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2009年1月30日 (金)

HP MiniのダウングレードとLet's noteのHDD交換

一昨日、ちょっと思いついたことがあり、HP MiniにiTunesをインストールしたのですが、その直後に動作がおかしくなってしまいました。

単純な負荷の問題だったのか、一時的にエラーメッセージが出まくっただけで、その後は使えています・・・が、「やはりUMPCに音楽の処理は無理かな」などと思い立ち、昨日はふらふらと渋谷のアップルストアへ。
「やっぱりいいなぁ」と思いつつ、そこはぐっと物欲を押さえて帰ってきたのですが、ふと考えてしまったのは、「WindowsXPならもう少し使えるかも・・・」ということ。

手持ちのHP Miniは上位モデルなので、VistaからXPへのダウングレード権があります。ネットで調べてみると、かなり速度などが向上するみたいです。

個人的にはXPの画面デザインはやぼったいと感じていて、Vistaのデザインが好きなのですが、体感で3倍ほども違う、なんて記事を読んでしまうと、ちょっとVistaにこだわるのが間抜けに見えてきます。

後で戻そうと思えば戻せるということで、とりあえず試してみることにして、HPにダウングレード用のリカバリディスクを注文しました。

もっとも、「OSを変えてもハードは変わらない」ので、それでも結局いまいちな可能性もあります。

そこで、ようやくというか、Let's noteについても、HDDの交換をきちんと行うことにしました。再セットアップに成功して以来、恐くてほおっておいたのですが、動くうちに使える状態に戻しておいた方が良さそうだからです。

これまたネットで調べると、交換サービスを提供している会社がいくつかあります。多少お金はかかりますが、容量も大きくなることだし、ついでのような気持ちで申し込んでしまいました。

HP Miniと同じサイズの160GBのHDDに交換。数字上のスペックはこちらの方が低い(CPUの周波数やメモリのサイズなど)はずなのですが、とりあえず問題なく使えていたということがあるので、音楽と映像はこちらで処理をすれば良いのかもしれません。(映像っていってもPSP用に変換をするぐらいですが・・・。)

もっとも、軽いのもLet's noteの方なので、本当はこちらを持ち歩きにした方がいいんですよねぇ・・・。

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2009年1月29日 (木)

3時と7時半

今朝電車の中で、小学生の女の子3人組が話している内容が漏れ聞こえました。

一人の女の子が熱心に本を読んでいたのですが、書かれている内容が気になったらしく、突然

「7時半なんて信じられない。うちのお母さんは3時だよ。」

などと言い出したのです。その発言にもう一人が同調し、話が盛り上がっていったのですが、どうも推測すると「お母さんが朝起きる時間」の話のようで、本の中に7時半に起きるお母さんが描かれていて、それが自分のお母さんとはまったく違う・・・ということのようです。

お母さんが3時に起きるのは、彼女を含めて家族の朝御飯とお弁当を作るためのようです。勤めているのではなく、主婦のようですが、お母さんも大変だなぁなどと思った次第です。しかし、3時というのはずいぶんと時間をかけすぎなのでは?
(もっとも「また寝てる」という声も聞こえたので、もしかしたら家族を送り出したあともう一度お休みになるのかもしれません。)

いずれにしても、この会話を耳にしたのは7時半ぐらいですから、彼女にしてみれば7時半に起きるお母さんというのは「信じられない」のも無理はないような気がします。

彼女たちの話からは、3時に起きるお母さんへの感謝の気持ちも感じられました。お母さんが何時に起きて自分のために弁当を作っているのか、それを知っているだけでも、ずいぶんと気持ちが違ってくるのではないかという気がします。

ちなみにお父さんはどうなんでしょうねぇ。

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2009年1月28日 (水)

何を開示の基準とするべきか

CSRレポートに記載する項目について、見直しをしようと考えているのですが、どういった基準で考えていくべきか、少々迷っています。

個人的には「何でも開示してしまえ」という発想がベースにあるのですが、それがそのまま通じる訳ではありません。物理的にもすべて情報が開示できない以上、そこには一定の開示基準が必要であり、そうでなければ開示の説明責任を果たせないことになります。

では何をどのように開示していけば良いのか。個別に判断してその根拠を示すというやり方もありますが、それにしても一定の考え方の標準は必要になります。

振り返ってみると、これまでは個々に開示を進めてきて、判断基準も必ずしも統一されていない気がします。

ガイドラインに沿っていけばよいでしょうか。ですが、コンセプト作りにも参加していない「与えられた」ガイドラインに沿ってやみくもに開示するというのでは、あまりに無責任です。むろん、多くの専門家が参加して議論を尽くしたものであることは承知していますが、そのわりにガイドライン自身の「根拠」はあまり説明されておらず、見えていないような気がしています。(たんなる勉強不足かも知れませんが・・・。)


