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2007年10月26日 (金)

やはりほぼ日手帳に戻るのか

トラベラーズノートの試用期間(日記リフィルは2ヶ月分)が終了する。
どうやら、やっぱりほぼ日手帳に戻りそうだ。リフィルの使い勝手はサイズ的にトラベラーズノートだったのだが、手帳として総合的に考えると、やはりほぼ日手帳の方が使いやすいと考えざるを得ない。

最大の理由はペンホルダーだが(笑)、それ以外にも要素をあげるとすればトラベラーズノートではやはりかさばるということだろうか。正直なところ、ほぼ日手帳でも大きいかなと感じていて、モレスキンも検討したのだが、これまたペンホルダーがない、という理由で断念することにした。

さて、ほぼ日手帳に戻るとして、使い方もそのまま戻すのは少々しんどい。

例えば方眼のマス目はほぼ日手帳の方が小さい。トラベラーズノートではほぼ方眼に収まるように文字を書けたのだが、わずか1mmの違いとはいえ、ほぼ日手帳には同じようには書けない。ページ全体のスペースが小さいのに、文字はむしろ大きくなる。ということは、書ける量は当然減ってくる。

この2ヶ月の間にGoogleカレンダーを大分使うようになったので、これまで1日のページに書いていたその日の予定などを手帳に書く必要はなくなった。なので事前のスケジュール管理は電子ツールで行い、メモと記録を手帳というように使い分ければよいだろう。

おおざっぱに言えば、その日のメインのトピックを月間ページに記録し、来年から追加される別冊の週間ページにその日の行動を記録し、1日のページにはメモや思いつき、新聞記事の見出し(「気になる出来事」という週刊コラムのためのメモ)を書くようにする。

後は付箋を活用することだろうか。別冊のメモ帳はどうも自分の使い方にはあっていないようで、どうも上手く使えない。日付にリンクさせていないからだが、付箋であればその日に紐づけすることができる。

あとはスケジュールとTODOを管理する電子ツールをどうするかだが・・・。

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2007年10月25日 (木)

スケジュールを何で持ち歩くか

今日は諸事情によりパソコンを家に置いてきたので、会社でブログを書く。Notesでの下書き(というか原稿書き)もなし、mixiへの転記もなし。(会社からはアクセスできないため。)

この時間のオフィスは静かかと思いきや、すでに何人かが仕事をスタートしているようだ。もう2本早い電車(乗ることはできる)だと、さすがにほぼ一番乗りのはずだが・・・。

パソコンをかばんに入れないことで改めて感じたのだが、やはり相当軽くなる。1kgに満たないといっても、それだけの重量物がかばんの中にあるというのは、やはり負担だなぁと実感してしまった。

この生活を1週間ほど続けたら、もう持ち歩くのはいやになってしまうのではないだろうか。

そんなわけで、昨日の続きである。ブログを書くのは会社でやると割り切るとして、スケジュール関係をiPodで持ち歩くというものだ。classicでも良いのだが、持ち歩くとなるとnanoのほうが軽いし、(ある意味)ユニークともいえる。

ただ、音楽プレーヤーとして考えると、現在持ち歩いているネットワークウォークマンと大きく用途がかぶってしまう。classicのような大容量であれば明らかに違うのだが、nanoの容量では、今使っているのはどうするのさ、ということになってしまうのだ。

まぁ、どちらもすべての曲を転送することは不可能なので、その内容で使い分ければよいことではあるのだが・・・。

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2007年10月24日 (水)

スケジュールを何で管理するか

最近、スケジュールの管理が煩雑というか、ぐちゃぐちゃになっている。
大きな理由はGoogleカレンダーをかなり本格的に使うようになったからだ。会社ではほぼ立ち上げっぱなしで、予定はまずこれで確認をしている。

外せない会議などの予定と作業の予定などを切り分けて登録できるというのが、個人的には使いやすい。これらを全部一つのカレンダーで管理してしまうとぎちぎちな感じになってしまうのだが、精神的に切り分けができるからだ。

一方で、煩雑になるのは、これが会社のスケジューラ(Notes)や、モバイルのスケジューラ(CLIE)とまったく同期できていないことだ。

会社のスケジューラに関しては・・・正直今の環境ではどうしようもない。仮に同期するようなソフトがあったとしても勝手に入れるわけにはいかないからだ。まぁこれは会社ではあまり使われていないということもあるので、きれいさっぱり忘れるという方法もある。

