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2008年9月16日 (火)

緊急シンポジウム「自民党総裁選を斬る」

昨日はアカデミーヒルズで行われた緊急シンポジウム「自民党総裁選を斬る~空気読めない候補者は去れ~」を聴きに行ってきた。竹中平蔵氏をはじめとする豪華メンバーによるディスカッションは聴き応えがあったが、そこで話されていた各候補のマニフェストについてなど、自分の予習不足も痛感してしまった。

振り返ってみると、セミナーなどに行く際に、そこで話し合われるテーマについて予習するなんてことは考えたことがない。しかし、セミナーでしっかり何かを得ようとするのであれば、多少なりとも予備知識や自分なりの考えを携えていくというのは必要なことだろう。今回の件でいえば、ただ受け身で聞きに行っただけだった、というのは否めない。

それはさておき、それでも内容は結構刺激的だった。自分なりの意見を持たないで行ったので「刺激的だった」としか評価できないともいえるが、印象に残ったことを一つあげるとすれば、既得権益にしがみつく官僚への批判だろうか。特に、平成に入ってから法律や規制が次々とできていて、その多くが「○○監視機構」といった形で官僚の天下り先の設立につながっている、なんて話はなるほどと思ってしまった。

ただ一方で、これらの批判が「権益を守る」「利権を生む」という話のベースで進められていては、結局変えられないのではないかと思ってしまったのも確かだ。確かにそうした利権にしがみつく構造というのはあるかもしれないが、自分はそこまで悲観はしていなくて、一方では強い使命感がゆがんで暴走してしまっているという側面もあるのではないかと思うからだ。

そして、多くの場合、変えるのが難しいのはそうした使命感を持つ人たちこそだろう。意外とそうした「価値観」をどう崩すかということを構造的に論じることが必要な気がしなくもない。官僚による過剰な規制を、彼らの利権をベースに論じるか、社会的な価値観をベースに論じるかではかなり意味合いが違ってくる。

そういった意味では、官僚を批判する際に、彼らのモラルや欲に結びつけて論じるのは、それはそれでステレオタイプなのではないか、と思わなくもない。

もっとも、彼らパネリストは直接的に官僚とやりとりもしたことのある人たちであり、自分はそういった経験はないから、やはり彼らの言う実感通りである可能性もあるのだが・・・。

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