少し考えてみます。

CSRレポートの役割を、「企業としての考えを示す」という点においた場合、記載する情報の範囲はそれほど広げる必要がありません。極端な話、トップのコミットメントだけでも良いとも言えます。
個々の企業活動がそのコミットメントに沿っているかどうかは、それぞれのステークホルダーが、それぞれの利害において判断すれば良いからです。大切なのは、企業の考えがコミットメントとして誰もがアクセスできる状態で示されていること、活動の根拠として示すことができるものになっていることになるでしょう。

一方、考えを示すだけでなく、第三者(利害関係にない者)が、評価を行うためと位置づけた場合は、コミットメントだけでなく、活動に伴う情報開示が必要になってきます。個人的な感覚としては、ガイドラインが求めている役割はこちらにあるとも言えるでしょう。

そうなると、情報開示の際の大きなポイントは、それがコミットメントに関わるものか、ということが言えそうです。

一方で、コミットメントとしては示していなくても、社会的な要請として、それこそガイドラインなどで要求されている情報開示の項目があります。

実はこの扱いが難しいのです。求められる項目全部をカバーするのであればそれほど悩む必要はありませんが、広く適用できるように設定されているガイドラインの開示項目は、必ずしもすべて応えるのが難しい場合もありますし、そもそもそれがなぜ求められているのか、根拠がはっきり分からない場合もあるからです。
(ただ、後者に関しては、単に表面的に見ているだけ、という可能性もありますが・・・。)

そこでどこまで開示するかという、企業としての開示標準が必要になるわけですが・・・。

長くなりそうなので、続きます。もしかしたらある程度領域を分割した上で個別に考えていくのが良いかもしれません。

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2009年1月27日 (火)

シャーボXとほぼ日手帳

昨日、シャーボXに入力用のリフィルが出ているのを見つけました。早速買ってみましたが、実際に使うかどうかは微妙です。基本的にほぼ日手帳にさしているので、HT1100と常に一緒に使うというわけではないんですよね。
(しかも、HT1100ではそれほどペン入力の機会がなかったりします。)

現在、シャーボXでは、シャープと入力ペンの他に、エバーグリーンとボルドーの油性を使っています。ジェルタイプの方が書き味が滑らかなのですが、インクの乾きが若干遅いのでちょっと使いにくい。もっとも、メインで使っているペンはあいかわらずLAMY(ただし、サファリではなくアルスターになりました)のブルーで、万年筆なのでさらに乾きが遅いのですが(笑)

基本的に予定はボルドー、タスクはグリーン、メモはブルーを使います。シャーボXにブルーを使えば、LAMYは無くても完結するのですが、ちょっと手放せずにいます。

色の使い分けについては、これぐらいが適当かなと考えていますが、最近ちょっと何とかしたいと考えているのが、「前日までに書き込んだタスク」と「当日書き込んだタスク」を色分けしておきたいということです。3色目を使うのが良いのか、ボルドーやブルーを使うのが良いのか、少し決めかねています。
(ただ、ブルーを使うのは細さの関係で難しかったりします。)

もう一つは、いまだに使いきれていないほぼ日手帳の月間ページをドのように使うのかということ。1月はシャープで(これが実は一番使う機会が少ない)ラフな予定を書いていたのですが、ほとんど見直すことがありませんので、使い方としてはいまいちということでしょう。

本当は月間タスクなどを落とし込む作業をきちんとすれば良いのだと思いますが、なかなかできていないのが実情です。
とりあえずブログをこのへんで切り上げて、今からやってみますかね・・・。

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2009年1月26日 (月)

今日のブログ

今日はパソコンを持ってこなかったのですが、鞄がずいぶんと軽い気がしました。たかだか1kgといっても、意外に侮れないと思いつつ、


・・・肝心なところで、今度はHT1100用のキーボードの電池が切れてしまいました・・・。

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2009年1月23日 (金)

自分がパソコンに求めるもの

今日もHP Miniを持ってきています。幸いなことに無事に使えています。ただでさえ重いハードシェルの鞄に1kgを超えるHP Miniの組み合わせは少々ハードですが(背負ってやっと許容範囲)、HT1100とはやはりできることが違います。また持ち歩きたくなってきました。

さて、昨日書けなかったことですが・・・。


「走れ!プロジェクト・マネージャー」の大きくてもMacBookを持ち歩ける理由を読んでいて考えてしまったのは、

「まずは仕事に使っていること」

が第一の前提ではないかと。

「プレゼンの機会が増えれば増えるほど」と書いてあるように、日常的に(=仕事に)パソコンを持ち歩くことがあって、その上で何を持ち歩くか、という選択肢としてMacBookやVaio Pがあるのであって、まずMacBookやVaio P(そしてHP Mini)を持ち歩きたいという動機があって、それを何に(それも仕事以外に)使うかを考えているようではだめなんだろうなぁと。