CLIEに関しては、個人のパソコンにOutlookを入れて、これを間に挟めば同期できなくはない。Googleカレンダーは携帯でも見ることができるので、モバイル環境ではそちらを使ってCLIEをさっぱり諦めるという方法もあるのだが、携帯では直近のスケジュール以外は確認しにくいという難点がある。

デジタルのカレンダーの紙の手帳に対する最大のアドバンテージは、かなり遠い未来(あるいは過去)までを登録しておけるという点にあると思うのだが、その点で10件ずつ表示されるという携帯のGoogleカレンダーはいまいち使いにくいのだ。

最近はCLIEも少々不安定になってきている。そこでふと考えたのが、iPodなんかをスケジュールの確認用として使えないかということなのだが・・・。Googleカレンダーを使う限り、モバイルデバイスでの入力にはそれほどこだわらなくていい。とりあえずメモしておいて、後で入力する方が楽だからだ。ようはその場で確認ができればよいことになる。

そうなるとiPod touchなんかでもよいのかな~と物欲がうずくのだが、一方で160GBのクラシックであれば、音楽データや動画データもほぼ根こそぎ持ち歩けるわけで、それも悪くないな、と思ったりする。

後は・・・iPodってストレージとして使えるんだろうか。PC用のモバイルブラウザとNotesを入れておいて、出先ではこれをつなげばそういったソフトも使える、というのだったら文句なしなのだが・・・。

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2007年10月23日 (火)

勉強のためのまとまった時間

勉強するためのまとまった時間が欲しい・・・などというと、忙しいビジネスマンは通勤時間など、細切れの時間を有効活用するべきだ、などと言われてしまいそうだが、ここで欲しいと思っている「時間」というのはちょっと違う。

何か取得したい知識があって、それを学ぶためならそういった時間を利用するのは良いかもしれない。
でも、自分が欲しいのは知的好奇心を満たすために、勉強に没頭する時間なのだ。そこにあえて目的を見いだすのであれば、脳に普段とは違う刺激を与えることといえるかもしれない。

仕事や日常生活から頭を切り離し、それだけに集中する勉強の時間が欲しいということだ。

もう少し踏み込めば、何か没入できる環境を作りたいということでもある。この場合、学ぶ対象は問題ではなくて、集中するという機会を得ることが目的で、実は勉強である必要すらないのだが、そういった「集中する」力が低下しているような気がしてならない。

ある一瞬のタイミングという短時間ではなく、ある程度持続的な集中力を保つことができなくなっているのではないか・・・そんな不安を感じている。

今あえてそんな時間をあげるとすれば、オーケストラの練習中というのはかなり持続した集中力があるといえるだろう。これをもう少し別の場面でも維持できるようにしたい。そのためには、まずそれだけの時間を確保しなくてはならない。

甘えといえば甘えかもしれないが、そういった時間を持ちたいという気がしている。
・・・できれば仕事以外で。

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2007年10月22日 (月)

パネルディスカッション

どういうわけか(などと書くと主催者に大変失礼な気もするが)今週、とある場所でパネルディスカッションにパネラーで参加することになっている。今の仕事ではなく、前の仕事に関係しているのだが、グループウェアというものについてのパネルディスカッションだ。

「グループウェアというもの」という微妙な書き方をしたのは、グループウェアが何であるかという定義が自分の中で明確になっていないからだ。これに関しては以前「グループウェアとは何か」で書いているが、そもそもグループで仕事をしている企業にグループウェアではないソフトウェアなんてあるのだろうか、という疑問がある。

そうはいっても、まさかそんな主張をパネルディスカッションでぶちまける訳にもいかないだろう。世間的にはグループウェアと呼ばれるカテゴリーのソフトウェアがあるので、基本的にはそれにそって話をすることになる。

とりあえずは事前に渡されているテーマに沿って、自社の状況や想定できる回答をまとめておかなければならない。
来場者にとって価値のある話ができると良いのだが・・・。

パネルディスカッションを聞くことは結構機会があるのだが、自分が話す機会というのはそうないような気がする。
そういった意味では刺激的な体験になると思うのだが、さてどうなることやら。

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2007年10月19日 (金)

整理の視点

立ち読みで、しかもパラッと開いたページにたまたま書いてあったことなのだが・・・。
「佐藤可士和の超整理術」(佐藤可士和/日本経済新聞社)のなかに、パソコンのデスクトップの整理を毎週やれという感じの(すみませんうろ覚え・・・)一節があった。月曜の朝イチにデスクトップを整理する。半日かかってもいいからやれとスタッフに言っているという話だ。

