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2007年8月 6日 (月)

自分にはどの程度の時間があるのか

自分には、どの程度自由にできる時間があるのだろうか。あるいはどの程度自由な時間を得たいのだろうか。
・・・いやいや、「自由な時間を得る」というのはおかしい。何か目的があるときに、そのためにどれだけ時間が確保できるのか、その工夫の余地はあるかと考える必要がある。

今、もう少し時間が欲しいと思っていることは二つある。

一つはオーケストラのために(楽器のために)費やす時間。
もう一つは勉強のために費やす時間だ。

勉強のために費やす時間というのは、当面は知人の誘いでエントリーした知的財産検定に関する勉強なのだが、それ以外にも、少し知的好奇心を追求する時間が必要なように感じている。
多くは本を読むことで成り立つのだが、しんどいのは電車の中で読むのが難しいことだ。自分の場合、本にせよゲームにせよ、揺れる電車の中で長時間目を使うのは視力に大きな影響が出るらしく、しばらく集中的に読んでいると目がかすんでくる。

それと、勉強として考えた場合、単に読むのではなく、何らかの形で書く作業をあわせないと、どうにも体に入ってこない。本を読むスピードは人並み以上だと思うが、入った端から抜けていくような所があるので、じっくりと定着させる必要がある。

そのためには、どうしても落ち着いて机に向かわなければならない。甘いのかもしれないが、巷で言われているような通勤電車勉強法は、自分の場合難しいのだ。問題はこのための時間をどれだけ場所も含めて確保できるかだろう。1日1回あたりの時間はそれほど長時間である必要はないのだが・・・。

一方、楽器のために費やす時間というのは、弾く練習をする時間というのがもちろん一番重要なのだが、それ以外に楽譜を見直したり、練習の内容を思い出して整理したり、音楽に関する勉強をする、という時間も含まれる。そういった意味では、これも座学に近い。練習のための場所の確保は難しいが、座学のための場所の確保はそれほど難しくはないはずだ。

もっとも、どちらにせよ、短時間で効果をあげるには、その時間に何をするかということを明確にすることが必要だろう。漠然と時間や場所の確保を考える前に、何をやるのか、そのためにはどういった環境と時間が必要なのかをきちんと固めた方が良いのかもしれない。

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