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2009年3月26日 (木)

AIG幹部へのボーナス

ついに iPod classic を買ってしまいました。手元のCDをインポート中ですが、まだ1GBほどしか使っていません。どこまで使えるのか、なんとなくワクワクしています。少し環境の見直しをしなくてはいけませんね。

閑話休題。

米AIG幹部への高額ボーナスが減額(返上?)されるというニュースがちょっと気になっています。昨日のめざましテレビでキャスターがこうした高額ボーナスに対して「一般常識を欠いている」とコメントしていたのが印象に残っているのですが、果たして「高額である」という感情論でこうした契約に基づく給与の減額を進めてしまって大丈夫なのでしょうか。

大丈夫か、というのはこういうことです。たとえば一般的に非正社員よりも正社員の給与は高いとされていますが、それを「高いから」という理由で減額する会社があったら、どういう印象を受けるでしょう。

仕事柄、今回のボーナス減額をCSRレポートに記載するとしたら、どんな記述になるだろうかと考えていたのですが、どうにも釈然としません。感情論として「高すぎる」というのは分からなくはないのですが、会社の経営や経済の調子の良い時はそうした待遇を認めておいて、不況になると一転反故にする、というのでは、契約社員を期間満了前に解雇するのと本質的に同じです。

気になっているのは、今回のボーナス減額というのは、会社と従業員の関係で考えれば、従業員に分配すべき資源を会社が「社会のあと押しを受けて」分配しなかった、という構図になっていること。社会はそうしたスケープゴートを作ることで溜飲を下げていますが、経営にとっては人件費の削減にもつながり、願ったりかなったりでしょう。それもボーナスということは、そのボーナスに見合う(とされる)働きをした社員への対価を支払わずに済んだということですから。

公的資金が注入されているのにけしからん、というのであれば、本来は資金注入前にそうした減額をしておいてから注入すべき(あるいは従業員には分配しないと使途に条件をつけるべき)だったのではないか、そんな気がするのです。

こうした企業における給与体系を見直すべきではないかという議論と、「高すぎるから返せ」という議論。明らかに後者の方向で進んでいる(ようにメディアの報道では見える)のは、本当に社会にとって良いことなのか。そんなことが気になってしまいました。

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