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2008年9月30日 (火)

メールでブログを書いていると

HT1100でブログを書くようになって一つ気になっていることに、パソコンに向かう時間が減って、他のサイトなどを見る機会が減ったというのがある。

ブログに寄せられたコメントに返信がなかなかできなかったり、mixiへのアクセスの回数が減ったり(日記の投稿をしなくなったり)など、いろいろと環境が変わってきているのだが、何が気になるかというと、インプットがどんどん減ってしまうということだ。

ブログのネタがない・・・というよりも、ネット上でのコミュニケーションがおろそかになる、という感じだろうか。ブログのネタは新聞やテレビをチェックしていればある程度拾うこともできるが、双方向のやり取りといったことは、なかなかメールでブログを送信しているだけでは難しい。

もともと自分のブログは単なる個人的呟きではあるのだが、それでも他のサイトや日記などを見ることで自分の中ではある程度バランスをとってきたつもりなのだが、それが自閉症モードにシフトしつつあるような危機感を感じるのだ。(おおげさだが・・・。)

会社ではセキュリティの都合でブログなどへの書き込みができなくなってしまったため、コメントなどはどうしても自宅のパソコンを使う必要がある。持ち歩いていれば、ちょこちょことチェックできるのだが、どうも家に帰るとそうした気持ちが萎えてしまうらしく、なかなか開かない日々が続いている。

もっとも、先週は休みだったので、「休みの日は極力アクセスしないモード」がまだ気分的に続いているだけかも知れないが(笑)

いずれにしても、これまで毎朝巡回していたサイトなどを見なくなるだけで、ずいぶんと生活リズムが変わったように感じるものだ。

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2008年9月29日 (月)

ケータイは高いのか

先週はちょっと遅い夏休みで更新を休んでいたので、少し前のネタなのだが・・・。

電車内の吊広告で見ただけなのだが、こんな見出しを見て少し考えてしまった。

通信2強の欺瞞ケータイは高すぎる!
(WEDGE10月号車内吊広告)

高いと思うのであれば使わなければ良いと思うのだが、その気もないのに高いと値下げを要求するのは、消費という行為を通じて企業に相対する消費者の態度としてどうなのだろうか。

もちろん駆け引きとしての値下げ交渉は当然の権利だとは思うのだが、そこに社会責任的な要素が混じってくるのは、微妙に嫌なにおいを感じてしまう。

結局使うくせに・・・と思ってしまうのだ。
(使わない理由として「高い」というのは分かる理屈なのだが、使っているのに「高い」というのは、では何故使っているのか、という気がするのだ。もちろん使わざるを得ないライフラインに直結するようなものは別だが、ケータイがそうだとはちょっと思えない。)


少し違うかもしれないが、こうした見方というのは、「価格に見あったサービスを求める」という意識を持っているのか、「サービスに見あった対価を支払う」という意識を持っているのか、で変わってくるのではないかという気がしている。

前者は価格を軸にした評価で、後者はサービスを軸にした評価だ。

価格を軸にしている場合、同じ価格でより良いサービスを受けられるというのは、相手にとって自分のプライオリティが高く、特別に扱われているということになる。一方でサービスが悪いと感じる時には、自分自身がそう評価されているという意識につながってくるだろう。

価格が一律で、サービスが変化する、という考え方だからだ。

一方、サービスを軸にした場合、そのサービスを自分がどう評価するかが問題になり、ドライなようだが、サービスが悪ければ自分が評価しないだけ、という心の持ちようにつながるのではないか。逆に自分が満足した時に、対価をけちったら、自分自身がいやしいように感じてしまうかもしれない。

サービスが一律で、価格が(評価により)変わってくるという場合に、「高い」「安い」といった評価は出てこないのではないか。


現実には価格を変えられるわけではなく、指定された価格に対して「高い」「安い」と感じてしまうのは仕方のないことではあるのだが、それでもそのサービスを「受け取らない」という選択はあるのだから、そういった「買わない」選択をしっかりすることの方が、さも社会正義であるかのように「高い」と批判するよりも必要なことなのではないか・・・という気がする。

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2008年9月22日 (月)

今日2度目の投稿

普段はしないのだが今日は2本目の投稿をしてみる。

今日はちょっと思い立って、帰りに府中市の中央図書館に寄ってみた。少し駅から離れたところにあるのでこれまで躊躇していたのだが、実際に歩いてみると10分程度で駅構内の移動を含めても15分はかからなかった。