当たり前だと怒られそうですが、仕事でパソコンを持ち歩く機会はほとんどない(そのため会社では珍しいデスクトップを使用)自分の場合、そもそも持ち歩く理由がないのに何を買うの?ということを改めて感じてしまった次第です。

それに、以前PS3をミュージックサーバにできないだろうかなどと考えていたように、冷静に自分の(仕事以外での)パソコンの使い方を考えると、実はパソコンではなく、音楽や映像に特化した専用機でもいいのではないか・・・などとも思えてきて、自分は一体パソコンに何を求めているのだろうと考えてしまうのです。


もっとも、仕事に使えないかというと、必ずしもそうではなくて、一部はまったくの個人のパソコンでもできなくはないんですけどね・・・そこまでして無理やり仕事に使っても、という気がします。

そもそも日中に鞄から出す機会がないんですよねぇ(笑)

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2009年1月22日 (木)

Hp Mini大丈夫か?

気を取り直して・・・昨日のエントリーがいかに気が抜けていたかというのは、タイトルなしで送信してしまったことからも明らかなのですが、今日は久しぶりにパソコンを持ってきました。

・・・が直前のエントリー通り、なぜかHP Miniが期待通りの動きをせず、このエントリーができる状態になるまで30分以上を費やしてしまいました。何たる無駄。

原因は不明ですが、自宅でメールとブラウザを立ち上げ、無線LANに接続した状態でいくつかのページを開いてから、スタンバイ状態にして持ち出し、外出先でイーモバイルを接続したら動作がおかしくなった・・・というのが表面的な状況でしょうか。何度か接続しなおしましたが改善せず、結局再起動してようやく動作した次第です。

ちょっと恐ろしいのが、動作がおかしくなっていた間、ハードディスクのアクセスランプがオレンジ色に点灯していた点。いつものアクセス状態はブルーの点灯で、オレンジというのは見たことがありません。ユーザーガイドを見ても、「アクセスしている時には点灯します」って色が書いてないぞ、色が!

それにしても、せっかくスタンバイで持ち出したのに、使う前に再起動を要求されるのでは本末転倒です。Vistaの問題なのか、HPの問題なのか、はたまたイーモバイルの問題なのか、さっぱりわかりませんが、どうしたものでしょう。
(しかし、製品責任上は不明確で、結局パソコンの場合はそれらを組み合わせたユーザーの責任になるのでは・・・というのはそういえば以前書いたことがあります。とりあえず動く上、原因不明ではメーカーとしてもどうしようもないわけで、そういった意味ではすべて1社でやっているMacの方が、怒鳴り込みやすいかもしれません。)

そうそう、Macといえば、実は走れ!プロジェクトマネージャーこのエントリーに触発されたエントリーを書きたくて、そもそもパソコンを持ってきたのです。今見たらこんなエントリーも追加されているし。

でも、残念ながら今日は今からそれについて書いている時間がありません。明日またHP Miniの持ち出しにチャレンジすることにします・・・。

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HP Miniが使えない

せっかく持って来たんですが・・・ヒューレット・パッカードのバカ!

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2009年1月21日 (水)

このところ、どうも書く内容に「乗りきれていない」気がします。気が抜けているというか、気合いが足りないというか。文章スタイルの問題かと思ってちょっと読み返してみたのですが、そうでもないような気がします。
(ただ、ですますだとどうしても読み手を意識した書き方になってしまうので、気分的に踏み込んだ表現は避けてしまうという傾向は感じています。もっとも、ネット上に公開する文章なので、その程度の抑制はあってもよい気はしますが・・・。)

このところ、仕事が長引いてしまって遅くなっているので、そればかりで他の頭が働いていないのかもしれません。

良くないことだと思いつつ、夜の時間というのは仕事がはかどるように感じます。一番大きいのは、一つのタスクに集中してしまえることでしょうか。結局残業というのはある一つのタスクを終わらせることだけを目的にしているので、気分的に楽ということもあります。

日中は様々な用件が発生しますし、実際昨日もメールのチェックと返信、そこで要請されたタスクをこなしているだけで一時間があっという間に過ぎてしまうということがありました。時間外だとそういったことは当然少なくなります。(そもそもメールなどは無視してしまう・・・笑)

ただ、以前どこかに書いたのですが、夜の時間に集中できるのは、夜という時間帯の問題ではなく、ノイズが入らないという環境の問題なので、日中であってもそういった時間を確保するように意識することが大切なのだと思います。当たり前のことなのですが、これがなかなかできません。

どうしても色々なことを考えてしまって、一つのタスクに集中しきれないんですよね・・・。

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2009年1月20日 (火)

因果応報?

先週のことですが、電車の中で隣の人が読んでいた新聞の見出しが目についてしまいました。

大量の首を切った日本IBM社長は退任。
因果応報?

