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2009年3月31日 (火)

Googleカレンダーにタスクを登録

少し前からほぼ日手帳を使わずに、Googleカレンダーにタスクを登録するようにしています。
まだ試行錯誤中ですが、今日からはほぼ日手帳を持ち歩くのもやめてしまいました。
(手帳なしというわけではなく、トラベラーズノートのパスポートサイズを持ち歩くことにしています。)

Googleカレンダーにタスクを登録するようにした理由はいくつかありますが、意外にこれが決め手になったかなと思うのが、「手帳に書いても仕事の時以外は見ない」ということ。常に持ち歩く手帳に「何かを書く」というのは、書くことだけなく、四六時中見ることに意味があると思うのですが、改めて自分の習慣を振り返ってみると、ぜんぜん手帳を見ていないのです。

つまり「書いて繰り返し見る(常に意識する)」ではなく「書いて忘れる(そして必要なときに見て思い出す)」という使い方だったわけで、であれば別にタスク管理は手帳にこだわらずオンラインツールでよいのではないか、と考えた次第です。基本的に会社でパソコンの前にいる時以外は必要としない「タスクリスト」だからです。

このあたりは仕事によるのかもしれませんが、その大半をパソコンに頼る自分の場合は、それが合理的な選択肢だということは言えそうな気がします。オンラインであれば、どうしてもという場合にまったくアクセスできないわけではない(携帯からでも見られないわけではない)ので、手帳に書いて肌身離さず持ち歩く必要はないのかもしれません。

ただ、そう考えるとほぼ日手帳に替わって持ち歩くようになったトラベラーズノートも、「どうしても必要か?」といわれるとそうではない気がしてきます。メモが必要と思われる時には大判のメモ帳を持っていきますし、手帳として「持ち歩く」機能は何か、と考えると、意外に利用機会が少ないのです。

とりあえず今のところはふとした思い付きを書き留めるために持ち歩いている状態ですが、読み返してみるとこれまたたいしたことは書いていないので、さてどうしようかな、と思案のしどころではあります。

なんとなくすべてデジタルにすることには不安というか、漠然とそうはしたくないという気持ちがあったりするのですが、よく考えたらCLIEやSigmarionを使っていたころはほぼデジタルだったわけで、もう一度デジタル一辺倒に戻すということも考えて見ても良いのかもしれません。(少なくとも持ち歩きツール系は・・・。)

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2009年3月30日 (月)

おちついて練習したい

iPod classic にシリコンジャケットをかぶせてみました。車で使うときなどは滑りにくくなるのでいいかなとも思いますが、やっぱりもさっとした感じがあって、傷などは気にせずにむき出しで使うほうが気持ちがいいようにも思います。ストラップがつけられないので、何かの弾みに落としてしまいそうなのが心配です。

それはさておき、昨日はパート練習をしました。思ったよりできてないなぁというのが第一印象。シベリウスの交響曲第2番は、楽譜自体はめちゃくちゃ難しいというわけではないのですが、ちょっと予想外な音の流れがあったりして、忘れているととっさに弾けなかったりします。そういう意味では、練習不足で「忘れている」だけなのかもしれません。

あまり高い音がないので、ハイポジションを使うことは少ないのですが、C線G線といった低音を弾く場合に音がこもってしまってすっきりと出なかったりするのが気になります。特に小さい音量できれいな低音を出すのは結構難しいので、何か効果的な練習方法を考える必要がありそうです。さて、どうしましょう。

かくいう自分自身も、そのあたりは課題なのですが、他に練習しなければならない曲もあったりして、なんとなく追い詰められているような気分です。練習の時間を確保したいところですが、正直な話平日はなかなか難しいのも実情です。

今週末は同じチェロパートの方の結婚式でのチェロアンサンブル。今月末にはバレエ教室の伴奏で弦楽五重奏をやらなければなりません。そして来月は定期演奏会がありますので、このところ毎月何か演奏会がある状態が続いています・・・。(昨年11月の定期演奏会以降、1月にエキストラ、2月にエキストラとミニクラシックコンサート、4月に結婚式とバレエの伴奏、で、5月に次の定期演奏会ですからね・・・ちょっと欲張りすぎなのかも。)

もう少し腰を落ち着けてというか、じっくり練習したい気もするのですが、曲をさらうだけで精一杯です。もう少し暖かくなってきたら、実家でも練習がしやすくなるので、そうしたら低音の出し方なども考えていきたいと思います。(・・・って間に合うのだろうか。)

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2009年3月27日 (金)

コモンズの悲劇は時間軸でも発生する?

昨日は知り合いに誘われてセミナーに参加しました。いわゆるセミナーというよりも、オープンカレッジに近いでしょうか。東北大学大学院の環境科学研究科にあるSEMSaTというユニットが主催している公開セミナーです。

「循環型社会の新しい住まい・ライフスタイル」というテーマで、特に集合住宅(マンション)についての話でした。

その中でちょっと考えさせられたのが、こんな話です。

「200年持つ建物の投資効果が出るのは200年後で、第一世代の人にとってはむしろ初期投資の負担が大きい。第一世代の負担を第二世代、第三世代に分散する仕組みが必要。」

なるほどというか、確かに建物が200年持っても、住む人は200年は生きられないので、第一世代の人にとっては初期投資の負担をするインセンティブが働かないというわけです。

ただ、そう納得してからあれ?と思ってしまったのが、よく言われているサステナブルの概念です。

「将来世代のニーズを損なうことなく、現代世代のニーズを満たすような開発」

これは、これまでの開発が「将来世代の資源を食いつぶす」ことで行われてきたことへの反省から生まれてきた概念です。その典型が環境破壊や過大な資源消費というわけですが、これを上記に当てはめれば、第一世代が担うべき負担を第二世代、第三世代に先送りしているということ、と考えることができます。

こうした「逆の世代間負担配分」が問題になる中で、では200年住宅はどういった「世代間負担配分」によって作られるべきなのか。これは意外と調整が難しそうです。

バランスといってしまえばそれまでですが、こうした世代間の負担を「平準化」するというのは、いわゆるコモンズ(共有地)の悲劇の解決以上に難しいことなのかもしれません。
変な話ですが、初期投資の負担を第二世代、第三世代に分散しておきながら、第一世代で利益を享受しつくす(200年持たせる努力をせずに自分の世代で駄目にする)ということも起き得ない話ではないからです。

