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2008年1月31日 (木)

温暖化は人の成せる業か

ああ、もう1月が終わってしまう・・・。

それはさておき、こんなことを書くと人格を疑われるというか、視点としてシニカルすぎる気もするのだが、昨日あるレポートを読んでいて考えてしまったことがある。

国連の中位予測によると、2050年に地球人口は約90億人に達するという。
これは、温暖化対策に成功した結果だろうか。それとも失敗した結果だろうか。そしてこの人口の地球にとっての意味は何だろうか。

原典にあたっていないので勝手な想像だが、仮に温暖化対策に成功し、順当に増えた場合が90億人と考えよう。その場合、順当に増えた90億人という人口を地球は支えられるのだろうか。さらに、この増えゆく人口が、温暖化対策における足かせになってしまうという可能性はないのだろうか。

一方温暖化対策に失敗し、危機的な気候変動により壊滅的なダメージを受けた場合、人類はどの程度減るだろうか。例えば激減して20億人ぐらいになった場合、それは温暖化に対してどんな影響を与えるだろうか。「汚染源」である人類が減った場合、温暖化の進行は緩やかになる可能性はあるのだろうか。

そんな不穏な想像をしてしまった。

現在の温暖化に対する考え方は、温暖化を引き起こしたのは人類であり、その人類の責任と力において温暖化を食い止めなければならないというものといえるだろう。

仮にそうではなく、ウイルスに感染した人体が体温を上げてその死滅をはかるような(その際には当然人体もダメージを受ける)、増えすぎる人口の増加にストップをかけるための地球の抗体反応のようなものだとしたら、どうなのだろうか。

もちろんそうだとしても、ウイルスである人類になすがままに死んでいく義理などはないので、抵抗するのは自由だし当然なのだが。

そういえば、以前「マスターキートン」に、宿主が仮死状態になると一旦活動を中止して少しでも宿主を生きながらえさせようとする悪魔のような狂犬病ウイルス(仮死状態から復活すると再び活動を開始するので、結局宿主は助からないのだが)の話があったな・・・。

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