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2009年3月19日 (木)

対談とコミットメント

※今日の内容はCSR日記にも掲載しています。

CSRレポートの大きなコンテンツに「トップコミットメント」があります。
以前はいかにも「ご挨拶」のような内容が多かったのですが、最近はいかにも「コミットメント」といった内容が増えてきているように思います・・・そんなにたくさんの報告書はチェックしていませんが(笑)

いかにも、と書いたのは、同じように報告書に携わっている身として、本当にトップが自分の言葉でこれを語っているのだろうか・・・などと思ってしまうからです。

トップコミットメントは、最近では第三者によるインタビューをもとに書かれることが多いようです。そのものずばり「対談」という形で掲載している報告書も見られるようになってきました。
(かくいう自社の報告書もそうした対談を掲載していますが・・・笑)

ですが、その内容がいかにも「CSRのコミットメントでございます」という内容になってしまっているように見えてしまうものも少なくありません。多 くの場合、インタビュアーはこの世界で知られている人なので、それを知っている人にとっては、「ああこの人ならこういうことを聞くだろうな」ということは 分からなくはないのですが、さて、そうしたことを知らない多くの一般の読者のみなさん(これには自社の従業員も含まれます)にとってはどうだろうか、と考 えてしまうのです。

この人にはもっと本音の部分で聞きたいことがあるのではないか。
この質問は、会社の側で用意した(あるいは想定済みの)質問ではないか。
そもそもこのトップの回答は、普段言っていることと矛盾していたりしないのか。

2年前から対談を掲載し、今回3回目を行う身としては、自社の対談においてもそういった状況に陥っていないか、気にならなくはありません。

対談やインタビューといったライブの場面で出てくるのは、本音かあるいはシナリオです。
本音としてそのメッセージが出てくるほど、CSRという概念がトップに浸透しているのであれば、こうまで企業のCSRが叫ばれることはないでしょう。トップの本音は組織の方向性を決めるものでもあるからです。

そういった意味では、最近は「対談」と「コミットメント」は分けてしまってもよいのでは?という気がしています。

コミットメントは、本来考え抜かれ、整理され、その上で血肉となっている必要があります。ただ、現実には組織やトップの血肉にまではなっていないから、CSRレポートのような形で毎年確認をしていくことで、血肉としていくプロセスを設ける必要があります。

それが対談の役割だとすれば、その内容がいかにもシナリオ然としたものだと、本当はどうなのか、という気になってきます。

むしろ対談については何も考えずに、ある種の「社会との対話」として組み立ててしまった方がよいのではないか。その上で、抜け落ちてしまう部分については、整理された「コミットメント」あるいは「ご挨拶」として提示したほうがよいのではないか。

ちょっとまとまりませんが、最近はそんなことを考えています。

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