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2007年11月29日 (木)

賞味期限を鑑査する

まだ使えるお札をより分ける作業を「鑑査」というのだそうだ。昨日の毎日新聞の「余録」で紹介されていた。元々の意味は美術品の価値や優劣を審査することだという。

食品についても同じような発想の仕組みはできないだろうか。期限が過ぎていても、まだ食べられるものをより分ける。きちんと保証できる部分と、あくまで自己責任に移行する部分みたいな線引きがさらにあっても良いような気がするが、そういったものをあいまいにするのではなく、はっきりと仕組み化するのだ。

賞味期限の問題は、それを可変的に運用する手段がないことだ。可変的に運用するルールがないから、可変的に運用しようとすると偽装をするしかない。昨日も書いたとおり、食品に限らずモノの状態というのは置かれた環境によっても大きく変わってくる。そこを柔軟に対応するルールがあれば、状況は変わってくるのではないか。

多くの場合、賞味期限というのは「美味しく食べることができる期間」にさらに保存環境による違いというマージンを見て設定されている。そのため「安全に食べることができる期間」というのはずっと長いことが多い。つまり賞味期限は実は「安全」のデッドラインではないのだが、実際には安全のデッドラインとして使われてしまっているのだ。

この安全のデッドラインを、改めて設定し直す仕組みはできないか。できれば、製造段階ではなく、保存状態などを鑑みながら改めて設定できる方が良い。線引きは難しいのだが、そこに製造者ではなく販売者としての「目利き」の要素を入れることで、逆にそれを強みにすることはできないだろうか。

製造者は「美味しい状態」で食べて欲しいから、賞味期限までを責任範囲とする考え方で間違っていない。しかし、流通販売の現場では、そこに価格とのバランスを持ち込むことができる。商品の状態にあわせた価格設定を行い、自らの目利きで品質を「保証」する制度を鑑査として入れることができれば、賞味期限はデッドラインではなく、参考値として活用できるようになる。

そういう二重化を行う行うことはできないだろうか。

日本の食における最大の問題は、安全とか偽装とかいう話ではない、と思う。まだ食べられる食品を、捨ててしまうこと。この食品廃棄の問題こそ、陰に隠れて見えないだけに、大きくて深刻な最大の問題なのだ。本当はその解決を図るために、どう賞味期限などの表示を「生かしていくか」を考えなければいけないと思うのだが・・・。

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