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2008年1月22日 (火)

温暖化対策は誰のためなのか

映画「アース」を見たので、ちょっと思ったことなどを。

野生動物の営みや大自然の姿を伝えるドキュメンタリーとして見るのであればおもしろいと思うのだが、やはりというか、流行というか、温暖化に絡めたメッセージがあるのが気になってしまった。こうやって言葉で語られるたびに、むしろ反発を覚えてしまうのは自分が天の邪鬼だからだろうか。

そんなことを「言われなくなって」、氷という足場を探して北極海を泳ぎ回るホッキョクグマの映像を丹念に拾えば、どういうことかは分かる。乾期に追われ、水場にたどり着けなかったゾウの死体や、餌を失い餓死した動物たちの映像が映し出されれば、メッセージは明らかだろう。

しかし、それをせずに(そういった「ショッキングな」映像は出てこない)言葉で温暖化を語る。ナレーター(見たのは日本語吹き替え版)の渡辺謙さんには申し訳ないが、語られる言葉が空々しく感じられて仕方がない。もっと、観た人間のトラウマになるような生々しい映像があっても良かったのではないか。
もっとも、そうなると子どもには見せられないだろうが・・・。

そもそも、温暖化を語るのに、自然を使うというのが気に入らない。温暖化対策を自然環境保護に結びつけるのは人間のおごりではないのか。地球全体の歴史で言えば、現代より高温の時代はあったし、大絶滅につながるような急激な環境変化もあった。地球環境のそういった激変に耐えながら、変化をすることで生物は生き延びてきたのだ。

今回の気候変動は、きっかけが人間なだけで、結果は同じだ。ただ、他の動植物はそうした変化に自らを進化させることで生き延びる術を探すが、人類は自分たちは変わらずに環境を維持しようとする。それが「温暖化対策」だろう。温暖化対策は、人類が生き延びるための人類なりの都合(戦略)に他ならない。

それが悪いわけではない。種としての進化の能力を失ってしまった(かはわからないが、自分自身よりも環境に働きかけることを選んだ人類は、多分他の種よりはそうした進化の力は脆弱だろう)人類が生き残るには、環境にあわせるのではなく、環境を変えないしか方法がないからだ。

北極の氷がなくなれば、ホッキョクグマは死ぬ。だがそのかわりに別の覇者が北極に君臨するだろう。それが自然のサイクルだ。

人類が地球の覇者たる立場を維持したければ、自分たちが生き延びられる環境を維持するしかない。我々が守りたいのは、人類が覇者たる地球であって、覇者の立場を追われた地球ではないのだ。

(話がずれてしまった・・・。)

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