それは何故かというと、整理というのは仕事を効率的に進めるために行うものだからという。そのために週の初め、仕事を開始する前に整理をするのだそうだ。

言われてみれば確かにその通りだ。その通りなのだが、改めて自分の整理を振り返ると「仕事が終わったときに」整理をしていて、「仕事を始める前に」整理をするという視点は抜け落ちていたような気がする。やりかけの仕事の資料はそのまま放置していて、終わったものから整理して「片付けて」いくというルーチンになっている。

例えばタスクごとに資料をクリアフォルダに入れているが、タスクが進行している間はその整理はほとんどしていない。そのタスクが終了したときに、廃棄も含めて「整理」をしているだけだ。これでは効率的なタスクの進行は望めない。そういうことだろう。

そうすると、何でも良いから「次に向けて」資料(や状況)を整理をするという時間を持つ必要がある。月曜の朝でも良いし、自分の場合は金曜の午後でも良いような気がする。

わずか1ページの立ち読みだったのだが、後から振り返ると非常に参考になった一節だった。もしかしたら買って一通り読むと、もっと目が開けるのかもしれない。

(でも直前に、めずらしく2冊本を購入してしまっていたので、その場では買わなかった・・・本を読む時間を作らないといけないですね。)

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2007年10月18日 (木)

トラベラーズノートとペンホルダー

トラベラーズノートとペンを一緒に持ち歩くための試行錯誤が続いている。

先日アートマンで、手帳用のバンドを買ってみた。ゴムバンドが一本だと挟んでおいても不安定だが、二本であれば安定すると考えたからだ。それは良いのだが、開くために二本のバンドを外すというのはかなり使い勝手が悪い。

昨日はハンズに行って、システム手帳用のペンホルダーを買ってきた。これを貼り付けるのはどうだろうかと考えたのだが、正直に言えばあまり美しくない。そもそもこの手帳にホルダーをつけてペンをさしておくということ自体が、あまり美しくないのかもしれない。

ついでにペンがさせるバンドも買ってみたのだが、うかつなことにサイズが合わなかった。

この問題がクリアできればトラベラーズノートを使いたいのだ。なんというか、デザインの質感が気に入っているからだろう。機能的にはほぼ日手帳の方が上だし、それで不満はないのだが、なんとなくトラベラーズノートを使ってみたいという気持ちが消せないでいる。

ただ、ふと思ったのだが、基本的にスケジュール管理ではなく、その日の出来事のメモに使うということであれば、モレスキンのダイアリーなどでも良かったりする。ようは1日単位で何かを書いていけるようなメモ帳であれば良いからだ。

さらに昨日ハンズを回ったときにまた欲しくなってしまったのだが、実はシステム手帳にも関心があったりする。ただのシステム手帳ではなく、包み込む手帳というやわらかい手帳なのだが、何年か前に見かけて以来、気になって仕方なかったりする手帳なのだ。
(ただ、システム手帳はバイブルサイズというどうにも半端に思えるサイズと、中央のリングがじゃまで書きにくいという問題があって、手を出したことはない。)

最終的には何かに絞り込まなければならない。今何が面倒かといって、二つの手帳を併用していることだからだ。最終的には一つに絞り込む必要があり、そうなるとやはりほぼ日手帳に軍配があがりそうなのだが・・・。

なんとか使えないだろうか、トラベラーズノート。
でも、このノートの雰囲気にあったペンホルダーというのは、ちょっと思いつかないのだ。

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2007年10月17日 (水)

伝承される技術とは

日経ビジネスオンラインの我慢を知らない若者では勤まらないが色々物議をかもしているそうで、以前ブックマークはしていたようなのだが改めて読んでみた。

コラムを書かれている橋本氏の主張「我慢を知らない若者」とやらに対しては、コメント欄でさまざまな意見が出ており、個人的にも同感である。多分同じような感覚で、わざわざ論評するのもくだらないと思ったからその時ブログのネタにしていないのだろう。

で、そのあたりは譲るとして、実は改めて読んで冒頭がちょっと気になってしまった。ある会社のベテラン技術者の話だ。

「私たちの職場の構成員を見ると、正社員は3分の1以下。大部分が派遣社員とパート・アルバイトと外国人労働者の混成部隊。その人たちに技術を教えるのだが、彼らが将来ライバル企業で働くかもしれないと思うと、もうひとつ熱が入らない。