何新聞だったかは不明なのですが、見出し的にもスポーツ新聞だったと思います。

気になってしまったのは、これを「因果応報」のような捉え方をしていては、いつまでたっても日本の労働市場は自由にならないのではないか、ということです。

この因果応報というのは、雇い主が雇われる人間を邪険に扱えば、その報いがある、という文脈で語られています。

でもIBMの判断は違うと思うんですよね。社長は別に社員の首を切ったから天罰として退任した訳ではないはずです。業績に関しては調べていないのでなんとも言えませんが、単に任期の問題だったかもしれません。

少し違った見方をするのであれば、「自らの役割を終えたから」退任したと考えるとよいのかもしれません。

それを因果応報のような言葉で捉えてしまう。もちろん「?」とあるように、単なる釣りの言葉かも知れませんが、そういう感情を退任する社長に抱くような感覚で捉えている限り、いつまでたっても「経営者」と「労働者」は単に役割が違うだけの対等の関係ではなく、「地主」と「小作」のような支配者と被支配者の関係でしか捉えられないのではないか・・・そんな気がしてしまったのです。

うーん、うまくまとまらない。

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2009年1月19日 (月)

0スタイル

たまたまある飲料を飲みながら、表示を見ていて気がつきました。

「0スタイル」という副題?がついていて、「砂糖・脂質・食塩ゼロ カロリーオフ」と書いてあります。

先日見た(たしか先週)のがっちりマンデーで紹介されていたのですが、今年のヒットのキーワードは「0(ゼロ)」だそうです。確かに飲み物を中心に「○○ゼロ」というコピーを良く目にします。

で、この飲料なのですが、カロリーは「オフ」なのでゼロではありません。実際表示を見ると、カロリーは100mlあたり17kcalと書いてあります。500mlですから、1本で85kcal。まあ、「カロリーゼロ」と書いてある訳ではありませんので、もちろん虚偽ではありませんが、パッケージのイメージで捉えてしまうと、カロリーがゼロのようにも感じてしまうかもしれません。

次に気になったのが「砂糖ゼロ」です。糖質や糖類ではないのです。これも表示を見ると、ショ糖は0gですが、糖類は3.7gとあります。糖質だと4.2g(いずれも100mlあたり)。原材料名を見ても、先頭には「糖類(果糖ぶどう糖液糖、果糖)」と書いてあります。

飲めば甘いので、糖類がゼロということはないと思うのですが、これまた「砂糖」と書くことで、まるで糖分がゼロであるかのような錯覚を感じさせます。

こうしたやり方が悪いとは思いませんが(大体きちんと書いてあるのにゼロを勝手に解釈する方が悪い)、考えてみると各社の商品の「ゼロ」については、何がゼロかは意外とばらばらな気がします。そのイメージが暴走してしまうと、企業側にとってリスクが大きくなるのではないか、という気がしました。

(ただし、それは「消費者」のリスクではありません。消費者は、表示をきちんと見さえすれば何がゼロかは分かるからで、そこにリスクはないからです。イメージで勝手に誤解してしまうというのは、企業によって作られる消費者のリスクというよりは、消費者によって作られる企業のリスクのような気がします・・・もっともそれらしいイメージを振りまいた企業自身が招いたものではありますが。)

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2009年1月16日 (金)

自給率か、他給率か

サステナ・ラボに、自給率の向上をめざすのか、他給率の向上をめざすのか、というエントリーがありました。

他給率アップを目指しますか−サステナ・ラボ
http://suslab.seesaa.net/article/112578575.html

「WEDGE」の記事を取り上げたもので、元の記事は読んでいないのですが、自給率だけでなく、他給率も考えるべきではないのかという記事のようで、それに対して疑問を提示していました。

日本の食糧自給率が低いのは周知の事実ですが、「WEDGE」の記事はそれがことさらに悪いわけではなく、世界には様々な戦略をとる国がある、という視点を提示した点で、なかなかおもしろいと思います。
国際分業や、そもそも世界を一つの社会と考えれば、「国毎の」自給率比較にどこまでこだわるべきか、なんて話もあるかもしれません。

さて、サステナ・ラボのエントリーでは、最後に「皆さんは自給率、他給率、どちらを優先させますか?」という投げかけをしていたので、自分なりに考えてみました。個人的には自給率にはこだわりすぎるべきではない(そもそも国としての安全保障以上の意味はない)というのが基本的なスタンスなのですが、今回他給率という考えに接して、そもそも自給率、他給率といった「給」の視点で考えることが本当に意味があるのか、と気になってしまったからです。

