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2009年10月23日 (金)

天下りか否か

日本郵政の社長に元大蔵省事務次官の斎藤氏が指名されて、「天下り」「脱・官僚からの後退」などと騒がれていますが、当人たちはそうは思っておらず、いたって平然としているようです。

それでは「天下り」とはどういうものでしょうか。

まず、官僚時代のコネを活かして職を得たかどうか、ということがあるでしょう。これは、当人がどう思っていても周囲がそう捉えてしまえば同じです。特に職を提供する側に選択の余地がなかったり、断る権利がない場合などは間違いなく天下りということになります。
ただ、それがコネなのか、スキルが正当に評価されてのものなのか、明確に切り分けるのは難しそうです。

次に職を得た後ですが、現職の官僚に対して、「昔のよしみで」何か便宜を求める、あるいは求められる、という関係が発生すれば、それは天下りと判断できるかもしれません。当人同士がどう考えていても、そこに他とは異なる公平ではない関係があれば同じことです。
ただ、それもキャリアを評価したと言われてしまえば、明確に切り分けるのは難しい気がします。特に事務次官まで登り詰めたような大物の場合、当然その分野において能力はあるわけで、そうした能力のある人間に依頼するのはビジネスとしてはまっとうな判断だからです。

そうしたことを考えると、今回の人事を天下り、と呼べるかどうかは少々微妙な気がします。日本郵政が斎藤氏を社長に迎えた結果、官僚から便宜を図ってもらえてビジネス上有利になる・・・というのがあまり成り立たないからです。むしろこの人事の結果、日本郵政に便宜を図ってもらえるようになるのが官僚の方でしょう。民営化によって彼らの手を離れてしまっていた国債の引き受け先が戻ってくることになるからです。

もっとも、それも天下りの一つということはできます。結局のところ、まっとうとは言えない取引関係が発生すれば、それは何らかの馴れ合いがあったということであり、おかしな人事だったということになるのです。
ただ、彼ら自身はそれらをまっとうでない取引とは考えない可能性はありますが・・・。

それにしても知らなかったのですが、日本郵政って株式会社といっても、非上場でしかも財務省が100%株主だったんですね。

しかしそうなると、株主である財務省ではなく、総務大臣が人事に介入しようとしたり、郵政担当大臣とやらが次期社長を指名したりするのは、株式会社のガバナンスとしてはどうなんでしょうか。

株式会社としての日本郵政に対して、どのような権限があって今回の人事が行われているのか、ちょっと気になってしまいました。

CSRレポートとか作ってくれないかしらん。

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