特に集合住宅の場合、戸建ての住宅と違って第二世代、第三世代は身内ではなく第三者になるのです。自らの子孫に財産を残す、というインセンティブが働かない場合に、はたして初期投資の負担を引き受けるのか、残していくために大切に使うという気持ちが働くのか・・・倫理に訴えるのは簡単ですが、やはり仕組みとして乗り越える方法を考えることが重要な気がします。

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2009年3月26日 (木)

AIG幹部へのボーナス

ついに iPod classic を買ってしまいました。手元のCDをインポート中ですが、まだ1GBほどしか使っていません。どこまで使えるのか、なんとなくワクワクしています。少し環境の見直しをしなくてはいけませんね。

閑話休題。

米AIG幹部への高額ボーナスが減額(返上?)されるというニュースがちょっと気になっています。昨日のめざましテレビでキャスターがこうした高額ボーナスに対して「一般常識を欠いている」とコメントしていたのが印象に残っているのですが、果たして「高額である」という感情論でこうした契約に基づく給与の減額を進めてしまって大丈夫なのでしょうか。

大丈夫か、というのはこういうことです。たとえば一般的に非正社員よりも正社員の給与は高いとされていますが、それを「高いから」という理由で減額する会社があったら、どういう印象を受けるでしょう。

仕事柄、今回のボーナス減額をCSRレポートに記載するとしたら、どんな記述になるだろうかと考えていたのですが、どうにも釈然としません。感情論として「高すぎる」というのは分からなくはないのですが、会社の経営や経済の調子の良い時はそうした待遇を認めておいて、不況になると一転反故にする、というのでは、契約社員を期間満了前に解雇するのと本質的に同じです。

気になっているのは、今回のボーナス減額というのは、会社と従業員の関係で考えれば、従業員に分配すべき資源を会社が「社会のあと押しを受けて」分配しなかった、という構図になっていること。社会はそうしたスケープゴートを作ることで溜飲を下げていますが、経営にとっては人件費の削減にもつながり、願ったりかなったりでしょう。それもボーナスということは、そのボーナスに見合う(とされる)働きをした社員への対価を支払わずに済んだということですから。

公的資金が注入されているのにけしからん、というのであれば、本来は資金注入前にそうした減額をしておいてから注入すべき(あるいは従業員には分配しないと使途に条件をつけるべき)だったのではないか、そんな気がするのです。

こうした企業における給与体系を見直すべきではないかという議論と、「高すぎるから返せ」という議論。明らかに後者の方向で進んでいる(ようにメディアの報道では見える)のは、本当に社会にとって良いことなのか。そんなことが気になってしまいました。

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2009年3月25日 (水)

iPod classicにする理由

WBCで日本が優勝しましたが、今朝めざましテレビを見ていたら、現地でリポートをしている遠藤アナウンサーが、「日本のユニフォームを着て立っていると、おめでとうと声をかけられる。アメリカ人にも祝福されている」というコメントをしていました。
仮に韓国が優勝していた時に、自分たちは街を行く韓国の人たちに同じことができるだろうか・・・などと考えてしまいました。
そうしたアメリカ人の潔さというか、スポーツあるいは勝負事に対する姿勢というのは、見習う必要があるのかもしれません。「いや自分は祝福するよ」という人ももちろんいるとは思いますが、なんとなく。

それはさておき、一晩考えてみて、iPod classic はやはり買ってみようかと考えています。実際には直前に萎えるかもしれませんが、一応昨日 iTunes への音楽の取り込みも試してみて、とりあえず問題のないことも確認しました。

なぜ今さら iPod classic なのかという意見もありそうですが、現状手持ちのCDのデータを根こそぎ取り込むには他に選択肢がないというのが正直なところです。今はSONYのネットワークウォークマンを使っていますが、容量の制限から曲数が限られてしまい、どうしても入れ換えを行わなければいけない。これが意外と面倒な上、聴くつもりで入れておいた曲を聴かなかったりなど、気分にあわせてのチョイスがなかなかできなかったりするのです。

さらにいえば、現在 SonicStage ではMP3でのエンコードを行っているのですが、それはゆくゆくは他のDMPでも使えるようにするため・・・という理由だったりします。では他のDMPとは何かと言えば、これは結局iPod classic 以外に選択肢はない(入れ換えて聴いていくならネットワークウォークマンで十分ですから、他に乗り換えるインセンティブがない)わけで、であれば音楽を再取り込み中の今の段階で切り替えてしまって、フォーマットもMP3にこだわる必要はないのではないか・・・そんなことを考えた次第です。

もっとも、色々と言い訳を考えても、結局単なる物欲であることに変わりはないんですけどね(笑)

ただ、当然のごとく、今よりも重くかさばるという問題は発生してきます。パソコンを(それも Let's note より重い HP Mini を)持ち歩くのに加えて、DMPも大型化するわけですから、どこか別のところでダウンサイジングというか、モノを減らす工夫は必要そうです。
(今のところその筆頭はほぼ日手帳になってしまうでしょうか。昨日トラベラーズノートのパスポートサイズも買ってしまったことですし・・・。)

実は今日はHT1100からのブログ更新なのですが、携帯についても1台にするということをそろそろ真剣に考える必要があるのかもしれません。

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2009年3月24日 (火)

iPod classicとトラベラーズノート

なぜか突然 iPod classic が欲しいと思い立ってしまい、かろうじてそれについては一晩考えようということで衝動買いを思いとどまったのですが、帰りにアートマンに寄ったら、トラベラーズノートにパスポートサイズなるものが出ているではありませんか。

・・・というわけで、こちらは思わず衝動買い。実際の利用場面は iPod classic の方が明確で、トラベラーズノートは何に使うんだという状態なのですが、やはり価格の問題でしょうか。

でもこのサイズならほぼ日手帳の置き換えということを考えても良いかも知れません。今のところダイアリータイプはないので、あくまでもメモ帳としてですけどね。

衝動エントリーでした。でもHP Miniは相変わらずスリープからだとフリーズしやすいです。
(今は少々ましですが・・・何が違うんでしょう。)