大切なのは「供給できるか」ではなく「足りているか」ではないでしょうか。自給自足でいう自足にあてはめるのであれば、「自足率」とでも言えば良いでしょうか。

経済的な困窮に追い込まれている国はもちろん、豊かと言われる日本やアメリカでも、経済的事情により、その日の食に困る人たちがいます。彼らに対して「国として」安定した食糧を提供できないのであれば、どんなにその国の「自給率」が高くても、「自足率」が100%とは言えないということにならないでしょうか。
自給率が高いと言われる国も、自足率という評価尺度では実はそうでもないかもしれず、「WEDGE」が取り上げているサウジアラビアのような「他給率」の追求は、自給にこだわらず自足を追求する国の姿勢、ということができるかもしれないのです。
(まぁ実際には貧困層は切り捨てられてしまうのかな、という気もしますが。)

自分が自給率に疑問を感じるのは、国(あるいは組織)としての生産力には、工業生産も含めた様々な分野や側面があるのに、こと「食糧の生産」だけが特別であるかのような尺度になっているからです。もちろん、生活の根幹をなす食の分野には特別な視点は必要だと思いますが、それは果たして「生産力」という尺度で見るべきものなのか、という疑問があるのです。

そんなわけで、私の答えは「自給率、他給率どちらを優先させるという話ではなく、自足率という尺度で考えてはどうか」でした。

(ちなみに自足率の場合、高ければ高いほど良いわけではなく、最適な状態は100%で、足りなければ生活が苦しく、越えている場合は贅沢で無駄が多いということになります。食べられるのに捨ててしまう食品ロスの多い日本の場合、むしろ100%以上になってしまって、それこそが問題、なんてことになるのかもしれません。)

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2009年1月15日 (木)

地産地消でお取り寄せ

会社のブログで書くネタをひねり出すのに四苦八苦しています。特にどうしてもその日にやらなければいけない作業などに追われていると、とたんに書けなくなってしまいます。
ほぼ日手帳に書いているタイトルアイデアも、アイデアだけで終わってしまっては意味がありません。

それはさておき、先日ある雑誌の表紙を何気なく見ていたら、こんな文言がありました。

”地産地消”で究極の美味をお取り寄せ

いやいや、取り寄せちゃったら地産地消じゃあないでしょう・・・と思わず突っ込んでしまったのですが、どうなんでしょうか。世間的にはこれは「地産地消」なんでしょうか。

百歩譲ってこれが「国産」のお取り寄せだとします。(地産地消と掲げるからには、この雑誌の特集の趣旨はそうなのかもしれません。)でも「国産のものを食べる」と「地産地消」は同じなのでしょうか。

そのあたりのイメージの結び付き方には少々疑問があります。

例えば、北海道の食べ物を「北海道に行って」食べるのは、まだ地産地消と呼べるかもしれません。でも北海道の食材をお取り寄せして東京で食べるのが地産地消、というのは、少々乱暴な気がします。

さらに突き詰めると、地産地消という考え方は、元々は「
地元で採れたものを地元で食べよう」ではなかったということもあります。

地産地消というのは、地元で採れる食材に偏りがあって地域の栄養バランスが悪かった時代に、「地元で食べるものは地元で生産する」ことをめざして呼び掛けられたもので、「消費」ではなく「生産」の変革をめざして生まれた取り組みです。本来は「地消地産」と言った方がよいのかもしれません。

今では前者の考え方が一般的なので、そうした理解でも構わないとは思いますが、この考え方は意外と見逃せない部分です。というのは、少し乱暴な言い方をすると、これはそれまで土地に合わせて選択・生産されていた農畜産物が、地元の消費に合わせて選択・生産されるようになったということでもあるからです。

そうした取り組みが農業技術の発展や品種改良につながってきたのは確かですが、「地域にあったものを生産して、それを地域を越えて流通させることで全体の栄養バランスをとる」のがよいのか、「多少地域にはあわなくても、地域単位で栄養バランスをとれるように各々の地域で様々なものを生産する」のがよいのか、それぞれの環境負荷はどうなのか、といったことは、時代時代にあわせて議論をしていく必要があるのだと思います。

まぁ、そういった意味では「地産地消でお取り寄せ」というのも、実は意味のある取り組みなのかもしれません。

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2009年1月14日 (水)

お嬢様をお預かりいたしております

タイトルにドキリとされた方もいるのではないかと思いますが、それはそれで考えられる反応で、実は先日とあるショッピングモールで耳にした館内放送がちょっと気になってしまったのでした。

ようするに迷子を知らせる館内放送な訳ですが、他にこれだ!という表現があるわけでもありません。ただ、同じ表現を誘拐犯から聞かされたりなんかしたら、丁寧なだけに怖いと思ってしまったのも事実。

ちょっと聞いただけだと館内放送なのに、実は・・・なんて、そんなくだらないことを考えてしまいました。

(別にそこから考察が広がるわけでもなく、それだけです・・・。)

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2009年1月13日 (火)

