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2007年9月28日 (金)

日本人の伝統

相撲部屋のしごきで若い力士が死亡した。「かわいがり」というのだそうだ。

これが朝青龍が馴染んでいないと非難された日本人の「伝統」の姿かと思うと暗澹たる気分になる。これは単に特別な一部の人間が起こした殺人ではない。「かわいがり」という言葉があったことが示すとおり、閉じられたコミュニティの中で常に起こりえた「伝統」なのだ。

日本で最大の読者数を誇るという某新聞のスポーツ欄では、こうしたことを一概に否定すれば伝統が壊れるなんてとんでもないことを書いていたのだが、逆にいえばそれが日本人の本性ということなのかもしれない。

いやいや、あれが日本人の伝統なんてことはない、という人がいるかもしれない。実は自分もそう思わなくもない。

でもそれが一番問題なのではないか、という気がしてきた。日本人の伝統って何なのさ、という答えがないことに気付いたからだ。

「日本人の伝統」における最大の問題は、一人ひとりが勝手に自分の価値観を「民族の伝統」と思っていることにある、ということはないだろうか。だから、たまたま自分の影響力が大きかったりすると、「日本人の伝統」と称して、周囲に自分の価値観を押しつけ、そのコミュニティの「伝統」を作ってしまうのではないか。

本当は自分の価値観にすぎないのに、「伝統」という名の社会的な価値観にすり替えて責任逃れをする。「かわいがり」で力士を死なせた価値観は、単に親方や兄弟子達の価値観にすぎないのに、それを「角界の伝統」にすり替えて論じるところに問題があるということはないだろうか。角界の伝統なら、それはみんなの責任で、つまり誰の責任でもなくなるからだ。

・・・話がまとまらなくなってしまった。日本人の伝統って何なのだろうか。

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