8時に会社を出ても、1時間程度は十分本を読むことができる。
しかも、図書館にある本を読めば、普段持ち歩く必要もなくなるのだ・・・まぁ今日のように既に購入してしまった本は仕方がないのだけれど。

さらに言えば、視聴覚関係のライブラリも充実しているので、音楽の勉強なども可能と言うことになる・・・まぁ音楽については勉強よりも楽しみで聴きたいものだが。

10時までゆっくり本を読み、そのあとどこかでアウトプットが出来れば最高だ・・・ということで、駅の近くのスターバックスに入ったのだが、ここは10時30分までということで、少し早めに図書館を出た今日は良いが、ぎりぎりまで居ると少し時間がない。できれば11時まで居られる店があるとよいのだが、まぁ実際にはマックも近くにはあるので、選ばれなければどうにでもなることになる。

週に2日は楽器の練習、週に2日は図書館で読書ができれば、結構充実した毎日なるかもしれない。もっとも、そのためにはそれなりに早く会社を終えなければいけないので、仕事の管理もきちんとしなければならないが・・・。

というわけで、なんだか楽しみになったので、2回目の投稿をしてしまいましたとさ。
(HT1100を使っているのだが、かなり手慣れてきたので、パソコンを持ち歩く必要もなくなりそうだ。かなり鞄も軽くなりそうだ。)

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立て続けの演奏会本番

この週末は楽器に追われる2日間だった。

土曜日は昼から夕方にかけて地域の中学校で演奏会。といっても会場が中学校なだけで中学生向けというわけではなく、主催は青少年対策協議会だかで、中学校・小学校を中心とした地域コミュニティおけるコンサートといえばよいだろうか。

曲目は夏にやったファミリーコンサートとほぼ同じで、ピアノ協奏曲がないかわりに、アンダーソンの曲を数曲加えたプログラム。ただ、土曜日ということもあって同じメンバーがそろわず、同じプログラムのわりには経験を生かせなかったという感じだろうか。
こうしたコンサートの機会はPRとしても貴重だとは思うのだが(実際チラシなどはけっこうはけたらしい)スケジュールの調整などは難しかったりする。

日曜日の午前中は通常の練習。ここしばらく土曜の演奏会に向けた練習が続いていたのだが、久しぶりに定期演奏会に向けた練習をする。コンサートマスターによる分奏だが、とにかくどんどん弾かせることを重視するので、かなり疲れる。ただでさえチャイコフスキーの交響曲はエネルギーを要求されるのだ。(今回は5番)

さらに加えて、午後は市の芸術文化祭の開会式(秋の定期演奏会はこの芸術文化祭への参加行事の一つとして行っている)で、参加団体によるアトラクションとして1曲演奏する。7分程度の短いものだが、弦楽四重奏のため精神的にもかなり疲れた。

当初はオケでの演奏依頼だったのだが、とにかく練習の余裕がないということで、パートリーダーによる弦楽四重奏(ドボルザークのアメリカの第4楽章)になったのだが、それもほとんど時間がなくて、先週1回あわせたきりだったりする。

とりあえず破綻もなくなんとか終了したのだが、やはりかなり疲れていたらしく、家に帰ったらそのまま寝てしまった・・・。

とはいえ、慌ただしい週末ではあったが、それなりに充実していた気もする。もう少し練習して楽しめるようになると、弦楽四重奏もいいなぁ(普段はほとんどやらないので)などと思ったのだった。

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2008年9月19日 (金)

今日もht1100から

ブログの更新を試みてみる。

キーボードでの入力については問題はなさそうだが、ユーティリティをインストールしていないので、まだ英語版のキーボードとして認識されてしまっているようだ。

これは早急に対応したいが、まずはURLが記載されているマニュアルを引っ張り出してこなければならない。
ちなみに記号とか、日本語と英語の切り替えが面倒だったりする。

メールの入力画面(ブログのエントリーはメールとして作成)は、文字が大きめなので、画面のサイズが小さくても文字はキーボード越しでもそこそこ見やすい。
変換候補の表示などうっとおしいところもあるが、その辺りは慣れと割りきれるだろう。

後は、パソコンを持ち歩くのをやめるかどうか。これは結構悩ましい。鞄は確実に軽くなるのだが、さてどうしようか。

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2008年9月18日 (木)