Vaio-Pを見てきました

新しく発表されたVaio-Pを週末に見てきました。かなり期待度は高く、HT1100を置き換えることも考えていましたが、結論から言うと今回は見送りでしょうか。

問題があってダメというわけではなく、あくまでも当面見送りです。次の世代に期待といった方が良いかもしれません。

スペック的には特に問題はないでしょう。置き換える対象がHT1100なので、vaio-Pでは高すぎるぐらいです。

サイズ的にも、シグマリオンサイズを想像していたので、それよりも大きかったのですが、薄さは十分ですし、ある程度のサイズがあった方が使いやすいのは確かです。

では何が気になったかと言うと、カラーと質感。基本的にどれも光沢感のある仕上げになっていますが、これがちょっと安っぽい感じがします。店頭サンプルは少し違うのかも知れませんが、個人的にはマットな方が好みです。

一緒に見たTやZの天板のバリエーションの質感が良かったので、なおさら気になってしまったのかもしれません。うーん、価格は全然違ってしまいますが、やっぱりZは欲しいかも・・・。

いずれにしても、普段持ち歩くものなので、デザインは意外と重要だったりします。すでにカテゴリー的にはぶつかっているHP-miniを持っているというのも、躊躇してしまった原因かも知れません。
(というか、買ったばかりなのにもう次を考えるのはどうなんだという話もありますが・・・。)

もっとも、カラーバリエーションが増えてくると分からないですね。

そんなわけで、今日もHT1100で更新中。実際これで十分といえば十分で、vaio-Pが欲しいというのは、本当にただの物欲なんだなぁという気がします。

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2009年1月 9日 (金)

人類を滅ぼす戦いが始まる

先日ターミネーターのテレビドラマ版の宣伝ポスターに「人類を救う戦いが始まる」というコピーがあるのを見かけて、ふと「逆の視点で描かれていたらどんな印象だっただろうか」などと考えてしまいました。

映画版1作目のターミネーターでは、未来において人類を救う、すなわちマシンを滅ぼす存在となるジョン・コナーの存在を抹消するために、その母親であるサラ・コナーを抹殺するためにシュワルツネッガー扮するターミネーターが送り込まれます。

一方人類側は、マシンがそのために開発したタイムマシンを逆手にとり、ジョンの父となるカイルを送り込みます。マシン側にしてみれば盲点をつかれた感じですが、結果としてターミネーターはズタボロになって結局サラを抹殺できなかったばかりか、カイルとサラを引き合わせることでジョンを誕生させてしまいます。
(ターミネーターにあれだけ追い詰められる吊り橋効果がなけれれば、二人が結ばれたかどうかは甚だ微妙です。ターミネーターは恋のキューピッドの役割を担ってさえしまうのです。)

・・・まさに踏んだり蹴ったりです。

更に2作目では、捕らえられ改造されてしまった裏切り者まで登場し、ジョンを守ろうとします。しかもこの裏切り者は、あろうことか彼らマシン誕生のきっかけとなる(はずだった)1作目のターミネーターが残した貴重なパーツと研究資料を打ち砕き、自分自身ですら自らの意思で破壊してしまうのです。

・・・おそるべき人類の洗脳作戦です。

そもそもマシンに「人類を滅ぼせ」という目的を与えたのは、人類に他なりません。あるいはそこには「地球を守るためには人類抹殺もやむを得ない」という判断もあったかもしれません。

その「人類を滅ぼすためのための戦い」にいいところまでいきながら、ことごとく敗れてしまい、やがては自らが滅ぼされる運命にある「人類の落とし子」であるマシンというのは、描き方によっては悲哀と共に受け止めることが・・・まぁさすがに人類の敵となるとだめでしょうか、やっぱり。

ただ、「人類を救うための戦い」とは、言い換えれば「マシンを滅ぼすための戦い」でもあるわけで、そのあたり人類の側でも「産みの親として」共生を探ることはできないか・・・などと思ってしまったのでした。
(まぁそれでは物語にならないんですけどね。多少うがった見方をすれば「自分達が産み出したものが歯向かうのであれば、どうしようが自分達の勝手」なんて価値観もそこには潜んでいるのかもしれません。)

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2009年1月 8日 (木)

なぜ企業はCO2削減目標を掲げるのか

昨日部署内の打ち合わせで、会社のCO2削減目標として、CO2○○%削減といった目標ではなく、例えば光熱水道コスト○○円削減(結果としてCO2は○○%
削減)といった金額で提示した方が、社内的なインパクトも強く、事業活動に密接に関係した形で意識してもらえるのではないか、というアイデアが出ました。

そこで改めて考えてしまったのが、「そもそも何故企業はCO2削減目標を掲げるのか」という問題です。社会的にそういったことが求められているということはありますが、もう少し別の見方もできるかもしれません。

単純に考えれば、コストが高いというのは、投入されたエネルギーが大きいということであり、それはつまり環境負荷が高いということになります。もしその環境配慮商品が「真に」環境に配慮した形で作られているのであれば、安くなりこそすれ、高くなることはないはずです。