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スリープ状態からの復帰でパニックに陥るHP Mini

今日は自宅でHP Miniをスリープ状態にして持ち出して、ブログを書くために立ち上げたのですが・・・

イーモバイルでネットに接続しようとしたら、ハードディスクのアクセスランプがオレンジ色に輝いてフリーズしてしまいました。

完全に停止したわけではなく、しばらくすると思い出したように動き出すのですが、何かしようとするとまた止まってしまいます。

この現象は以前にもあって、無理に進めても回復しないので再起動をしたのですが、どうも前回と同じで、スリープ状態から復帰させてネットにつなごうとするとおかしくなるみたいです。

ちなみにその後調べたところ、アクセスランプがオレンジなのはハードディスクが何らかの衝撃(振動?)を感知してガードしている、ということのようなのですが、机の上に置いて使っていて特に振動を与えてもいないので、実際のところは良く分かりません。

なんとなく、スリープ状態から復帰してみたら周りの環境がぜんぜん変わっていたのでパニックを起こしています、という風情です(笑)
それとも、移動中に与えられた振動の情報を必死に処理しているのでしょうか・・・。

通常の起動や休止状態からの復帰ではけっこう時間がかかりますし、バッテリーへの負担も大きいので、朝使うだけであればスリープ状態を活用したいところですが、どうにもうまくありませんね。自宅で使っていて一時的にスリープにしたときなどは、問題なく復帰できているのですが・・・。

(そういえば、スリープにして持ち歩いて、結局使わずに家に帰って立ち上げた時は問題がなかったような気がします。やっぱり周りの環境が変わったことによるパニックでしょうか。まさかね。)

なんとかスリープを活用できるようにしたいですね。復帰するところまではスムーズで、その速さに感動するぐらいなんですが・・・・。

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2009年3月23日 (月)

「楽しい」だけでは中途半端

三連休の後半は楽器漬けでした。前半はだらだらと過ごしてしまいましたが・・・。

練習していて改めて思うのは、なかなか練習する気にはならないのですが、してみるとやっぱり自分は楽器を弾くことが好きなんだなぁということです。さすがに最後のほうは疲れてしまって集中力が切れてしまいましたが、弾けるようになっていくのも(微々たるものですが)分かるし、単調な繰り返しでも意外と楽しかったりします。

ただ、それはそうした「一時の楽しさ」に浸っているだけではないか、とも感じます。上手になりたいという明確な目的があるわけでもなく、ただ「弾いて楽しい」状態から脱却できていないようにも感じるからです。だから、楽譜の読み込みも中途半端ですし、音楽を真剣に勉強するということもありません。

スキーなども実はそういった部分があって、より高みをめざすのか、楽しく滑れていればよいのか、どっちつかずな状態だったりします。この三連休に行くのを逃してしまったため、今シーズンはどうやら終わってしまいそうですが、休みを取って平日に行っても、スクールに入って技術を磨くということもなく、どうにも中途半端です。

シーズンのあるスキーはさておき、音楽に関しては季節は関係ないので、本当はもう少しいろいろとやってみたいようにも思います。メインのオーケストラの他に、もう一つ参加することを決めたので、練習する範囲はいろいろと広がるのですが、楽器を弾く楽しさだけに流されないようにはしたいですね。

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2009年3月21日 (土)

終わる時間でコントロールする

土曜日に家事などをしていると、つくづく自分には段取力がないな~などと感じます。
これはマルチタスクができないとかではなく、それぞれのタスクの「終わる時間」からの逆算ができない、という話です。

具体的に今朝はこうでした。今日は練習のために実家に行こうと思ったので、朝起きた後、まずは一番時間がかかりそうな洗濯をスタートし、同時に実家に持ち帰るCDのリッピングをスタートさせました。(PCのパワーが貧弱なため結構1枚1枚に時間がかかります。)

それからシャワーを浴びて、朝ご飯の準備をします。

このあたりまでは良いのです。何をどういう順番でやるのかを、ある程度時間のかかりそうなものからやる。これは初歩の初歩でしょう。

問題はその後です。

ご飯が準備できて、さあ食べようという時に、洗濯が終了します(笑)もう一回まわしておきたいので(自宅の洗濯機は小型で小容量)、とりあえず食べるのを後回しにして、一端洗濯物を干すことにします。その際には、前日までに部屋干ししていた乾いた洗濯物を取り込む必要があります。

ところがその干している間に今度は前のCDのリッピングが終わります(笑)
これまた時間がかかるので、干すのを中断してCDを入れ替えます。その後残りを干して、もう一度洗濯機を回します。

そしてようやくご飯を食べます。かなりばたばたしています。

どうしてこうなるかというと、何かをスタートする際に、あるいはそれが進行中に「終わる時間」を意識していないからでしょう。特にスタートする際に、終わる時間から逆算していないのが致命的で、洗濯機を回しておいてから食事の準備をして、さあ食べようという時に洗濯が終わるというのは、実はしょっちゅうあります。(学習していない・・・。)

複数のタスクを並行して進めるのは、段取りの基本ですが、重要なのは「開始」以上に「終了」時間をコントロールすることなのかもしれません。

ようやくそんなことを思いついて、忘れないうちにブログに書いておこうと書き始めたとたんに、2回目の洗濯が終わりました。終了時間を計算しながらマルチタスクを進めていくのは難しいです・・・。

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2009年3月19日 (木)

対談とコミットメント

※今日の内容はCSR日記にも掲載しています。

CSRレポートの大きなコンテンツに「トップコミットメント」があります。
以前はいかにも「ご挨拶」のような内容が多かったのですが、最近はいかにも「コミットメント」といった内容が増えてきているように思います・・・そんなにたくさんの報告書はチェックしていませんが(笑)

いかにも、と書いたのは、同じように報告書に携わっている身として、本当にトップが自分の言葉でこれを語っているのだろうか・・・などと思ってしまうからです。

トップコミットメントは、最近では第三者によるインタビューをもとに書かれることが多いようです。そのものずばり「対談」という形で掲載している報告書も見られるようになってきました。
(かくいう自社の報告書もそうした対談を掲載していますが・・・笑)

