« 人間ドックとレーシックの適応検査 | トップページ | こうもりのような自分 »

2008年1月25日 (金)

インタープリテーションの必要性

昨日は東芝環境公開講座に参加した。講師はフリージャーナリストの池上彰氏、ファシリテーターはキープ協会の川嶋直氏。テーマは「とうもろこしは食料か燃料か-絵年ルぎー問題の新たな課題」というものだ。

内容については環境gooで後日公開されるものを待つとして、個人的に印象に残ったのはテーマとはあまり関係ない所だったりする。

一つ目は池上氏が言われていたメディアリテラシーの話。
健全な懐疑心を持てとのことだったが、何でも疑ってしまうと「いやな人になってしまうので」というのがおもしろかった。

メディアの発信する情報で注意をしなければいけないのは、ポジショントークと呼ばれる「その人の立場から来る」発言で、そういった立場とセットで発言内容を考えた方が良いというのも考えさせられた。これは逆の場合にもあてはまるからだ。自分の発言は、どんなに個人的な意見と思っていても、立場とセットになっている可能性があるということになる。

二つ目はやはり池上氏が言われていた「理解することと説明することの間には暗くて深い川がある」という話。
確かに、自分が理解したと思ったことでも、いざとなると説明できないことは多い。

そういった川を越えるには、専門書などを読んで勉強する際に、それを小学生ぐらいに説明するにはどうしたらよいかということを常に考えながら読むと良いそうだ。そうしたことを繰り返すことによって、説明ができるような知識として身につくのだという。週刊こどもニュースのキャスターを務めていただけに、この発言には説得力があった。

三つ目は川嶋氏が自分の仕事について説明したときに言われていた「インタープリター」の話だ。
インタープリターというのは自然と人との橋渡し役と言われ、木や鳥と言った自然の話をレクチャーするのではなく、そういった自然と自分たちがどう関わっているのか、その関係性を伝え、考えるきっかけを作るのが役目なのだという。

環境教育については、自然と人との関係を考える「関係教育」だと言う人もいるそうだが、自然と人だけでなく、例えば企業と社会の間にも、そういったインタープリターが必要なのではないかと考えさせられた。CSRのような概念が誕生したことで、両者の立場や関係は成り立ちつつあるが、まだその関係を「つなぐ」人はあまりいないのではないかという気がする。

おそらく、今の自分の仕事に求められているのが、こうしたインタープリケーションなのだろう。エンゲージメントの前にコミュニケーション、そのコミュニケーションの前に、実はインタープリケーションという段階があるのかもしれない。

|

« 人間ドックとレーシックの適応検査 | トップページ | こうもりのような自分 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/17825961

この記事へのトラックバック一覧です: インタープリテーションの必要性:

« 人間ドックとレーシックの適応検査 | トップページ | こうもりのような自分 »