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2007年7月26日 (木)

情報共有と情報伝達は違うもの?

何ができたら情報共有?(走れ!プロジェクトマネージャー!)や、「情報共有」・・・あらためて初歩から考える(1)(抱き込め!ユーザー、巻き込め!デベロッパー)を読んで、たまたまここ最近「情報共有」について考える機会が多かったので、改めて考えてみた。

個人的にはお二人の意見には同感なのだが、天の邪鬼なので少し違う方向から考えてみる。というのは、大木さんが書かれている「コミュニケーションスキル」や、妹尾さんが書かれている「誰かが持っている情報が誰かに伝わって」というのは、情報「伝達」といってしまっても良いのではないか、と思ったからだ。
仮に「伝えたい(伝えるべき)情報を伝える」情報伝達と、「ある情報を共有する」情報共有が違うものだと考えたら、その違いはなんだろうか。

情報共有というのは、もう少しゆるく考えても良いのではないか、そんな気がする。例えば会話の中でふと飛び出した話題に戸惑うことなくついていけるのは、その話題(=情報)を共有していたから、といったレベルの捉え方はできないだろうか。双方に明確な目的のある情報の「伝達」ではなく、コミュニケーションの周辺部分でのやりとりをもうちょっとだけスムーズにするための情報の「共有」が、情報共有の本質と考えるのだ。

情報共有ができていないと感じるのは、伝わっている伝わっていないよりも、そういった「やりとりの中でのちょっとした齟齬」に気付いた時ではないだろうか。

このように考えると、世間で言う「情報共有ができていない」というのは、実は責任回避的な使われ方をしているのではないか、という気もしてくる。伝えることを目的とした情報が伝わっていないのは、情報共有の問題というよりは、当人間のコミュニケーションの問題なのだが、これを情報共有の問題にすり替えてしまっているのではないか、という疑問だ。

「伝わっていない」に比べて「共有できていない」というのは、なんとなく責任の所在が不明瞭で、分かったようで分からないあいまいさがある。伝わっていない理由は、伝えようとした情報そのものの問題や当人の伝え方、受け取り方などに細分化して問題点を考えていけるが、共有できていない理由というのは、そのあたりが難しく、なんとなく問題点や責任の所在がぼやけてしまうということがないだろうか。

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先般、『「情報共有」・・・あらためて初歩から考える(1)』というタイトルで投稿を [続きを読む]

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