« 手持ちのリソースでできることを考える | トップページ | 鞄を替えてみた »

2008年5月 1日 (木)

それはモラルの問題なのか

昨日の読売新聞に、公立高校の授業料の滞納が増えているという記事があった。

高校授業料滞納6億円 進むモラル低下 都道府県立、増加傾向
(読売新聞 5/1)

YOMIURI ONLINEの記事によると、全国の都道府県立高校の授業料の滞納は2007年3月末時点で約5億8952万円(ずいぶん具体的な数字だが)になるそうだ。「保護者の経済的な理由」が6割だが、「納入意識が低いなどのモラル低下」が4割で、滞納額の急増の原因としてこのモラル低下を指摘する声もあるらしい。

これは本当に「モラルの低下」という言葉で片付けた方が良いのだろうか。なんだか少し気になる。何もその人の「払いたくない」という意思をわざわざ尊重してあげる必要はなく、まとめて「経済的理由」としてしまっても良いのではないか。

大体、漫画やドラマなどで良くあるのは「内実は火の車だけど見栄を張って、払えないのではなく払わないふりをする」というパターンだ。実態はどうあれ、払っていない事実は、すべて「払えない」と定義して対処はできないのだろうか。

何故このようなことを考えるかというと、こうした「払わない」人たちが、自らの価値観に基づいて払っていないのだとすれば、その価値観と議論してもはじまらないからだ。むしろこうした人たちは、「払えない」と決めつけられる方が耐えられないのではないだろうか。「払えるけれども自分の意思で払わない」というのが、いわば彼らの「美学」だとすれば、「あの人はそもそも払えない」と周囲から見られることには耐えられないだろう。

だから「払えない」「払わない」というその家庭の事情を斟酌する必要はなく、ただ「払っていない」という事実だけを問題にして、払っていない家庭に対しては奨学金や生活保護といった「経済的支援」をどんどん進めた方が良いのではないかという気がする。恐らく「自ら払わない」などという考えの持ち主には、そうした対応をする方がショックが大きいはずだ。

もちろん、そうしたことをすれば、それに乗じて社会に自らの意思で「ぶら下がる」人が増える、という意見もあるかも知れない。しかし、そうした人たちは恐らくすでにぶら下がっているのではないだろうか。問題は、実際はぶら下がっている(滞納ということはそういうことだ)にもかかわらず、その実感がなく、自分の価値観に酔っている人たちに、冷や水を浴びせてその実感を持たせることにある。

モラルというのは、響きはよいのだが、解決不能な綺麗事のようなニュアンスもある。モラル向上を叫んで何もできないよりも、経済的理由と決めつけて粛々と対応を進める方が、現実的な対応のような気がする。

|

« 手持ちのリソースでできることを考える | トップページ | 鞄を替えてみた »

コメント

僕もこの記事で、同じようなことを感じました。
モラルとか、理由を調べることが目的ではなく、支払ってもらうことがゴールで、本当に支払えない人をどうするか、ということなのだと思うんですよね。
確か同じ記事で、年間何百人(だったかな?)という単位で、退学にさせている、ということもあったと記憶しています。
これも、適切な処置といえるんでしょうかね。本当は、扱いづらい生徒を排除する、言い訳になっていたりしないんでしょうか。

投稿: ooki | 2008年5月 1日 (木) 08時21分

そうですね。
本来対策を考えなくてはいけないのは、「経済的理由」で勉強を続けられない子どもをどのようにフォローしていくか、という点だと思うのです。モラルを問題にする前に、そういった子たちが満足行く環境が整えられているのかが気になります。
ただ厳しいようですが、自分の都合(実際には親の都合なので、本人にとっては微妙ですが)で払わないのであれば、退学をしてもらった方が、本当に勉強したい子どもたちにとっては良いのではないかとも思います。(もちろん中学校以下であれば話は別です。)

投稿: ProjectK | 2008年5月 1日 (木) 12時40分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/41052377

この記事へのトラックバック一覧です: それはモラルの問題なのか:

« 手持ちのリソースでできることを考える | トップページ | 鞄を替えてみた »