ですが、その内容がいかにも「CSRのコミットメントでございます」という内容になってしまっているように見えてしまうものも少なくありません。多 くの場合、インタビュアーはこの世界で知られている人なので、それを知っている人にとっては、「ああこの人ならこういうことを聞くだろうな」ということは 分からなくはないのですが、さて、そうしたことを知らない多くの一般の読者のみなさん(これには自社の従業員も含まれます)にとってはどうだろうか、と考 えてしまうのです。

この人にはもっと本音の部分で聞きたいことがあるのではないか。
この質問は、会社の側で用意した(あるいは想定済みの)質問ではないか。
そもそもこのトップの回答は、普段言っていることと矛盾していたりしないのか。

2年前から対談を掲載し、今回3回目を行う身としては、自社の対談においてもそういった状況に陥っていないか、気にならなくはありません。

対談やインタビューといったライブの場面で出てくるのは、本音かあるいはシナリオです。
本音としてそのメッセージが出てくるほど、CSRという概念がトップに浸透しているのであれば、こうまで企業のCSRが叫ばれることはないでしょう。トップの本音は組織の方向性を決めるものでもあるからです。

そういった意味では、最近は「対談」と「コミットメント」は分けてしまってもよいのでは?という気がしています。

コミットメントは、本来考え抜かれ、整理され、その上で血肉となっている必要があります。ただ、現実には組織やトップの血肉にまではなっていないから、CSRレポートのような形で毎年確認をしていくことで、血肉としていくプロセスを設ける必要があります。

それが対談の役割だとすれば、その内容がいかにもシナリオ然としたものだと、本当はどうなのか、という気になってきます。

むしろ対談については何も考えずに、ある種の「社会との対話」として組み立ててしまった方がよいのではないか。その上で、抜け落ちてしまう部分については、整理された「コミットメント」あるいは「ご挨拶」として提示したほうがよいのではないか。

ちょっとまとまりませんが、最近はそんなことを考えています。

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2009年3月18日 (水)

ほぼ日手帳以外の選択肢

今日はHP Miniに6セルバッテリーをつけて持ってきています。いつもよりさらに重いです・・・が、MacBookAirを持ち歩くことを考えたらまだ軽いでしょうか(と再び物欲を匂わせてみたり)。

昨日、ほぼ日手帳をどうしようかと書いたので、とりあえず手元にある手帳を引っ張り出してみました。今年は早い時期にほぼ日手帳に決めてしまったので、ほとんど購入していないのですが、毎年いくつかの手帳を比較していたりします。

2009年版の手帳で今手元にあるのは、モレスキンのマンスリータイプです。もともとはオーケストラ用に買ったのですが、今のところ使っていません。見開き1ヶ月のシンプルなものですが、薄いのと、ソフトカバーなので持ち歩きは楽そうです。内ポケットにも入りますが、ペンホルダーがないので、ペンについては別に持ち歩く必要があります。

もう一つはシステム手帳ですが、6穴サイズといってもこれはちょっとポケットに入れて持ち歩くのはつらそうです。また、2009年版は購入していませんが、以前ちょっとだけ使っていた超整理手帳という選択肢もあります。これは印刷した紙を持ち歩きやすいという利点があって、意外とさまざまな用途に使えます。

個人的には、モレスキンの手帳などは持ち歩いてみたいと思うのですが、今のところ使い方がイメージできません。もともとほぼ日手帳のマンスリーページも使えていないぐらいで、どうもマンスリータイプというのはあまり相性がよくないのです。
そもそもスケジュール管理にはあまり使っていないということがあるのかもしれません。

そう、もともとスケジュール管理にはあまり手帳は使っていないのです。であれば、そもそも手帳を持ち歩く必要があるのか。メモ帳だけでよいのではないか、という気もなってきます。

タスクの管理もGoogleカレンダーにしてしまえば、意外と紙の手帳は無くてもよいのかもしれません。さすがにいざというときのメモは必要だとは思うのですが、そうなるとなおのこと超整理手帳あたりが「ポケットに入れておく」にはよいのかも・・・。

必要な情報は基本的にデジタルで管理する・・・というのは、実は以前はやっていたのですが、CLIEを使わなくなってほぼ日手帳を使うようになってから遠ざかっていました。
そろそろ回帰というのを考えてみてもよいのかもしれません。いろいろと進歩もしていそうですし・・・。

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2009年3月17日 (火)

ほぼ日手帳をどこまで使い倒すか

しばらくCSRネタが続いたので・・・。

パソコンを持ち歩くようになって、ほぼ日手帳をどうしようかという気持ちが生じています。理由は「重いから」というシンプルなものですが、現実問題として、打ち合わせなどでメモをとる必要がある場合には別に大判のメモパッドを持ち歩いていることが多く、それではほぼ日手帳は何のためにあるのか、ということなのです。

ほぼ日手帳の今の使い方は、1週間ぐらい先までのスケジュールと、当日翌日のタスクの管理、ちょっとしたメモになっています。長期のスケジュール管理はGoogleカレンダーで行っているので、ほぼ日手帳はタスク管理が中心で、スケジュールの記入はそのための時間を把握するためです。なのでスケジュール調整をする場合は、ほぼ日手帳ではなくHT1100のカレンダーを参照する必要があります。

クローズリストとしてタスクを管理するのに、ほぼ日手帳の1日1ページは便利ではあるのですが、タスクを管理するだけならもう少し薄くて軽い手帳でもよさそうな気がします。一時使っていたモレスキンのウィークリータイプでは1日に書き込める量が足りないのですが、見開きで1週間程度の手帳であれば「タスク管理だけであれば」十分な気がしますし、そもそもタスクについてもGoogleカレンダーなどのオンラインツールを使うという方法もあるでしょう。
(もっとも「タスク管理」だけだとスケジュールが漏れるため、ほぼ日手帳にもスケジュールを書き込むようになったという経緯はあります。スケジュールも併記するとなると、見開き1週間でもちょっとつらいかもしれません。)

手帳にタスクや予定を書き込むことで、頻繁にそれを見ることになり、常にそのことを考えるようになれる、という使い方もありますが、そのためにはほぼ日手帳はちょっと大きくてかさばるのです。(今はかばんの中に入っています・・・。)