HT1100でブログ更新

HT1100でブログを書くと考えた場合、どれぐらい書けるだろうか。
とりあえずメールで投稿できるようにして、実際に投稿してみることにする。

一応キーボードでの入力はできるけれどもさてどうだろう。これが以外と面倒だったりするのだ。
特にキーボードをペアリングで認識させるまでが面倒で、おまけにそのままでは通信ができないのだ。
もっとも、いずれにしても、ブログに対するエントリーは直接はできずにメールを使わなければならないのであまり不便はないのかも。
議事録とかを作るぐらいであれば、時々のことなので問題なさそうだが、この変換候補表示、キーボードから入力する場合は目障りなので、どう見やすくするかだね。
さて、どんな感じの投稿になるでしょうか。

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2008年9月17日 (水)

「信頼できない」のか「信頼しない」のか

昨日に引き続き、アカデミーヒルズの緊急シンポジウム「自民党総裁選を斬る~空気読めない候補者は去れ~」からの話なのだが、「国民の政治不信が言われているが、それ以上に政治の国民不信という状況が問題」という指摘があって、実は企業と消費者との関係というのも似たようなものかもしれないなどと思ってしまった。

政治の国民不信というのは、国民を信じていないからまっとうな情報公開がされず、国民自身には判断ができないと言わんばかりの過剰な規制が生まれるという趣旨の指摘だと思うのだが、企業の情報開示が進まない理由というのも、実は消費者に対する不信があるのではないか。

「(消費者に)信頼して欲しいけれども、(消費者を)信頼していない」という構図だ。

もっとも、こうした事態に陥ってしまうのは、そもそも国民や消費者の側に問題があるかもしれない、ということは考えておく必要がある。

我々が政治や企業を「信頼できない」と口にするとき、その「できない」という言葉には相手側に問題があるというニュアンスが含まれている。このように信頼が相手によって決まる構造があるのだとすれば、政治や企業が国民や消費者を信頼「できない」原因は、当然国民や消費者側にあることになるのではないか。

こんな書き方をしていると、企業側の理屈ばかりを並び立てているように自分でも感じてしまうのだが、それはさておき、信頼というのは「できる」「できない」という相手に依存した捉え方ではなく、「する」「しない」という自己の判断に基づく捉え方をする必要があるのではないかと考えている。これは国や企業であっても同様だ。

信頼の基準を相手に置いていては、いつまでたっても問題が発生した際には「裏切られた」になってしまい、相手を非難することしかできない。しかし、自分の判断に置いていれば、なぜ判断を誤ってしまったのか、という視点で自分の信頼の判断基準を再構築することができるだろう。

「信じられない」のか「信じない」のか。「信じられない」というのは気が楽だが、あえて「信じない」と口にしてその根拠を考える厳しさも必要なのではないか、という気がする。

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2008年9月16日 (火)

緊急シンポジウム「自民党総裁選を斬る」

昨日はアカデミーヒルズで行われた緊急シンポジウム「自民党総裁選を斬る~空気読めない候補者は去れ~」を聴きに行ってきた。竹中平蔵氏をはじめとする豪華メンバーによるディスカッションは聴き応えがあったが、そこで話されていた各候補のマニフェストについてなど、自分の予習不足も痛感してしまった。

振り返ってみると、セミナーなどに行く際に、そこで話し合われるテーマについて予習するなんてことは考えたことがない。しかし、セミナーでしっかり何かを得ようとするのであれば、多少なりとも予備知識や自分なりの考えを携えていくというのは必要なことだろう。今回の件でいえば、ただ受け身で聞きに行っただけだった、というのは否めない。

それはさておき、それでも内容は結構刺激的だった。自分なりの意見を持たないで行ったので「刺激的だった」としか評価できないともいえるが、印象に残ったことを一つあげるとすれば、既得権益にしがみつく官僚への批判だろうか。特に、平成に入ってから法律や規制が次々とできていて、その多くが「○○監視機構」といった形で官僚の天下り先の設立につながっている、なんて話はなるほどと思ってしまった。

ただ一方で、これらの批判が「権益を守る」「利権を生む」という話のベースで進められていては、結局変えられないのではないかと思ってしまったのも確かだ。確かにそうした利権にしがみつく構造というのはあるかもしれないが、自分はそこまで悲観はしていなくて、一方では強い使命感がゆがんで暴走してしまっているという側面もあるのではないかと思うからだ。

そして、多くの場合、変えるのが難しいのはそうした使命感を持つ人たちこそだろう。意外とそうした「価値観」をどう崩すかということを構造的に論じることが必要な気がしなくもない。官僚による過剰な規制を、彼らの利権をベースに論じるか、社会的な価値観をベースに論じるかではかなり意味合いが違ってくる。