また、彼らも“次の職場では、こんな技術、役に立たないかもしれない”と思っているためか、積極的に覚えようとしない。このままでは我が社の技術は遠からずなくなってしまいますね」

引っかかってしまったのは、「ライバル企業に技術が流出」と「次の職場ではこんな技術役に立たない」は矛盾しているのではないか、ということだ。ライバル企業に流出して困るような画期的技術であれば、それは次の職場で役に立たないかもしれない、なんて思われたりはしないのではないか。

そもそも後者の意見が正しいとすれば、その技術は伝承する必要がない陳腐なものということになる。

まぁそれは言葉の遊びだとしても、気になって仕方ないのは「もう一つ熱が入らない」状態で伝えられた技術を本気で受け止める相手なんていないことだ。「ライバル企業に行ってしまった」ことにショックを感じるならともかく、「行くかもしれない」で伝承を怠るのだとすれば、このベテラン技術者自身、技術や会社に対する愛が欠けている。

またこのセリフは、実はナレッジマネジメントなどで「ノウハウを(社内の)ライバルには知られたくない」という理由で表に出さない心理にかなり近い気がする。そこにあるのは、会社や社会に貢献するといった価値観ではなく、「自分が良ければよい」という価値観だ。

・・・ま、そういった排他的な価値観が今の若者に薄い、という主張であれば、分からなくはないけどね。
こういう人たちはブログなんかでノウハウを公開する人たちなんて理解の外にあるのだろう。

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2007年10月16日 (火)

命日

カレンダーを見たら、今日は弟の命日だった。大学の時から家族と離れて暮らしているためか、普段家族を意識することはほとんどないのだが、弟が死んだ日のことは良く憶えている。大学時代のことだ。

たまたまというか、その日は(土曜日だったが)県外のオーケストラにエキストラで行くことになっていた。その日現地入りしてゲネプロ、翌日本番(しかも曲はブルックナーの7番で初見)というとんでもないスケジュールだったが、他のメンバーと待ち合わせて行くことになっていた。

父親から連絡があったのは、その準備中だ。時間外でも許される「家族の方から電話です」。当時住んでいた学生寮では、電話は二つしかなく、外部からの電話の場合は放送で呼び出される。
そろそろ出発しようかという時間だったから、タイミング的にはギリギリで、出発していれば連絡は取れなくなっていたはずだ。

「深呼吸して聞いてくれ。」そういう父の声は震えていた。宝くじでも当たったのかと思ったのだが、次の言葉がまだ耳に残っている。

「○○が死んだよ。」

冗談で出るような言葉ではないから、一瞬何のことか分からなかったのは確かだ。話を聞きながら思ったのは、帰るための手持ちの現金が足りないこと。銀行でおろしてからでないと、岩手から東京までは帰れない。

次に考えたのは、エキストラのことだが、これはどうしようもない。集合場所の大学はちょうど駅までの道のりの途中だったので、そこで早く来ていた他のメンバーに行けなくなったことを伝え、東京に帰った。

本人と対面するまで、不思議と涙は出なかった。顔を見て、初めて涙が出た。

弟の死因は転落死だった。犬の散歩中に滝壺に落ちたのだ。捜索隊が発見した時、弟の身体は滝壺に沈んでおり、滝の上から犬が吠えていたそうだ。

なぜ転落したのか。それは分からない。一瞬の出来事だったのか、どこかにつかまって落ちるまでの間、想像を絶する恐怖と闘ったのか、それも分からない。願わくば前者であって欲しいとも思うが、後者だとしたら、落ちるまでの間、彼は何を考えたのだろうか。

それを知る術はない。永遠にないのだ。

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2007年10月15日 (月)

議事録の書き方セミナー

土曜日に議事録の書き方に関するセミナーに参加してきた。実は恥ずかしながら、「議事録の書き方」というのをきちんと考えたことがない。(教わった覚えはもっとない。)自己流で「議事録」というものを書いてきたのだが、なるほど議事録とはこう書くものか、と改めて考えさせられた。

もちろん、講義でも言っていたが、議事録には会社(組織)ごとのスタイルというものもある。自分もそういったものに触れるようになれば、あるいは自然と身につくのかもしれないが、残念ながらこれまでそういった機会はなかった。