同様にHT1100についても、パソコンを持ち歩くようになって使う機会が減ってしまったので、さてどうしようかという状態なのですが、こちらは契約(一年契約)の問題もあるので、次の更新機会までに考えればよいことです。

さらにできればメモパッドもパソコンに切り替えたい・・・などとは思うのですが、今持ち歩いているHP Miniは、バッテリーがどうにも持たないので、これをメモパッドにすることはできません。正直そのあたりも何か検討したいなと思いつつ、まずはほぼ日手帳の見直しから考えてみたいと思います。

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2009年3月16日 (月)

貧困のない世界を創る

※今日の内容はCSR日記にも掲載しています。

先週の「環境とビジネスは両立するか」に引き続き、日曜日に同じくアカデミーヒルズで、グラミンバンクのムハマド・ユヌス博士の話を聞いてきました。(知りませんでしたが物理学博士だそうですね・・・銀行家とはまったく関係ないですが。)

個人的に印象に残ったのが、講演の中で博士が「たったの27ドルを42人に貸すことから始めた」と話していたことです。同時通訳の中なので細かいニュアンスは違うかもしれませんが、この「たったの」というのがふと気にかかりました。

バングラディシュにおいてグラミンバンクのマイクロクレジットが成功したのは、その27ドルで「人生が救われる」人と、その27ドルを「たったの 27ドル」と感じられる人とが社会の中に存在したから。つまり、圧倒的な格差があったためではないか・・・そんな気がしたのです。

ただし、これはマイクロクレジットに対するネガティブな指摘とは考えていません。その格差は彼が作り出したものではないですし、そもそも「格差がある」ということと「貧困がある」ということは同一ではないからです。
そこで改めて感じたのは、「格差」と「貧困」はあえて分けて考えたほうが、実はスマートに進められるのではないか、ということでした。

「格差をなくせ」と叫べば、その格差社会において上位にいる者が反発するのは当然の話なのです。そうではなく「貧困をなくす」。その原因は格差かも しれないけれども、そのことは棚に上げておいて、社会を底上げするために力を貸してもらう・・・正義の鉈を振りかざすのではなく、そんな仕組みを作り上げ ることが、まずは必要なのかもしれません。惻隠の情みたいで個人的にはちょっと気にいらないところもありますが・・・。

もう一つなるほどと思ったことがありました。それはチャリティの価値について問われた際に答えていた言葉です。

「チャリティは、できる限り早くそこから抜け出すことを目的にするべき。」

どういうことかといえば、チャリティは一時の緊急避難としてはきわめて重要だが、それを受ける側が、受けることに慣れてはいけない、ということで す。その緊急状態から脱出するにはどうしたらよいかを考え、持続的な仕組みを整える・・・その回答の一つがマイクロクレジットなわけですが、これは「寄 付」という行為を考える時に押さえておきたいポイントだと思いました。

講演を聴きながら感じたのは、博士の信念の強さというか、ゆるぎない考え方でした。マイクロクレジットは、そのアイデアが賞賛されることが多いよう に思うのですが、実はそれ自体は画期的なアイデアというほどのものではなく、実行者の信念と実行力こそが成功のポイントではないかと感じました。

恥ずかしながら「貧困のない世界を創る」はまだ読んだことがないので、近いうちに読んでみたいと思います。

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2009年3月13日 (金)

イノベーション・オフセット

※今日の内容はCSR日記にも掲載しています。

昨日はアカデミーヒルズ六本木BIZの環境シリーズ「環境とビジネスは両立するのか」というセミナーに参加してきました。すでにファーストインプレッションは書いたのですが、内容のまとめも兼ねて少し振り返ってみます。

講演で大きなポイントになったのが、「適正に設計された環境規制は、企業の国際競争力を強化させる」というマイケル・ポーターの仮説です。さまざま な著作が翻訳されているポーターですが、この仮説についてはこれまで翻訳されたことがなかったそうで、会場で講演シャン尾三橋氏が監修して翻訳されたとい う書籍が配布されました。これはまた別の機会に紹介したいと思います。

このポーターの仮説は静学(statics)ではなく、動学(dynamics)を前提にしています。あまり解説がなかったのですが、ようするにあ る一定の条件に固定された世界で考える従来の静学では環境対策はコストでしかないが、時間の概念を導入した動学では環境目標と産業の競争力は両立するとい うことのようです。

ポイントになるのが「イノベーション・オフセット」と呼ばれる考え方で、初期投資費用をイノベーションによって相殺するというもの。

比較的わかりやすい例だと思ったのが、ガソリン車の環境規制を厳しく行った日本版マスキー法で、その規制をイノベーションで乗り越えた日本車が、初期投資はかかっていても、最終的に規制対応を怠ったアメリカ車に対して優位を持つことができた、というもの。

このイノベーション・オフセット自体は、別に環境の専売特許というわけではなく、ようは初期投資が大きくなって一時的には不利になっても、そこでイノベーションを起こすことによって、最終的に勝利を収めることができる、ということになるでしょうか。

そのイノベーションを起こさせる誘因として環境規制を「適正に」するべきだ、というのがポーターの仮説のようです。

このイノベーション・オフセットを起こすために求められるポイントが次の3点。

  1. 適正に設計された環境規制は、他国よりも、先んじて法制化されれば、他国の競合企業よりも間違いなく利益をもたらす。
  2. 手ぬるい環境規制よりも厳格な環境規制の方がイノベーションを誘発する。
  3. 厳格な環境規制は、資源生産性の向上を促し、省エネ、省資源による利益を生み出す。

この3点のうち、最初の2点は「環境」というキーワードがなくても通用する考え方なので、特に環境とビジネスにおいて考えなければいけないのは3点目ということになるでしょうか。

これは意外と大切な視点だと思います。大切なのはその規制に対応することが「環境にやさしく」なるのではなく「資源生産性の向上を促す」ことにつな がるかということ。「環境にやさしい」だけでは、時として資源生産性の向上には結びつかないことがあるのではないか・・・ということは疑ってかかる必要が あるのかもしれません。

ちなみに「よい環境規制」というのはこういうものだそうです。

  1. 人々の健康(安心・安全)を守るための規制
  2. 環境破壊、劣化を防ぐための規制
  3. 早晩、実施が見込まれる規制
  4. イノベーションを誘発させる規制

