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2007年10月 4日 (木)

死なすほどの暴力

力士が急死した問題で、時津風親方が相撲協会に「死なせるような暴力はなかった」と主張する上申書を送っているそうだ。
内容はさておき、それは事実というより認識の問題だと思うのだが、「死なせるような暴力ではなかった」という方が恐ろしいと思うのは自分だけだろうか。

「死ぬかもしれないと思った」のであれば、それは仮にリンチではなくても過剰な稽古であったことになり、相撲自体の問題ではなく部屋の指導の問題になる。親方の指導者としての資質は問われるだろうが、それはどっちにしたって同じだ。

やっている側が死なないと思っていた稽古で死んだのだとすれば、それは相撲の稽古の伝統自体が「死ぬリスク」を背負ったものだということの証明になる。ようするに稽古した当人の加減の問題ではないということだからだ。

親方の主張を受け入れるとすれば、加減を知らない子どもの喧嘩(最近は大人も加減を知らないようだが)や適切な指導もできない指導者による無意味なしごきによる事故ではなく、「伝統的に体系づけられた」指導の範囲内での事故ということになるのだ。それはつまり、伝統自体に問題がある、ということにならないか。

余談だが、親方が相撲協会に「解雇」されるという話で、初めて親方という存在が相撲協会のある意味職員であることを知ったのだが、それを知った上司が一言「親方が管理職と考えれば、会社でこんなことが起きたら、社長の責任は重大だね」。確かに、従業員が職場でこのような死に方をしたら、社長の責任問題は免れないだろう・・・普通の企業であれば。
そのあたり、相撲協会の理事達がどのように考えているのかを知りたいところだ。

もっとも、「過労死は自己管理の問題です」というような某経営者に言わせれば、今回の力士の死亡も本人の自己管理の問題ということになるのだろうか。ぜひともその主張で時津風親方を弁護して欲しいものだ。

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