるだろうか。

実は過去何度かチャレンジしたことがあるのだが、その度に断念している。結局時間の枠がきちんと決まっている朝と違って夜は不規則で時間が確保できないことが多いのだ。

とはいえ、朝の時間をブログ以外に使いたいような気がしている。本を読む。勉強する。もちろんブログを書くのも良いのだが、その日にあったこと、感じたことを中心に書く方が本当は良いはずなのだ。

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2007年3月13日 (火)

お前は一体何を聞き出したいのか

今の仕事の関係上、社内の関係者に話を聞く機会が多い。昨日も工場の現場にヒアリングに行ってきた。
が、なんというか、毎回自分の聞き出す力のなさを感じる。

そもそも、何を聞き出したいと思っているのか、あまり明確でないのかもしれない。

・すでにシナリオがあり、その「裏をとる」為に話を聞くのか?
・自分も相手も知らないことを引き出す為に話を聞くのか?

そういった目的自体、実はあまり認識していないことに気付いた。自分にとって目的がはっきりしていないので、どうにもちぐはぐなヒアリングになってしまうのだ。

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2007年3月12日 (月)

共有しないリスク

昨日日本ナレッジマネジメント学会の第10回年次総会に出席した。内容はおいおい取り上げるとして(取り上げるかな~)、懇親会の席である人から、「情報を共有しようとすると、どうしてもリスクの議論が避けられない」といった話を聞いた。

その場ではっきり伝えることは出来なかったのだが、実は以前から感じていることがある。「共有する」ことのリスクの議論は昔から良くあるが、「共有しない」ことのリスクはどのくらい評価されているのだろうか、と。

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2007年3月 8日 (木)

朝の時間はやはり座るか

先週、朝の時間をどう使うかで、早い電車に待たずに乗って、その時間を活かすということを考えた。
実は今週の月曜日に実行してみたのだが・・・。

1回で結論をだすのは早計かもしれないが、あまり意味がなさそうだった。

一つは、これまでは電車の待ち時間にCLIEに転送した前日のメールのチェックをしていた。これが電車内でのチェックになってしまう。これは、前述したように視力への影響があり、あまりよろしくない。

二つめは、そうやって生み出したマクドナルドでの時間を、結局ブログを書くことに費やしてしまったことだ。ブログは、もともとは短時間で自分の考えを記述する訓練の一つとして始めたものだが、それが結局許された時間にあわせてずるずると伸びてしまう。

むろん、区切る努力をすればよいのだが、後がないという切迫した事情がなければ、結局甘えがでる。
明確に時間を使う目的があれば別だが、今の段階では無理にそうする理由がない。

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2007年3月 7日 (水)

ファミリーコンサートの企画

日曜日のミニクラシックコンサートの打ち上げで、ファミリーコンサートが(一部で)話題になった。

ファミリーコンサートは、普段はお断りしている未就学児童の入場もOKにした、特にお子様を対象にしたコンサートだ。昨年本格的にやって、もともとは第九演奏会(1年おき)のない年の夏に実施する、という話をしていたため、今年はない予定なのだが、やはりやった方が良いのではないか、と盛り上がった。

実現するかは別として、企画担当者に聞いてみると、結局選曲が一番大変で、それをクリアすれば他はやってくれるとの話だった。

そこで、少しプログラムを考えてみる。
ファミリーコンサートで問題になるのは、時期的に定期演奏会の練習を優先したいため、練習時間を確保できないという点だ。だが、それは過去1年ぐらいにやった曲を中心に構成することでクリアできるのではないか。

そもそも「定期演奏会を聴けない」人たちを対象にしているのだから、同じプログラムでも良いはずなのだ。(もっとも、それではとても子ども向けのプログラムにならないが・・・笑)

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2007年3月 6日 (火)

場慣れの問題

日曜日はミニクラシックコンサートだった。
今回はソプラノの伴奏で参加したのだが、チェロとオルガンだから、実質的にチェロもソロに近い。

結論から言えば、散々だった。
リハーサルの方がうまくいっただろう。良くあることだが・・・。

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2007年3月 5日 (月)

2本のスキーを履き比べる

この週末はスキーの話題と演奏会の話題があるのだが、まずはスキーの話から。
今使っているスキー板と、一つ前に使っていたスキー板、両方をスキー場に持ち込んで履き比べてみた。
駐車場からゲレンデまで運ぶのが一苦労だったが・・・。

現在のスキー板は165cm。一方昔のスキー板は185cm。長さ20cmの違いは、実際に履き比べてみると、見た目かなりあるように感じる。が、それ以上に違うのがサイドカーブだ。

操作感の違いを一言で表現するなら、「昔のスキー板の方がくるくる振り回せる」という感じだろうか。ただ、この「振り回せる」というのは微妙な表現だ。サイドカーブがゆるい分、トップとテールの引っかかりが少なく、簡単に「ずらす」ことができる。そのために振り回しやすく感じるのだが、一方でターンとして回しやすいのは今使っているスキー板の方なのだ。

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2007年3月 2日 (金)

朝の時間をどう使うか

今、平日の朝は、6時36分の地元駅始発の電車に乗っている。渋谷(厳密には一駅手前の神泉)に着くのが大体7時20分ぐらいで、そこから歩いてマクドナルドへ向かい、朝食を食べてブログを書く。マクドナルドを8時15分ぐらいに出て、会社に着くのは8時30分というのが毎朝の風景だ。

6時36分の電車に乗るのは、座るためだが、始発とはいえ席取り合戦がそれなりにあり、確実に座るために大体6時15分ぐらいから駅で待っている。当然36分の電車の前に、別の電車をやり過ごす。

この待ち時間がどうも無駄に感じられてきた。
しかも、そこまでして座っても、結局寝てしまうぐらいが関の山だ。

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2007年3月 1日 (木)

君が代の伴奏命令

君が代の伴奏命令を拒否したために処分を受けたことを違憲として音楽教師が訴えていた事件で、最高裁が命令は妥当であるという合憲の判決をくだしたと、昨日、多くの一般紙が一面トップで取り上げていた。

実は気になってしまったのは、君が代云々よりも、音楽教師が卒業式で伴奏するというのは、そもそも命令されるに値する職務なのだろうか、という点だ。例えば、この拒否理由が、思想信条ではなく、単に「自分は伴奏したくない」というものだった場合、このような騒ぎになったのだろうか。

音楽教師の「職務」の中に、「学校行事でのピアノ伴奏」というのが明文化されているのであれば、これは妥当な命令だし、それを拒否することは職務違反になるだろう。音楽教師でなくても、「学校行事でのピアノ伴奏」は教師によらなければならない、という規定があれば、かろうじて命令は妥当ということになるかもしれない。

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