今企業をとりまく環境規制のうち、1と2については強く意識されていますが、3と4についてはどれだけ意識されているでしょうか。法規制に限らず、社会が(生活者が)企業に求める環境対応というのも、実はこうしたことを意識していく必要があるのかもしれません。

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2009年3月12日 (木)

NPOやNGOへの寄付を説明する

※今日の内容はCSR日記にも掲載しています。

ここしばらく、社内のマッチングギフトで支援する団体を選定するために、NPO団体の情報を集めて整理しています。多くはホームページを参照しながら進めるのですが、情報の開示度合いに大きな差があって、横並びに比較していく難しさを改めて感じているところです。

このあたりは、企業の情報開示にガイドラインを設けて横並びに比較したいという要望と同じようなものかもしれません。

こういう仕事をしていながら、寄付などにはほとんど関心がないのですが、こうしたNPOへの寄付について、どうやって説明責任を果たしていったらいいのか、といったことには興味があります。社会システムとしての寄付はどのように説明され、各団体は何をもって自団体への寄付を正当化し、ステークホルダーに対して訴えかけていくかという部分です。

そういった意味では、企業とステークホルダーの関係はかなりシンプルです。商品やサービスを提供する相手とそれに対してコストを負担する相手が多く の場合同一だからです。広告モデルによる無料サービスなどは少し違ってきますが、意識上はあまり差がないと考えてよいはずです。

一方、NPOの場合は少し話が違ってきます。NPOへの寄付とその活動の関係は税金と行政サービスに近いと考えることができると思うのですが、ようするに寄付という形でコストを負担するステークホルダーと、それによるサービスを受けるステークホルダーとが、必ずしも同一ではないのです。

この場合、特にコストを負担するステークホルダーに対する説明責任はどのように果たされるべきか、ということが大きな問題になってきます。「良いことだから」というのは、相手の情感に訴えただけで説明とは言えないので、多くの場合その負担根拠は明確ではないというのが実情でしょう。

税金の場合は、徴収段階で説明が行われます。「これは所得に対するものです」「これは消費に対するものです」といった形で、社会的な合意事項として、コストを負担することが義務付けられて成り立っています。これは「みんながルールに基づいて負担するもの」だから成り立つ考え方で、そこに公平性があればおおむね受け入れられます。

一方、寄付の場合はそういった負担段階での説明はできません。一様に負担するものではなく、各自の意思に基づいて行うものだからです。であれば、その負担に対する説明は使途が何で、どのように使われたか、というアウトプットの段階で行われる必要があります。

「良いことに使っている」では、負担段階での説明に過ぎないため、本来は問題があると思うのです。それを寄付する側が無批判に受け入れてしまっては、単なる「寄付をした」という自己満足にしかなりません。その負担によりどういった効果がもたらされるか、ということを具体的に把握した上で、そのサー ビスに対するコストを負担する、というのが本来求められる「賢い寄付者」のあり方でしょう。

そう考えると、CSRで求められる情報開示以上に、NPOにはSRが求められる(NSR?それともOSRでしょうか)ということになります。さらにかかわるステークホルダーには彼らにそういったことを求めていく責任があるということも考えられそうです。

一方で、今回の考察を進めるうち、企業に求められている社会貢献やCSRというのは、行政だけでなく、NPOが担っていたような公共サービスにも及んでおり、これは行政の失敗であると同時にNPOの失敗ということでもあったのではないか・・・そんな気がしてしまいました。

21世紀はNPOの時代と言われていますが、実はそう叫ばれること自体、NPOが担っていた領域が企業に侵食されつつある、ということなのかもしれません。

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2009年3月11日 (水)

自社の強みに集中する

一昨日の日経新聞の夕刊に、日本政府がウクライナから排出量3000万トンを購入するという記事がありました。
それに対する評価はさておき、その記事を読んだ時に目について気になってしまったのが同じ紙面の「あすへの話題」で京都銀行頭取の柏原康夫氏が書かれていた「選択と分散の経営」というコラムです。

大雑把に言えば、企業経営でよく言われる「選択と集中」という手法に対して、自分達のような規模の地方銀行においてはリスクが大きいということを書かれています。

そうした考え方は色々だと思いますが、気になったのは「集中」のリスクとしてあげられていたことでした。

・一般的に営業範囲が地域限定的であること。
・かつては基幹産業であっても経済構造の変化や社会環境の変化で衰退していく時にリスクが集中してしまうこと。
・利益率が高いといって一業種に集中するリスク。
・効率的だからと大口に集中することのリスク。

などなど、効率的な経営資源の投入であっても、集中ほど恐ろしいものはなく、選択は欠かせないが、集中は避けて「選択と分散」を行うことが大切、とまとめています。

気になってしまったのは、あげられていた「集中」が「自社の(地方銀行の)強みなのか」という疑問です。

営業範囲が限定されているというのは、単なる環境です。それを「強み」と定義するのであれば、その結果他社よりも有利である何かがなければなりません。より地域に密着したきめ細かいサービスができる、とすれば「強み」だと思いますが、それを活かさずに分散するというのは、営業範囲を広げるということでしょうか。

また、その他に挙げられているのは、すべて「投資先が強いかどうか」であって、それは自社の強みとは関係ないのではないでしょうか。自社の強みというのは、投資先が基幹産業だとか、利益率が高いとか、大口だとかで定義されるようなものなのか。それが気になってしまいました。

そうではなく、経済構造の変化をいち早く察知できる調査部門を持っているとか、業種や環境に左右されず一定の利益率を確保できる仕組みがあるとか、大口から中小まで幅広く対応できる業務システムがあるとか、そういった「自社の」経営資源こそが、ここでいう強みであって、その中で何により特化していくのかを考えるのが「選択と集中」の意味だと思うのですが・・・。

このコラムを書かれた頭取は、天の邪鬼を自認しているとのことで、この「選択と集中」に疑問を提示していたわけですが、同じ天の邪鬼として、その考えにツッコミをいれてみました。

選択し、集中すべき「強み」は何か。「選択と集中」を考える際に問題なのは「強み」をどう定義するかであって、「集中する」ことではないと思います。

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2009年3月10日 (火)