あとは学んだ知識を少しでも活かせるかどうかなのだが・・・。

先日のプロジェクトマネジメントセミナーといい、セミナーへの出席が続いているのだが、正直消化しきれている実感がない。振り返りの時間をとっていないためだ(とれていない、というのは甘えになるからやめておこう)。

一つ二つでも良いので、整理する時間をとって、自分の行動の中に埋め込んでいかないと、いつまでたっても習慣にならず、結局身につかないまま終わってしまう。プロジェクトマネジメントは、実際にプロジェクトを運営する中で改めて整理するにしても、議事録に関しては日々いくらでも機会があるのだから、ちょっとずつでも意識していこう。

まずは、スケジュールの中に「会議や打ち合わせの後に議事録をまとめる時間」を組み込むようにする。他人が書くことになっていても、自分なりのまとめは必要だ。そう思って書けばよい。目安としては会議にかかった時間と同じ時間でまとめることが必要なのだそうだ。

もう一つ早急に取り組みたいのは、事前に会議の流れについてのメモを作成することだ。それにそって議事を進め、ぶれたところだけを記録するようにすると、会議の内容が大きく逸脱することがなくなり、議事録作成の手間も大きく省けるという。

まずは、今日の打ち合わせからできるようにする必要があるだろう。もっとも問題は、すでに予定として議事録作成を組み込める時間がないことだったりするのだが・・・。

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2007年10月12日 (金)

踊るRolly

Rollyに、とりあえず手持ちの曲を入れて、オートモーションという機能でモーションをつけてみた。

正直にいえば、プリインストールされていた曲のモーションと違って、ダイナミックさがない。言い方は悪いかもしれないが、ダンスとお遊戯の違いぐらいはあるかもしれない。

となると、やはり「振り付け」は自分で考えながらする必要があるわけだ。

これは、結構しんどいかもしれない。いや、モーションをつけること自体はそれなりに楽しいだろうが、その前に「どの曲にモーションをつけるのか」ということを厳選しなければならない。手持ちの曲数を考えれば、「何を入れるか」という点でも選択は必要なのだが、さらにどの曲にモーションをつけるか、と考えていかないと、とても全部にはつけられない。

それと・・・ちょっと残念だったのは、モーションがつけられるのが7分までという制限があることだ。7分を越える曲は、以降は振り付けなしになる。

これはクラシック音楽とかに踊りを加えてやろうと考えていた身としては、少なからずショックだった。短い曲は良いのだが、長い曲の場合、前半踊りまくって後半は疲れて失速・・・みたいな感じになってしまうではないか。

いずれにしても、振り付けは(やるならば)じっくりとつけてやる必要がありそうだ。まずは選曲からはじめなければならない。7分は正直厳しい。せめて10分という気もするのだが・・・。

それと、音楽を再生していて気付いたのだが、連続した曲の場合に、曲間で音が切れる。これも必要なら曲の方で調整しておかなければならない。

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2007年10月11日 (木)

VAIO-Uが欲しいかも

Rollyを買ったばかりなのに不謹慎というか、物欲ばかりなのだが、実はお台場のソニースタイルに行った元々の理由はVAIO-Uを見るためだったりする。

直接のきっかけは、64GBのゼロスピンドルモデルが出たことだ。これまでのVAIO-Uはストレージサイズが現在使っているLet's note(HDD40GB)より小さいことから、ほとんど検討圏外だったのだが、64GBモデルの登場によって圏内に入ってきた。

もっとも、今のLet's noteをVAIO-Uに「切り替える」となると、色々と気になる点はある。

小さく、軽くなるのは良いだろう。バッテリーに関しても、調べてみたが大容量バッテリーにすれば良さそうだ。現物は目にしていないが、最初に目にした時ほど不細工には感じないし、重さ的にはそれでも今より軽い。

問題点としてはまずキーボードの問題がある。パソコンを手放すことはできるのかで考えたように、朝のブログだけとはいえ、やはり親指スタイルで書くのはきつい。メールが電車内でもできるようになるのは良いのだが、ブログはそうそう簡単ではない。

まぁそれは外付けのキーボードを使う形で考えてもよい。どんなキーボードがあるかは調べていないが、色々と工夫はできそうだ。

VAIO-Uの場合はあくまでもパソコンなので、ソフトウェア的に制限がないというのは利点だろう。VistaでNotesR4.6が使えるのか?という気もするが・・・。