そういった意味では、官僚を批判する際に、彼らのモラルや欲に結びつけて論じるのは、それはそれでステレオタイプなのではないか、と思わなくもない。

もっとも、彼らパネリストは直接的に官僚とやりとりもしたことのある人たちであり、自分はそういった経験はないから、やはり彼らの言う実感通りである可能性もあるのだが・・・。

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2008年9月12日 (金)

うるさいよおまえたち

最近使っているプロントで、今朝お店と客で一悶着あった。

客が以前に比べてモーニングのパンが小さく、サラダが少ないと店員に食ってかかり、対応する店員の態度が悪いとたしなめたのだ。

やかましい、と思う。

もちろん、客の主張はそれなりに正しいものだろう。個人的には自分が使い始めてから量は変わっていないと思うので、それ以前と比較してということだろうが、少なくとも端から見ていて店員の態度があまり真摯でなかったのは確かだ。

でも、やかましいし、不快だ。

お店の雰囲気というのは、お店だけでなく客にも「責任」がある。コンサートを作り上げるのが、演奏者と聴衆であるように、どちらかだけでは成立せず、どちらかだけに一方的に責任がある訳でもない。

苦情を言うなというわけではないのだ。ようはその伝え方であり、周囲の人間を不快にさせるようなやり方は、仮にそれが正当なものだとしても不愉快としか言いようがない。それは客としての責任を果たしているとはいえないのではないか。

お客だから何をしても許されるわけではなく、お店だから何でも責任を負わなければいけないわけでもない。原因は店側にあるにせよ、少なくとも店の雰囲気を乱し、自分が不快になった責任がこの客にないとはどうしても思えないのだ。

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2008年9月11日 (木)

信じるというのはどういうことか

国民栄養調査によると、日本人のエネルギー摂取量は近年低下する一方で、2006年にはなんと戦争直後の1946年の摂取カロリーを下回ってしまったそうだ。

これについては、高齢化により「口が小さくなる」ことによってカロリーの摂取が減っているという話もあるそうだが、年齢別に見ると高齢層のカロリー摂取量は減っておらず、むしろ若年層での摂取量の低下が著しいらしい。

最近導入されたメタボリック対策に至っては、欧米諸国のような心疾患での死亡率が高い国では意味があるらしいが、ガンによる死亡率が高い日本ではむしろ低BMI(つまりやせすぎ)によるリスクの方が高いため、あまり効果がないそうだ。

・・・という話を読んだのだが、どうも実感が伴わない気がしなくもない。ただ、両極化が進んでいて、もっと個別に見ていかないと、統計的なデータ分析だけではダメなのではないか、という気もする。

で、本題だが、自分のブログにこうした情報が書かれていたとして、どれだけの人が「信じて」くれるだろうか。意図的にそれらしい話をでっち上げているかもしれないし、そうではなくても出典がいい加減かもしれない。仮に信じるとしたら、その根拠は何だろうか。

最近、温暖化に対するアンチ的な書籍を見かけるようになり、これらを読んだこれまで温暖化を信じてきた人たちはどう感じるのだろうか、などということが気になっている。我々はどんな根拠で何を「信頼」しているのだろうか。

何かを「信頼する」って、どういうことなんでしょうね。

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2008年9月10日 (水)

消費者の責任

先日「CSR ブログ」で検索をした時に、「CSRブログ CSR戦略の方程式」というブログを見つけたので、興味深く読んでいたのだが、その中に「業界の常識はCSRの非常識-パソコンは欠陥商品」というエントリーがあって、ちょっと考えてしまった。

おおざっぱにまとめると、故障内容により依頼先が異なり、ワンストップ修理ができないパソコンは、常識はずれの欠陥商品だ、という内容で、いかにもアメリカ的であり、日本人のものづくりの精神からすると絶対あり得ない商品だ、ということらしい。(少々過激な物言いのところだけ抽出しているので、気になる方は原文を読んでください。)

そうなんだろうか。

パソコン、というものに対する考え方の違いかもしれないが、パソコンについてワンストップでアフターサービスをする、というのは、企業の差別化戦略としてのサービスとしてはあり得ても、CSRのような「企業の責任」という考え方ではくくれないような気がする。