HP Miniを再びVistaにする

HP MiniのVistaへの移行ですが、まだもろもろのソフトウェアのセットアップなどは終わってはいないのですが、とりあえず持ち歩ける状態までの設定は済んだので、今日は持って来ました。

もっとも、まだ更新プログラムが残っていのか、こうして書いている間もなにやらディスクがガリガリと動いていますが(笑)

とりあえず多少なりとも快適に動かしていくための設定の見直しはこれからやっていく必要があります。はっきり言って今の段階では、XPから再びVistaにしたのを後悔するほど動作が鈍いのは確かです。(でも画面のデザインなどはこっちのほうが好きだったりします。)

一応記録ということで、ここまでの作業を書き出してみます。

  1. リカバリディスクからVistaをセットアップ。その際にパーティションを再構築して前のデータは削除しました。(なんだかそのまま進めるとXPからのアップグレードになりそうな気配だったので念のため。)
  2. 次にHPから提供されているドライバーディスクからドライバーと推奨されるソフトウェアをインストール。この段階ではまだネットワークには接続していません。
  3. 続いて無線LANでインターネットに接続し、フリーのセキュリティソフトであるavast! Home editionをインストール。おっと、その前にIEのブックマークをバックアップからエクスポートしていました。必要なソフトウェアのダウンロードのためのサイトなどもブックマークしているからです。
  4. その後はひたすら更新待ち。とにかく遅い(パソコン自体もそうですが、ネットワークも実はそれほど速くありません。)ので、ここに一番時間がかかるといっても過言ではないでしょう。
  5. 昨日の夜はようやくメールのセットアップとイーモバイルの接続・・・で今日に至る。

今の段階ではここまでですが、この後はブラウザやオフィスソフト(OpenOfficeですもちろん)のインストールを行う必要があります。HPに推奨されてインストールしたソフトも含めて、必要かどうかはその後ゆっくり見極めていくつもりです。

(すくなくとも今の段階で、いくつか「あっても仕方ない」「あると邪魔になりそう」なソフトがあったりします。ディスクには余裕がありますが、何しろ基本的には非力なPCなので、余計な負荷になりそうなものはそぎ落としておきたいというのが正直なところです。)

そしてその後は・・・Linuxの導入にチャレンジしてみたいのですが、どうでしょうねぇ。Vistaに入れなおした動機の一つが、「デュアルブートにして必要に応じて使い分ければ」というものだったので、なんとか実現してみたいところですが、ネットで検索してみると意外と面倒そうなので、実際にやるのは少し先になりそうです。

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2009年3月 9日 (月)

利益追求より消費者第一

週末にHP MiniのVistaへの再セットアップを行ったのですが、まだ持ち歩ける状態まで設定が完了していません。
そのため今日はHT1100からの更新です。やっぱり鞄は軽いです・・・。

先週出席したセミナーで、消費者(生活者)の意識調査の分析結果についての紹介がありました。
内容自体はとりたてて目新しいということは無かったのですが、改めて引っ掛かってしまったフレーズが一つあります。

それは、生活者は企業に「利益追求よりも消費者第一」を求めている(昔から変わらないが、その傾向はより強くなっている)という話です。

これがなぜ引っ掛かってしまったかというと、聞いた瞬間に少々意地悪な考えがひらめいてしまったため。

企業の利益追求よりも消費者第一を求めるのは、自らの利益を求める消費者としては至極自然な感情です。「消費者利益よりも企業利益」を求める「消費者」がいたら、それはあまりに不自然でしょう。

しかし、そうであれば、逆に企業が「消費者よりも自社の利益」と考えるのも、至極自然ということになります。消費者が自分の利益を優先するように、企業も自分の利益を優先すると考えるのは、あまり特殊な考え方ではないような気がします。

こういった対立関係になってしまうのは、企業利益と消費者利益を対極に捉えた上で、企業利益「よりも」消費者利益という捉え方をしてしまっているからです。

そうではなく、両者のベクトルを揃えた上で、企業利益「のために」消費者利益を追求するという関係にしなければ、両者はいつまでも平行線になってしまうでしょう。

もっといえば、両者が対等な立場となっていくには、この「ために」を逆に使うことも考えていく必要があります。

消費者利益「のために」企業利益を追求する。

これはつまり、企業だけが利益を追求するということではありません。企業が自らの利益のために消費者利益を追求するように、消費者もまた自らの利益のために「企業利益を」追求することが必要になってくるのではないか・・・そういうことです。

「情けは人のためならず」にも通じるような話ではあるのですが、企業人としてではなく、いち消費者として、企業(自社ではありません)に対して、新たな利益を提供していく(ただ商品を買うだけでは対価を提供したにすぎず、消費者側からの付加価値を加えた形の利益を企業に提供することにはなっていません)方法は何があるか。

そういったことを考えることも必要な気がします。

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2009年3月 7日 (土)

土曜日ですが

このところ睡眠不足が続いているような気がしたので、今日はスキーに行くのはやめて心ゆくまで寝よう!と思っていたのですが、なぜか6時半に目が覚めてしまいました。

しばらく布団の中にいましたが、眠気も復活しないので、仕方なく起きだし、洗濯をしながら過去のエントリーのカテゴリーを付け直しました(HT1100からのエントリーは「カテゴリなし」になってしまうので・・・。

意外にHT1100に切り替えてからのエントリーがあり、途中で飽きてしまいましたが、(ほぼ)毎日やっていればなんだかんだで蓄積されるものだと改めて感じてしまいました。

・・・つぶやきでした。さて、今日はこの後何をしますかね。

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2009年3月 6日 (金)

CSR日記の再開・・・とパソコンの話

先日ちょっとだけ触れましたが、CSR日記へのエントリーを正式に再開することにしました。

もっとも毎日は無理だと思います。現実問題として自分がブログを書くために確保できる時間はこのENIGMAを書いている朝の時間帯だけだからです。

今のところ考えているのは、両者のエントリーを一緒にしてしまうこと。

もともとこのブログは自分にとってのドキュメント(シンク?)アーカイブとしての性格があるのですが、であれば、CSR日記の内容についても「アーカイブとして」エントリーしてしまっても良いのではないか・・・そんな風に考えたのです。

ですから、日によっては同じエントリーが両者に並ぶ、ということになります。もちろん、朝の時間に2本書く余裕(精神的時間的余裕)があれば、書くこともあるでしょうし、でもその場合、こちらには2本ともエントリーされる、ということになると思います。