通信用のカードに関しては考えなければならない。自宅では無線LANを使うとして、屋外でPHSを使う場合、今のカードはCF型ではないので、機種を変更する必要がある。個人的にはアンテナを本体にすっぽり収納できて突起部がない今のカードが気に入っているのだが、PCカードサイズでは致し方ない。

そして最大の問題は「64GBでよいか」という話だ。パソコンを大型化することはできるのかで書いたように、パソコンとして使うのであれば、本当は手持ちの音楽をすべて格納したい。外付けのHDDの中ではなく、本体内に納めたいのだ。

Rolly用にソフトをインストールする際にSonicStageの音楽データのバックアップをしようとしたのだが、32GBという領域が必要になった。まだ手持ちのCDは半分以上あるはずなので、正直ビットレートを落とさなければ、すべての手持ちのCDを64GBのVAIO-Uには格納できないことになる。(ちなみに今のビットレートは256kbpsだが、本当はもうワンランク上げたかったりする。)

フラッシュメモリは爆発的に容量がアップしているというのも気になる。VAIO-Tのフラッシュメモリモデルもすぐに容量が大きくなったのだが、そう考えると年内とはいわないが、来年にはさらにサイズが大きくなるかもしれない。256GBとはいわないが、128GBあれば、音楽用に100GBは使えるから当面困らないはずだ。

そう考えると、ここは「待ち」なのだが・・・でも欲しいんだな~。

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2007年10月10日 (水)

Rollyを買ってしまった

Rollyを買ってしまった・・・のだが、昨日はとりあえず充電とソフトのインストールで力尽きたため、まだ踊らせて(笑)はいない。

購入の動機は、お台場のソニースタイルで実際に踊っている姿を見て欲しくなってしまったからだ。ビックカメラの店頭などで見たときにはまったく触手が動かなかったのだが、ただディスプレイされているのと、踊っているのとではずいぶんと印象が違う。

こうしたものは、動画ではなくて実際に動いているのを見なければダメなのだろう。AIBOなども実際に目にしたときのインパクトは違ったのだが、やはり現物だからこそ伝わる感動というか、興奮というのがあるのだ。

そういった意味では、過去もっともインパクトが強かったのは、ホンダのASIMOを実際に見たときだ。何かの展示会でたまたま見ることができたのだが、それ以前にもテレビなどで見ていたにもかかわらず、実際の動きにはまさに「目を奪われた」記憶がある。

人にとって、こうした未知のものは、情報として知っているような気になっていても、実際に見るとかなり印象が違うのだろう。脳の処理の問題ということかもしれないが、こればかりはどんなにメディアが発達しても越えられない壁なのかもしれない。

そんなわけで、iPod touchのインターフェースよりもRollyの動きを選んでしまったのであった。ま、実用性があるか、という点で考えると普段がんがん使うようなものではないので、おもちゃといえばおもちゃなのだ。

これは会社に持っていくわけにはいかんよなぁ・・・。

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2007年10月 9日 (火)

第九2007初練習

定期演奏会が終了し、次は年末の第九である。2年に一度のイベントだが、自分が参加するのは6回目だ。思えばずいぶんと長く付き合っている。

第九というのは、つまりベートーベンの交響曲第九番「合唱付き」のことなのだが、この曲は大学一年の時に、初めてのフルオーケストラで演奏した思い出深い曲だ。今のオケで2年に一度のイベントがあるおかげで、演奏回数も格段に多い。大学で1回、今のオケで5回、エキストラで1回の計7回の経験があるわけだが、同じ指揮者でやるのは今回が初めてである。

そもそも、アマチュアオーケストラで、「同じ指揮者」で「同じ曲」を演奏するというのはかなり珍しいだろう。そういった意味では貴重な経験になると思う。

初回の練習は第1楽章と第4楽章。まずは「思い出す」という感じだが、何度か弾いているので久しぶりでもあまり迷わない部分と、何度かさらわなければ思い出せない部分、あいもかわらず弾けない部分というのがある。まずはなんどかさらえば思い出せる箇所を早急に弾けるようにする必要があるだろう。

それと、今回楽譜が新しくなる。これまではブライトコフ版を使っていたのだが、ベーレーンライター版の楽譜を使うことになった。で、何をしなければいけないかというと、まずはボーイングやら、これまでの指示やらを前の楽譜から書き写さなければならない。

また楽譜というのは、慣れてくればちら見で済むのだが、新しい楽譜の場合レイアウト(?)なども違ってくるので、とっさに追いきれない可能性がある。しばらくは注意が必要な部分だ。

