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2007年4月 5日 (木)

CSRレポートに記載する「ポリシー」

CSRレポートに「掲載したくない」情報というのがあるとする。
どうしても掲載したくないのであれば、それはそれでやむを得ないとも思うが、問題はその理由だ。

昨日少しチームで話したのは、「そもそもあまりやりたくない、お付き合いでの活動だったから」取り上げたくない、という理由を受け入れるべきか、というものだ。部署としてあまりおおっぴらにしたくない気持ちは分かるが、結果としての活動がある時に、「実はやりたくなかった」というのは、報告書掲載以前に意思決定としてどうなのか、という話になる。

それに厳密にいえば、お付き合いの活動であっても、「依頼があっての活動」には違いない。実は報告書上では動機はあまり関係ないのだ。これは、例えば寄付の理由が税金対策であっても、寄付という行為には違いがないからである。

むろん、行動自体に裏(隠れて脱税とか)があってはいけないが、動機は何であれ、寄付は寄付として評価されるべきだろう。そうでなければ、寄付した側だけでなく、寄付された側も貶めることになってしまうからである。

そのように考えると、CSRレポートに掲載する「ポリシー」というのは、実は企業の活動における「動機」を示すためではなく、「決意」を示すものなのかもしれない。動機は「こうしたい」気持ちだが、決意は「こうしていく」行動表明である。「こうしていく」ことに、理由は関係ない。もちろん、動機はあっても良いが、それは別に表明する必要がない。

結局、今回の取り組み事例については、「実はやりたくなかったから」という動機にもとづく理由ではなく、「以降継続していく気がないから」という決意にもとづく理由で掲載を見合わせるということにした方が良いということで落ち着いた。

掲載したくない理由はさまざまだ。ただ、活動の実態としてはあるのに掲載しない場合には、それ相応の理由がなければ、その活動は企業活動としてやましいということになってしまう可能性もある。

扱いが難しいのは「内々の話で、ことさらに言うようなことではない」といった話だ。控えめな日本人の気質にもあうので、心情的に納得してしまいやすい。

が、企業のリソースを使って行っていることであれば、その活動にはすべからく説明責任がつきまとう。公開企業であればなおさらだ。そう考えると「ことさら明かすようなことではない」というのは「隠している」と受け取られてしまう可能性もある。

これは、肝に命じておいた方が良いのかもしれない。企業の活動は、個人の活動とは違うのだ。個人の気持ちの延長や、美意識にもとづく判断が、実は企業を窮地に追い込むなんてことがあるかもしれないのだ。

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