あえて懸念事項を挙げるとすれば、そうしたエントリーをするためには、パソコンが必須であるということ。
再びブログのためだけにパソコンを持ち歩く日が始まりそうです・・・。


そのパソコンですが、一旦XPにしたHP Miniを、ふたたびVistaに戻すことを考えています。(リカバリーディスクを買わなければなりませんが・・・笑)

理由は、一度はHP Miniをメディアマシンにして、Let's noteをモバイルマシンにすることを考えたのですが、冷静に利用機会を考えてみると、アダプターを持ち歩く必要のあるような長期の旅行など、そういった時こそ「パソコンの中の音楽や映像が必要になる」ということに気づいたからです。

逆に普段こうしてブログを更新するためだけなどにちょっと持ち歩くだけのモバイルマシンは、アダプターを持ち歩く必要がありません。

アダプターを中心に考えるのも変な話ですが、であればHP MiniはXPにこだわる必要もなく、むしろ(勉強もかねて)Vistaにしておいた方が良いのではないか・・・と。

重くなってしまうのはある程度覚悟の上で、近々再度リカバリーをしてみようと思います。もっとも、戻してみたら重すぎてストレスが・・・ということになれば、改めてXPに戻すなんてこともあるかもしれません。

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2009年3月 5日 (木)

自分のブログを読み返す

走れ!プロジェクトマネージャーの「自分のブログを読み返す」というエントリーを読んで、だいぶ以前に自分が書いたエントリーを思い出しました。

自分の過去のエントリにトラックバックする

こんなことを書いておきながら、ぜんぜんやっていませんが(まぁHT1100で読み返すというのはつらいので、パソコンがなければできないわけですが)、改めて昔のエントリーを振り返ってみても良いかもしれないなどと思いました。

それにしても、ちょっとだけ読み返してみたのですが、今よりもずいぶんと色々なことを考えている(というか書きなぐっている)気がします。これは深い思索があったということではなく、単に「色々なことを書いている」ということなのですが、そうした書くハングリーさというのが、最近は薄れているのかもしれません。

考える時間がないのか、そもそも考える気がないのか、最近はどうも単なる日記のようなエントリーが多いような気がして、少し目的やテーマを掲げた「書き物」をしても良いのかもしれない、などと反省した次第です。
(もっとも、その役割は本来CSR日記にあるんですけどね・・・。)

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2009年3月 3日 (火)

パソコンを持ち歩く価値

昨日のことですが、ウェアやグッズなどの名入れを行っている会社の方が、その会社の社長さんと一緒に挨拶に見えました。最近はメタボやエコがキーワードということで、エコバッグなども手がけているそうですが、さすがに闇雲に作ることはなくなっているようで、「エコバッグを通勤に使うような方はなかなかいませんからね~(笑)」と営業の方がおっしゃったのですが、「いやいや(本社では)結構いるよ」と社長さんが一言。

帰りがけに気づいたのですが、社長さんは確かにエコバッグに必要最低限の持ち物を入れて持ち歩かれているようでした。実際のところ営業の方とは違ってそれほど持ち歩くものがないのでしょうが、エコバッグで持ち歩ける程度に持ち物を減らすということも大切な気がします。

かくいう自分はといえば、ただでさえ大仰なハードシェルの鞄に、今日は(仕事に使うわけでもない)パソコンを持ってきています。HP Miniの方ですが、背負っているときはともかく、持っているときはその重さが腕に響きます。朝はともかく、帰りがしんどそうです。

さておき、パソコンを持ってきたのは、やっぱりこちらの方がブログの更新にはいいなぁなどと感じつつあるためです。一番大きな違いは、ネタがない時や補足的に知りたい時に、とりあえずネットで情報を収集できる点でしょうか。HT1100でももちろんネットには接続できますが、通信と入力を同時にできない仕様のため、使い勝手にはかなり厳しいものがあります。

実際のところ、今日のネタなどはパソコンがなくても更新できたのではないか・・・という気がするのはさておき、いざという時の安心感というか、ネタの幅を広げるという意味でも、持ち歩く価値がないわけではない、とは思います。大体、2台のモバイルパソコンを現役で使っている以上、1台は自宅待機にしても、1台ぐらいは持ち歩かないともったいないというか、持っている意味がありません・・・。

今日はちょっと試験的に持ってきたわけですが、CSR日記の更新のことなども考えると、やはりパソコンは持ち歩く必要があるのかなぁなどと思う今日この頃です。

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2009年3月 2日 (月)

暖冬は温暖化の兆しか

土曜日にスキーに行ってきました。前日までとはうってかわって、日差しが強くて暑いぐらいの天気でした。

それでも、前日に降った雪のおかげで、午前中はかなり気持ちよく滑ることができました。基本的に人工降雪機を使うスキー場なので、コース以外では雪が薄いところも目立ちましたが、ブッシュが出てしまっているところもなく、快適に滑ることができました。

そこで思い出したのが、野沢温泉でメモをしたきりで、続きを書いていないこの話題です。

[暖冬は温暖化の兆しか]
この時期に雪がないことを短絡的に温暖化に結びつけるのは、イメージばかりでむしろ誤解のリスクが大きいのではないか。

私は温暖化懐疑論者ではないのですが、ちょっと考えれば、1年や2年で目に見えて雪が減るほど温度が上昇しているとしたら、数十年後には人が住めないような暑さになってしまうはずです。もちろん、無関係とは思いませんが、暖冬で雪が減る=温暖化というのは、いくらなんでも短絡的でしょう。

そもそも自分自身のスキー経験から考えても、今年よりも雪が少ないという年は過去にもあったように思うのです。
長い目で見れば、そうした暖かい冬の頻度が徐々に上がっていくということは言えるのかもしれませんが、今年1シーズンを捉えてそのように喧伝してしまうと、翌年雪が降った際に反動が出てしまうのは想像に難くありません。

もっとも、ここ数年は雪道に遭遇する機会もめっきり減ったということを考えると、実際に雪は減りつつある、ということは確かに言えるような気もします。もっともそれも、道路の融雪能力(?)が上がったということなのかも知れませんけどね。

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