それにしても・・・いつものことながら疲れた。この曲は、曲によって絞り出されるエネルギーが半端ではないのだ。このあたりの調整というか、ペース配分というのも大きな課題だったりする。

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2007年10月 5日 (金)

プロジェクトマネジメントセミナー

先週、今週と2回に分けて、プロジェクトマネジメントのセミナーに参加してきた。PMBOKと呼ばれる手法に沿って、演習を交えてのセミナーだったのだが、短時間に一気にやろうとしたためにかなり消化不良の状態になってしまった。

後は実地に勉強していくしかなさそうだが、それでもいくつかなるほどというか、参考になったことがある。
個人的に一番考えさせられたのは、WBS(Work Breakdown Structure)という作業の洗い出しを、プロジェクトメンバー全員でやるというものだ。

これは全体のビジョンを共有し、作業の流れをメンバーが理解することにつながるからだという。個人的にはこういった作業は一人でやるものかと思っていたので、なるほどと考えさせられた。

ただ、ちょっと困ってしまったのは、その次のステップで個々の作業について役割を割り振っていくのだが、そこでこんなことが求められていることだ。

・個々の作業にどんなスキルや経験が必要か洗い出す
・スキル、経験を持った参加メンバーを選び、参加の同意をとりつける

つまり、作業が決まってからメンバーを選べ、というのだ。
これは前のステップで作業を洗い出したプロジェクトメンバーと、実際に作業を行うプロジェクトメンバーは違うと言うことなのだろうか。なんとなく順番が前後しているような気がしてならない。

もちろん、可能であれば最初のメンバーで役割を分担していくのが良いのだろう。ただ、どうしても途中からの参加が必要になった場合、そのメンバーは少なくともWBSの検討には参加していないという壁があることになる。
そういった面をケアしていくのがプロジェクトマネージャーの役割ということになるのだろうが・・・。

さて、それにしても本当に消化不良の状態である。演習といっても実際の仕事には連動していないから、そういった意味ではそれほど参考にならない。手法についてはもらったテキストが(市販されている本だが)あるので、これを参考にしていくとして、正直なところもう少しドライブというか、具体的に学んでいくモチベーションが欲しいところだ。

今が10月として、12月にはスタートできるように計画をしていきたいのだが・・・ほっとくと例年通りほとんどプランのないまま突入してしまいそうなので、何とかしたいところではある。

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2007年10月 4日 (木)

死なすほどの暴力

力士が急死した問題で、時津風親方が相撲協会に「死なせるような暴力はなかった」と主張する上申書を送っているそうだ。
内容はさておき、それは事実というより認識の問題だと思うのだが、「死なせるような暴力ではなかった」という方が恐ろしいと思うのは自分だけだろうか。

「死ぬかもしれないと思った」のであれば、それは仮にリンチではなくても過剰な稽古であったことになり、相撲自体の問題ではなく部屋の指導の問題になる。親方の指導者としての資質は問われるだろうが、それはどっちにしたって同じだ。

やっている側が死なないと思っていた稽古で死んだのだとすれば、それは相撲の稽古の伝統自体が「死ぬリスク」を背負ったものだということの証明になる。ようするに稽古した当人の加減の問題ではないということだからだ。

親方の主張を受け入れるとすれば、加減を知らない子どもの喧嘩(最近は大人も加減を知らないようだが)や適切な指導もできない指導者による無意味なしごきによる事故ではなく、「伝統的に体系づけられた」指導の範囲内での事故ということになるのだ。それはつまり、伝統自体に問題がある、ということにならないか。

余談だが、親方が相撲協会に「解雇」されるという話で、初めて親方という存在が相撲協会のある意味職員であることを知ったのだが、それを知った上司が一言「親方が管理職と考えれば、会社でこんなことが起きたら、社長の責任は重大だね」。確かに、従業員が職場でこのような死に方をしたら、社長の責任問題は免れないだろう・・・普通の企業であれば。
そのあたり、相撲協会の理事達がどのように考えているのかを知りたいところだ。

もっとも、「過労死は自己管理の問題です」というような某経営者に言わせれば、今回の力士の死亡も本人の自己管理の問題ということになるのだろうか。ぜひともその主張で時津風親方を弁護して欲しいものだ。

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2007年10月 3日 (水)