もっとも、エネルギーの場合、それが何から得られているかによってもコストが変わってきます。でも例えば、太陽光発電をはじめとする自然エネルギーが高いのは、スケールメリットが低いからと言われていますが、ではスケールメリットが出るほど大量に展開された時にも環境負荷が低いと言いきれるのでしょうか。同一スケールで比較したときに、本当に化石燃料よりも環境負荷が低いのか。設備を整えるコストも含めて個人的には疑問もあります。自然エネルギーは、今のスケールだからこそ「環境にやさしい」といえるだけではないのか、と。

そう考えると、企業側としてはやはり、エネルギーの節約によってCO2の削減をめざすことになります。仮に自然エネルギーに切り替えるとしても、その先にはスケールメリットによるコスト削減があるのは間違いない。そもそもCO2削減は、長期的には企業にとってメリットのあるものなのです。

そして企業側の戦略として考えれば、コスト削減を果たした後も、環境を名目に価格は高いままで利益を内部に溜め込んでいける方がよいことになります。

そういった意味では、うがった見方ですが、エネルギーコスト○○%削減と掲げるよりも、CO2○○%削減と掲げておいた方が都合がよいということなのかもしれないのです。(評価もあいまいですし・・・。)

それが悪いとは思いませんが、企業が掲げているCO2の削減目標を、コスト削減という金額効果に置き換えてみると、また少し違った視点で見ることができるのかもしれません。

ちなみに個人的には環境への負荷というのは、個々の製品毎に評価された負荷というのはあまり問題ではなく、どんなものであってもそれが「大量に生産される」事によって環境負荷が生まれるのではないかと考えています。仮にそうであれば、スケールメリットの追求はその事自体、環境負荷の増大につながるということになります。

大量生産が問題というのはこういうことです。例えばCFPである製品とある製品を単品で比較した場合に10倍の差があったとします。でも、10分の1の製品の生産量が、100倍、1000倍だった場合は絶対量としてはどうなるのか。

一般的には、環境配慮商品が高いのではなく、環境に配慮しない商品が(不当に環境に負荷をかけることで)安いと理解されていますが、実は「環境配慮商品」の環境性能が高いのは、製品自体の工夫以上に生産量が少ないからこそであり、一方でスケールメリットを追求していないからこそ価格としては高いということもあるのではないか・・・そんな気もしています。

後半は余談でした。

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2009年1月 7日 (水)

会社のブログに何を書くか

ほぼ日手帳の1日ページの0時以降のスケジュール欄に、会社のブログ用のアイデアをメモしておくことにしました。
昨年までは「プロット」のメモでしたが、スペースが足りないので、「タイトル」のメモです。その日のネタとして思い付くものを挙げておいて、そこから選んで書くことにしてみます。

そういうやり方にするのには、実はもう一つ理由があります。今年の個人的な目標に、年間エントリー150件というのを掲げたからです。

個人のブログはほぼ毎日ですが、会社のブログで年間150件というのは、実は結構大変です。その証拠に、私の過去2年間のエントリーの合計は約120件。それを上回るエントリーを1年間で書かなければいけません。
冷静に考えると、少し無謀な目標だったかも・・・。

ただ、根拠はあって、150件というのは年間52週として週3件のエントリーになるのですが、それぐらいの更新頻度がないとブログとして継続的に見てもらえるものにはならないと思うのです。
もちろん、内容も重要ですが(笑)
ちなみに、去年までは後輩との二人三脚状態だったので、ほぼ同じかそれ以上の更新頻度を維持できていました。

それにしても、週3件というのは、思った以上に大変でした。(でした、というのは昨年の12月からの取り組みだからです。)
気を抜くとすぐに書くことがなくなってしまいます。個人のブログは「思った」ことが中心なので、いざとなればなんでも書けるのですが、会社のブログは基本的には「あった」ことがベースになるので、まずは書くネタとしての行動をしていなければなりません。

そうは言っても、会社での行動がすべて書けるわけでもなく、そのため、さて今日は何を書こうかという悩みに日々追われることになってしまうのです。

とりあえず今日は書けるネタがあるのですが、当然明日明後日どうするかというのを先付けで考えていかなければなりません。

そんなわけで、その日に書けそうな思い付いたネタはとりあえずメモしておくことにしたのですが、さて、どこまでやっていけるでしょうか。

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2009年1月 6日 (火)

343g

昨日量った2008年のほぼ日手帳の重さです。年の変わり目なので、新旧を持ち歩こうと鞄に入れていたのですが、ちょっと重いので、今日からは2009年の手帳だけにしてしまいました。
(1日だけというのが情けない・・・まぁかさばるという理由もあります。)

昨日も書いたように、使い方を意識することを今年は心がけたいので、まずは一度使い方を整理してみます。具合が悪ければ修正すれば良いだけのことで、大切なのはルールを決めてまずはそれに従うことです。

