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2009年9月 8日 (火)

企業の社会貢献を3層構造で考える

企業による社会貢献をどのように組み立てるかを考えたときに、次のような3層構造を想像してみます。

土台となる第1層には、「事業としての社会貢献」。
いわゆる「事業を通じた社会貢献」という奴で、これは大抵の企業が自社の事業を構築する上で持っている考え方でしょう。

ただ、「社会に受け入れられているから」といった漠然としたものではなく、現在の社会の抱えている問題に対して、どのようにアプローチしていくか、という視点は必要な気がします。

食品製造という事業であれば、戦後の食糧が少なかった時代であれば、「安定して」「安価に」提供することが事業の社会的価値につながっていたでしょうが、現在も同じモデルというわけにはいきません。途上国への進出モデルとしては成り立っても、少なくとも日本社会に対しては違ったアプローチで、事業による社会貢献を考える必要があります。

この時に、「対価を得たら社会貢献ではない」といったことを考える必要はないのですが、それについての考察は別の機会にします。

第2層は、「企業としての社会貢献」。
言葉のイメージだけでは事業との違いを説明するのが難しいのですが、社会の一員として、「事業活動とは別に」考える社会貢献とでも考えれば良いでしょうか。

あまり企業毎の独自色は出ない領域なのですが、社会を構成する一員としてやる必要のあること、と考えればよいかもしれません。ようは地域社会での近所付き合いの一環のようなものです。

独自色は出ない、と言いましたが、「最低限求められることだけをやる」のと「プラスアルファで何かをやる」とでは、当然地域での評判は違ってきます。評判のためにやるものではありませんが、どうせやるならそういったところまで踏み込んだ方が良いという考え方もあります。自身ではそう思っていなくても、世間の期待が高くて、それに応えなければならない、ということもあるかもしれません。

何故そんな期待に応えなければいけないのか、と言っても、評判は自分ではなく周囲が作るものですから、どうしようもありません。それに期待されていることが事業活動などにおいて有利に働くこともあるはずです。

第3層は、「従業員による社会貢献」。
個人の問題、と突き放しても良いのですが、特に「家族的経営」を標榜する日本企業の場合、従業員は「家族の一員」ですから、そうした取り組みも当然求められてきます。どんなに「家柄」が立派でも、家族一人ひとりがそうした行動がとれなければ、「所詮は・・・」となってしまうでしょう。

難しいのは、どんなに家族的経営をうたっても、企業と従業員は家族ではないこと。おそらく従業員は企業が考えるほど「家柄」に縛られることはないでしょう。無理に押し付ければ、逆に反発を招く可能性もあります。

また、従業員が「企業の一員として」社会貢献を行っても、それは企業の活動の一部であって、個人の活動とは受け取られない可能性もあります。

何をやっても「やっぱり家柄が違うから」「違う!俺は俺だ!」というパターンですね。場合によっては個人をくさらせてしまう可能性もあるため、そのあたりの距離感が難しそうです。

・・・なんだか最後の方が良く分からなくなってしまいましたので、もう少し考えてみたいと思います。

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