トラベラーズノートか、ほぼ日手帳か

カバーを購入し、(ほぼ)完成型となったトラベラーズノートを使い始めて1週間。ちょっと早い気もするが、ほぼ日手帳と比較してみる。

まず、リフィルに関していえば、1日1ページという同じスタイルで考えるとトラベラーズノートの方が使いやすい。サイズが大きいのでスペースが大きいということもあるし、実は方眼のサイズが5mmで、ほぼ日手帳の4mmよりも一回り大きいのだ。ついつい方眼を気にして書いてしまう自分としては、これが意外な使いやすさにつながっている。

リフィルの他にセットしたジッパーケースやカバーの内側に貼ったポケットはどうかといえば、まったく使っていない。これはほぼ日手帳でも似たような傾向があるのだが、こういった部分を意外と使わないのだ。ただ、トラベラーズノートの場合、A4の紙も挟み込むことができる。これはほぼ日手帳にはない魅力だ。(もっとも多くの場合、A4の紙の携行には超整理手帳を使うため、あまり関係ないといえば関係ない。)

想像以上にネックだったのがペンホルダーがないことだった。ほぼ日手帳はバタフライホルダーに2本のペンをさせるため、2本6色+シャープ2種を持ち歩くのがクセになっていた自分の場合、ペンホルダーがないトラベラーズノートはかなり携行しづらい。とりあえずはリフィルにさしているが、どうにも落ち着かないのだ。
(ペンホルダーも買ってみたのだが、上手く使えなかった。)

手帳というのは、機能もそうだが、スタイルというのもある。携行品というのは特にそうだ。持っていて感覚的にしっくりこないというのはかなりつらい。単独の手帳として見た場合のスタイルは気に入っているのだが、このペンホルダーの問題は意外な障害になるような気がしている。

自分の場合、ペンをポケットなどにさして手帳とは別に携行する習慣がなく、結果として「ペンを持ち歩くために」ほぼ日手帳を手放せない状況に陥っている。(考えてみれば、ペンをきちんと持ち歩くようになったのは、ほぼ日手帳を使うようになってからだ。以前は忘れることもままあった。)

さて、どうしたものだろうか。トラベラーズノートの日記リフィルはもう1ヶ月残っているので、とりあえずはそれを使いながらもう少し工夫をしてみることになるだろう。しかし、1本はともかく2本をリフィルにさして携行するのはちょっとつらい。書くときには残りの1本も抜かないとじゃまになって書けないからだ。

となると、やはりオールインワンの総合力で考えるとほぼ日手帳に軍配が上がるということになるのかもしれない。

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2007年10月 2日 (火)

演奏会終了

定期演奏会が終了し、昨日は(打ち上げのダメージを抜くため)有給をとって休んでいた。

演奏会本番は、事前の心配とは裏腹にそれなりにまとまったというべきだろう。なんというか、相変わらず直前の追い込みの強さを見たような気がするが、コンサートマスターが「冷静さを失わなかった」と評したように、どこかで音楽にのめり込みきれない状態が、逆に良かったのかもしれない。

つまり、自分の世界に入ってしまって、伴奏そっちのけでこぶしをきかせるカラオケの世界にはおちいらなかったということだ。個人的には本当に最後まで演奏しきれるのかという不安が、良い形で緊張感となったのだろうと考えている。

ただ、こぶしをきかせたかった演奏者にとっては、あまり気持ちがよい演奏体験ではなかったのかもしれない。全体の流れが分かっておらず、音楽の流れに身を任せきれない不安というのは、何人かから感想として聞くことができた。

厳しいことをいえば、そういった音楽の流れというのは自分自身でまずは勉強していくものなのだろう。ただ、これまでは指揮者が手取り足取り伝えてきていたので、そういった努力はあまりしたことがないのだ。

そういった意味では、今回の客演指揮者とのセッションは良い経験だったと思う。(振り返れば、だが。)

ただ、それを活かしていくには、今後のやり方を変えていかなければ意味がない。手近な所からいえば、まずは曲や作曲者、作曲された背景などについての勉強が必要だし、曲の流れを(自分で)掴むための方法も見つけ出さなくてはならない。(CDを聞けば良いというものでもなさそうだ。)

さらにいえば、パートリーダーとして、パート内にそれができるような雰囲気を作っていかなければならない。

・・・とまぁ、演奏会直後はテンションが上がっているため、そういったことを色々考えるのだが、実際には日々に流されてしまうのが本当のところだ。自分自身のためにも、何とかしなければ、とは思うのだが・・・。

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