年間インデックスのページは、昨年からCSR報告書と会社のブログのアクセス(PV)を記録するために使っています。アクセスログは本来は月に1回程度分析すれば良いのかもしれませんが、これは気持ちの問題というか、毎日チェックをすることが何かにつながるのではないかと考えています。
(と、ここで「何か」を明確にするというのが次の課題ですね。漠然と記録するのではなく、目的を設定しておかないと意味のない数値の羅列になってしまいます。)

月間スケジュールのページは、まだ使い方が決まっていません。昨年はブログのタイトルなどをメモしていましたが、これは年間インデックスのページでできそうなので(スペース的にはちょっと辛いですが)、何か別の使い方を考えたいところです。
別にExcelで作成している年間計画表の内容の落とし込みに使うのがよいかもしれません。

1日のページは、左側にその日のスケジュールとタスクを色分けして書いています。タスクについてはページ上部にも書く欄がありますが、そちらはその日の中であればいつでもよいすき間時間にやるタスク、左側に書くのはまとまった時間を確保した上でやるタスクです。

スケジュールには、開始時間を書いた上で、おおよその予定時間を矢印で分かるようメモリ上に記しています。タスクはチェックボックスを頭につけて、終わったらチェックするようにしています。

1日のページの右側はメモ欄で、その日の打ち合わせの内容や誰かとのやり取り、起こったことのメモを備忘録的にちょっとだけ残すようにしています。ちなみにメモについては直接書くと大変なことになるので、他のメモ用紙に書いた内容を整理抜粋しながら書き写すようにしています。

と、この辺りまでは、昨年から大体決まっていた使い方です。ただ、今年のほぼ日手帳は方眼が小さくなって、小さい字を書くのになれていない身としてはちょっと戸惑っていたりします。
(本当は前の4mmサイズでもちょっと小さくて、個人的には5mmサイズが良いのですが、それだと大きすぎるのかもしれません。)
基本的には、スケジュールやタスクはなるべく方眼にそって書きますが、メモに関しては諦めています。

そして、今年は方眼が小さくなったことで、時間軸のメモリが切れたあとに少しスペースが残っています。これは何かに使いたいと思って、昨日もそこまではメモを書かずに残しておいたのですが、何に使うかは決めていません。
無理矢理使う必要もないのですが、その日にあったこと気付いたことを振り返ってちょっと書き留める日記のような使い方ができればと考えています。
(もっとも、その「1日を振り返る」時間を日課として組み込むのが実は難しいんですけどね。)

とりあえずはこんな感じでしょうか。本当はこれに会社のブログ用のプロットメモを書くスペースを確保できればと思うのですが、ちょっと難しそうです。昨年までは0時から5時までのスケジュール欄を使っていたのですが、方眼サイズの都合で今年のだとちょっと小さすぎるので・・・。

まずはこれでしばらく使い勝手を評価してみたいと思います。

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2009年1月 5日 (月)

新年の豊富

あけましておめでとうございます・・・って、もう5日ですが(笑)
今日は仕事始めということで、ブログも再開です。

自分の場合、新年と言っても特に新年らしいことをすることもなく(初詣にも行っていません・・・)、ちょっと長めの休暇程度の位置づけなのですが、それでも手帳が新しくなるなどちょっとした変化はあります。

たまたま会社の決算が11月で、12月に新年度が始まったばかりのため、仕事的にあまり区切りがある訳でもないのですが、一応新年の豊富などを書いてみたいと思います。(思ったことを書きつらねるだけですが。)

個人的に今年力をいれていきたいのは、「計画をきちんとたてて実行する」でしょうか。当たり前のことなのですが、実はいまだにできていません。

数年前から、年間目標を、四半期、月、週にブレークダウンした計画表を作成しているのですが、思った通りに実行できたためしがない。
そもそも計画表の作り方がダメなのかもしれませんが、それを見極める上でも一度しっかりと計画表を意識した行動を心がけてみたいというのが最大の目標です。
(もっとも、計画表は会社の年度にあわせて「12月始まり」のため、すでに1ヶ月間の齟齬があるのですが・・・。)

もう一つ意識していきたいのが、何かを行う際にその「メソッド」を意識することでしょうか。」

昨年書いたか忘れてしまいましたが、仕事ができると言われる人たちの仕事術の強さは、その仕事術自体にあるのではなく、それが「術」として体系化されており、それが常に意識されていることだと思うのです。

「自分の手帳の使い方はこうです」「自分の仕事術はこうです」といったことを常に「語れるメソッド」「人に伝えられるやり方」として意識しておくことが、実は一番重要で、その中身には優劣はないのではないかという気がします。

まずは手帳の、次に時間の使い方を少し意識して体系化していくことを考えてみたいと思います。


このあたりは仕事の話なので、趣味の世界についてはまた後日。とりあえず、昨日一つ演奏会の本番があり、無事終了してほっとしています。

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