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2007年3月 1日 (木)

君が代の伴奏命令

君が代の伴奏命令を拒否したために処分を受けたことを違憲として音楽教師が訴えていた事件で、最高裁が命令は妥当であるという合憲の判決をくだしたと、昨日、多くの一般紙が一面トップで取り上げていた。

実は気になってしまったのは、君が代云々よりも、音楽教師が卒業式で伴奏するというのは、そもそも命令されるに値する職務なのだろうか、という点だ。例えば、この拒否理由が、思想信条ではなく、単に「自分は伴奏したくない」というものだった場合、このような騒ぎになったのだろうか。

音楽教師の「職務」の中に、「学校行事でのピアノ伴奏」というのが明文化されているのであれば、これは妥当な命令だし、それを拒否することは職務違反になるだろう。音楽教師でなくても、「学校行事でのピアノ伴奏」は教師によらなければならない、という規定があれば、かろうじて命令は妥当ということになるかもしれない。

しかし、そんな話は聞いたことがない・・・気がする。そもそも、そういった明文化されている規定があれば、ここまでの騒ぎにはならないはずだ。この「命令」は、実は暗黙の合意のなかの役割分担においてなされたものということはないか。

だとすれば、本来ピアノ伴奏は職務というよりも一種のボランティアだと考えることもできる。合唱祭で、たまたまピアノを弾ける生徒が居ると伴奏を弾かされ るようなものだ。卒業式に出席しない、というのは職務上問題だが、その中で何をやるか、というのは教師同士の合意の中で役割分担がされるものではないか。

立場上拒否しにくい、という状況と、職務上拒否できない、という状況ではまったく異なるはずだ。

最終的に音楽テープを使ったという話を聞くと、なおのことそう思う。この件は、音楽教師に「お願い」するたぐいのもので、「命令」するようなものではなかったのではないか、それが気になって仕方ない。

極端な話、この音楽教師が「自分は君が代を心を込めて声高らかに歌いたい。伴奏をすると歌に集中できないので、他の人に替わってもらえないだろうか」という理由で伴奏を拒否していた場合、校長や教育委員会はどのような対応をするのだろうか。

「いや、これは命令ですから弾いてください」であれば、まだ問題ない。だが「それなら別の人に・・・」となった場合は、これは大変な問題なのだ。

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コメント

う~ん、どうなんでしょう。
僕たち会社員に置き換えてみると、会社のイベント(○○周年パーティーとか)の場で、ギターを弾けるヤツがいるから弾く。喋るのが上手なヤツがいるから頼む、といった具合に進めていくことってあるんだろうと思います。
その際に「僕の仕事ではありません」「僕の職務外です」というケースは、あまり見たことがない気がします。
(「いや、僕は歌が下手なので」という断りはあるのかも知れませんが。)
職務外です、と言い始めると、企業は動かない気がしますし。
学校の先生は言うのかどうかは、知らないところではありますが。

投稿: ooki | 2007年3月 1日 (木) 09時09分

そうですね。

そこで気になるのは、教師の側は「自分の職務ではない」という理由で拒否をしているのではなく、主義信条の問題で拒否しているわけです。

これは、認められても良いのではないかと。

それを「職務です」といって命令したあげく、最終的に拒否した教師を処分したわけで、職務という言葉を持ち出したのは、あくまで管理側なんですよね。

それが気になるのです。

ようは「そこをなんとか」と頼み込むような類の話で、それでもダメなら代替案で済ます(実際そうしている)ということで良かったようにも思うのです。

なんで管理側にとってこれは「拒否を認めない」職務だったんでしょうね???

投稿: ProjectK | 2007年3月 1日 (木) 20時31分

あ、ごめんなさい。
「君が代云々よりも、音楽教師が卒業式で伴奏するというのは、そもそも命令されるに値する職務なのだろうか」を、「君が代でない場合」と理解してしまいました。
主義主張は難しいですね。我々会社人が、君が代に触れる機会って、ほとんどないでしょうし。。。
あ、スポーツ選手はどうでしょうね。サッカー選手が、「君が代のとき、俺は座る」というのは聞いたことがないですねぇ。伴奏ではないですが。

他の主義主張なら、どうなんでしょうか。食品会社で食べ物の主義主張とか(ベジタリアンとか)、趣向のこととか。
君が代のことだけは認められる、というものもおかしいのですが、他にも(僕らが知らないだけで)起きているのかも、ですね。

投稿: ooki | 2007年3月 2日 (金) 12時08分

すみません。「君が代云々よりも」と書いておきながら、君が代の話になってしまいました。

ただ、合唱祭などの校歌斉唱なんかで同じように拒否を(何らかの理由で)した場合に、同じように処分されたのか、と考えると、やはり君が代だけに発生する問題なのかもしれません。
そもそも拒否しなければ問題にもならない、というのも確かですが・・・。

ちなみに食品会社でもベジタリアンみたいな個人の趣向は認められると思いますよ。
もっとも別の人がその仕事をやることになるでしょうから、本人の仕事がなくなるかもしれません。
でも、それで直接処分されるようなことはないと思います。だってそんな理由で処分したら世間のベジタリアンという趣向をも認めない、みたいな話になりかねませんから(笑)。

どんな理由であれ、「やらない」「できない」というのは評価を下げるなんらかの根拠にはなると思うのですが、そこで「処分」というのがよく分からないんですよねぇ。

投稿: ProjectK | 2007年3月 5日 (月) 08時16分

仰るとおり、民間では「処分」=「ミステイク」でしょうね。
もっと言うと、「不祥事」とか?
こういったところに、「民間」と「公的機関」の考え方の違いを感じるのは事実ですね。

投稿: ooki | 2007年3月 5日 (月) 14時01分

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