というのは、パソコンというのは、メーカーが作ったものをお仕着せで使うのではなく、使い手(ユーザーという言葉は使いたくない)が、自分の用途に合わせて組み上げるツールだからだ。パソコンというのものを最終的に完成させているのは、本体も含めたパーツを提供するメーカーではなく、使い手自身であって、その完成品に対して責任を持つのは、使い手自身というのが、ものづくりのあり方ではないだろうか。

少し気になってしまうのは、そもそもそういった場合に企業が何でも手取り足取りサービスすることが、本当に消費者や社会のためになっているだろうか、ということだ。少し前の時代なら、自動車でも家電でも、消費者は少々の故障は自分で直し、自らの責任で使っていたはずだ。

企業の提供する製品が高度化し、素人には簡単に手が出せなくなった、という状況はあるのだろう。では本当にそのサービスにすっかり身をゆだねてしまって、ちょっとでも不足を感じると「非常識だ」と騒ぐことが、本当に消費者自身のためになっているだろうか。そういった意味では、パソコンの世界はまだそこまでブラックボックス化が進んでいない、ということもできる。

消費者は、企業に要求をしているようで、実は自らの能力をどんどん衰退させていってしまっているのではないだろうか。

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2008年9月 9日 (火)

三味線ライブ

日曜日に、岩手の父の家で三味線のコンサートがあった。例年オーケストラの合宿と重なったり、お盆の真っ最中だったりで、行けないでいたのだが、今年はたまたま行けそうだったため、それではと午前中の練習が終わった後に行ってきた。

もっとも、その日に変えるのは少々厳しいため、さすがに翌日は休みを取ったが・・・。

コンサートは6年前から行われているもので、3年前に一度聴いたことがある。そのとき以来、また聴きたい聴きたいとは考えていたのだが、久しぶりに行ってみるとずいぶんと様変わりをしていた。

以前は道場(父の家には神楽道場がある)でやっていたのだが、今回行ってみると、その道場から臨む形で庭にステージが作られていた。音響機材もしっかりと設置され、手作り感(というか、内輪感)の漂っていた以前に比べると、ちゃんとしたコンサートになっている。今回は昼夜の二部公演で、あわせると100名ぐらいは来場したそうだが、昨年は1回の公演で150人ぐらい集まったそうだ。

うーむ、ライブイベント化している。

もちろん、以前もイベントには違いなかったのだが、どちらかというと知り合い同士の発表会にプロ(三味線を弾いてくださるのは知り合いのプロの演奏者)を呼んでいたという雰囲気だったのだが、完全にその方のコンサートの形になっていた。

なんというか、あらためて父のパワーを感じてしまった週末だった。

さておき、三味線の演奏はすばらしいもので、今回は和楽器奏者のゲストも加わってのプログラムだったのだが、CDやテレビでは伝わらない迫力にあらためていいなぁなどと感じてしまった。そのときに購入したCDを聴きながら帰ったのだが、やはり違うような気がする。(実際、即興演奏が多いため違うそうだが。)

演奏中の彼らはとても楽しそうだったのだが、こうしたライブを(演奏側として)もっと楽しめるようになるとよいのかもしれない。

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2008年9月 5日 (金)

ブログサービスでCSRレポートを作る方法

昨日たまたま「CSR ブログ」で検索をしたら、以前書いた自分のエントリーが意外に上位にあったので、ああまだまだこの分野は開拓の余地があるなぁなどと思ってしまった。

会社のCSRレポートはブログで構成した(もちろんカスタマイズはした)のだが、もともとそういったことを考えたのは、環境的な理由でこうしたレポートが発行できない、などという考えがあるとすれば、それは違うということを示したかったからだ。

実際のところ、多くの大手が発行しているレポートというのは、とても中小企業が手を出せるという感じではなく、それだけで躊躇してしまうのは間違いない。でもそれを言い訳にしてはいけないはずだ。

もちろん、CSRというのは、レポートを発行すればよいというものではないが、レポートの制作を通して見えてくることもあるし、それは必ずしも専任担当者の多大なリソースを必要とするものではない・・・と思いたい。
(現状自分は担当者として多大なリソースをかけているが、それは組織的な役割分担の問題で、制作環境がそうなってしまっているからだ。だが、本来のあり方を考えれば、環境さえある程度整えてしまえば、基本的には個々の業務担当者がそのリソースのほんの一部を使ってできるもののはずだ。)

というわけで(どういうわけだ)「ブログサービスでCSRレポートを作る方法」というブログを立ち上げてみた。

ブログサービスでCSRレポートを作る方法(Yahoo!ブログ版)
ブログサービスでCSRレポートを作る方法(gooブログ版)
ブログサービスでCSRレポートを作る方法(blogger版)

