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2007年3月20日 (火)

企業の社会貢献のありかた

少し間をおいてしまったが、先週金曜日のメモから。

・「本業を通じた社会貢献」と「本業のための社会貢献」
本業を通じた社会貢献は外部目的(社会の課題解決)のため、本業のための社会貢献は内部目的(会社の課題解決)のため、それでも結果はどちらも社会貢献。

CSRの分野で、企業の社会貢献として最近よく言われているのが、「本業を通じた社会貢献」なのだが、個人的にこれはどうも座りが悪いように感じている。本業を通じた社会貢献というのは、結局本業のことではないのか、という気がするからだ。

もちろん、本来の意味はそうなのだが、それをことさらに強調することがおかしいように感じている。

それでふと思ったのだが「本業のための社会貢献」というのはどうだろうか。これは企業イメージアップのための広告宣伝とか、そういった類の話ではない。文字通り、会社がビジネスを続けていく上で、そのビジネスにとっても必要になる(本業とは外れた)社会への投資のことだ。

例えば、飲料メーカーにとっての「水を守る」活動などは、そういえるのではないか。食品もそうだが、飲料メーカーなどにとってきれいで美味しい水というのはまさに生命線である。それを守ることは、企業にとっては本業のためだが、一方でその活動の幅を広くすれば社会のためにもなる。

住宅や製紙メーカーにとっての森林保全などもそうだろう。既存の自然に依存するメーカーの場合、これらは非常にイメージしやすい。(過去の自然に依存する、例えば石油産業などにとっては少し微妙かもしれないが・・・。)

サービス業にとってはどうだろう。人材サービス会社などの場合は、教育機関への寄付や支援などは、本業のためにもなる社会投資と言えるかもしれない。小売りなどの販売系の企業の場合、販売する商品をより良いもの(安いもの、ではない)にしていくための投資などは、一方で社会への貢献に通じるかもしれない。

動機としては「企業自身のため」だが、だから社会貢献ではないとか、ボランティアではないというのは個人的には違うとも思う。動機は何であっても結果として社会を良くすることに通じることが「良いこと」なのであって、どんなに「社会のため」という崇高な気持ちがあっても、結果として社会に悪いインパクトを与えるものでは意味がないのだ。
(例えば「クーデター」というのは、少なくとも本人達は社会のために行っているケースが多いだろう。)

そういった「本業のための投資なんだけれども、その結果社会にも貢献できる」といったフレームが、企業の社会貢献活動には重要なのではないだろうか。
「社会には貢献するけれども、本業にとっては負担になる」では、どうあがいても持続可能にはならないし、気持ちだけでは動いていけないのが実態のはずだ。

「本業を通じて」「本業のための」実は両者の意味は同じなのではないかと思うけれども、前者に比べると、後者は直接的で分かりやすいのではないか、という気がする。

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コメント

長く「なぜ企業は社会貢献をしなくてはいけないのか」という理由を探していましたが、やっと納得のいく答えにめぐり合いました。

ありがとうございます。

投稿: みゅこ | 2008年11月 6日 (木) 13時51分

こんにちは コメントありがとうございます。
企業の社会貢献はよく義務的な「責任」とセットになったり、ボランティア的な議論がされたりするのですが、本来は企業活動の枠に沿って活動するものではないかと思います。
利益のために活動する、のではなく、活動の対価として利益を得るという発想だと、もう少し整理ができるのかもしれません。

投稿: ProjectK | 2008年11月 7日 (金) 08時08分

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