会社のレポートはブログといってもそれなりのカスタマイズをしているが、そんなことは言っていられない企業もあるだろう。では(セキュリティとかそういった話は置いておいて)一般の無料ブログサービスを、許されたカスタマイズだけでCSRレポートに仕立て上げることはできるのか、というのがその趣旨だ。

実際には、「方法」を紹介するというよりも、このブログを使ってCSRレポートサイト(のようなもの)の構築を試みるわけだが、さて、どこまでできるだろうか・・・。

ちなみに3つのブログサービスで同時に立ち上げたわけだが、これは比較のため。
ただ個人的には、blogger版のシンプルさが気に入っていたりする。

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2008年9月 4日 (木)

21日のアメリカの件

○○さん チェロの○○です。

21日に演奏するアメリカ4楽章の件ですが、ぶっつけ本番ということで個人練習を進めていますが、何分私は初めてなので、テンポやボーイングについてはいきなり呼吸を合わせられるか、若干不安があります。

前もって想定しておきたいので、テンポのゆれとボーイングについて教えてください。

<テンポについて>

手元のCDでは楽譜の指示以外では次のところでテンポが動いているようですが、そのように考えておいてよいでしょうか。

  • 練習番号2の2~4小節でゆるみ、5小節で戻る
  • 練習番号3の2~4小節でゆるみ、5小節で戻る
  • 練習番号12の前でゆるみ、練習番号13で戻る

その他注意しておくところがあれば教えてください。

<ボーイングについて>

全部そろえるのは無理ですが、次の箇所だけどうやっているか教えてください。

  • 練習番号7の後にある付点八分音符+十六分音符のパターンは弓を返すのか、送るのか
  • 練習番号8、練習番号9はダウンから開始か、アップから開始か

それから演奏時間についてですが、○○さんに「手持ちのCDでは6分程度でした」と伝えたところ「5~6分より多めの方が良ければ、6~7分、7分、7~8分、8分のどれがよいか、市役所に連絡するので教えて欲しい」と言われました。かなり細かい指定でいかにもお役所的なのですが、何分と伝えればよいでしょうか。

よろしくお願いします。

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2008年9月 2日 (火)

ほぼ日手帳2009発売開始

昨日はほぼ日手帳2009の発売日ということで、ロフトに行ってみる。

ぱらぱらとめくって感じたのは・・・「方眼のマス目が小さい」ということ。これまでの4mmも結構小さく感じていたのだが、今回はさらに小さくなって3.5mmだそうなので、こうなると1マスに文字を入れるのは自分の場合は無理だろう。2×2マスに文字を入れるようなバランスになるだろうか。

もう一つ気になったのは、マス目が小さくなったことによる印象の違いかもしれないが、今日の一言の欄が大きくなったような気がすることだ。別に不要なものとは思わないし、楽しみなものではあるのだが、手帳の機能として考えると自分にとってはなくてもよい欄なので、あまり大きいというのはちょっと困る。「ほんの一言」だから楽しめるのだ。

カバーなどは特に大きな変更はないようで、ネットには様々な種類があるようだが、ロフトにあったのはナイロンカバーと皮カバーのみだった。

細かい使い勝手などは、結局使ってみないと分からないものなので、結論は来年になって使い始めてみないと分からないのだが、印象としてはそんなところで、昨日はとりあえず買わずに帰った。

このところ、カバーを使っていないためか、ネットで本体だけ買えばいいかな、とも思ったのだ。これまでネットで購入したことはないのだが、特典もあるようなので今回はネットで買っておきますかね。

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2008年9月 1日 (月)

合宿終了

オーケストラの合宿が終了。

今回は指揮者の予定が合わなかったため、団内だけの練習となったが、チェロパートは過去最多の参加人数(と言ってもパートの半分だが)が参加し、それなりに練習できた。

それなり、というのは、パート練習をするにしても結局人数がそろっていないとできない部分というのはあるからだ。
参加したメンバーと参加していないメンバーとのばらつきをどうするかというのは、アマチュアの永遠の課題ではある。

今回の反省点としては、もう少し弾けない人のためのフォローができればよかったという点だろうか。これもメンバーごとのばらつきがあるので難しいのだが、フィンガリングなどについてはもう少しフォローができるとよかった。そのあたりは、今回参加していないメンバーも含めて後日の課題だろう。

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