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2009年10月28日 (水)

フードバンクという挑戦

昨日は会社帰りに図書館へ。先日は休館日でしたが、今回は大丈夫でした。

特に目的としていた本があるわけではなく、漠然と読書のために立ち寄ったのですが、昨日は「フードバンクという挑戦」(大原悦子/岩波書店)をチョイス。
実は会社が支援していることもあり、読まなければ・・・と思っていた本ではあります。

日本よりも何年も先行しているアメリカのフードバンク事情も紹介されていましたが、その中にちょっと気になることがありました。以前に比べて食品が集まらなくなっているという話です。

不況で寄付する企業が減った、といった話ではありません。もちろん不況が原因という部分はありますが、大きな理由は物流の見直しや品質の向上によって、「無駄に廃棄される」商品が減りつつあるためだという話なのです。

フードバンクは、元々流通過程などで、品質上は問題がないけれども外見の問題などで売り物にならない、いわば「無駄に捨てられる食品」を生活困窮者に提供する活動です。ここでのポイントは「無駄」が前提の仕組みであること。つまり無駄がなくなれば、提供される食品は減ってしまうのです。

そして企業はそうした無駄を少しでもなくそうと動きます。あるいは、以前はその無駄をなくすコストの方が大きくて放置されていたのかもしれませんが、そうした見直しを行うようになったということかもしれません。

むろんこうした無駄(ロス)は完全になくなるものではないでしょうが、それをミニマムにしようという動きがあるなかで、そのロスに頼っていたフードバンクが岐路に立たされている、というわけです。
すでにアメリカでは一部の食品はPBの形で企業から購入するということもされているようですが、「食品廃棄を減らす」「食料を提供する」という両輪で動いていた活動が、後者を中心に回さざるを得ない状況になりつつあるということですね。
とはいえ、「無駄を出せ」というのは本末転倒です。元々アメリカには教会を中心に困窮者に食料を提供するということが行われていたので、後者だけでもなんとか回していけるのかもしれません。

そこで日本の状況です。日本におけるフードバンクは「もったいない」をキーワードにして、「捨てられてしまう食品を活かす」という点で注目されています。実際の活動はもちろん両輪があってのもので、特に実際に活動している人たちは後者の動機付けで動いていることが多いのですが、社会的な注目、企業の関心は前者にあることが多い。

それはつまり、前者がしぼむ(=無駄がなくなる)ことによって、アメリカ以上に活動が縮小されてしまうリスクが高いということになります。「もったいない」は前者の状態が解消されれば解決されるわけで、前者だけが社会的課題として認知されている状態では、後者の維持は極めて難しくなるでしょう。

そう考えると、なるべく早いうちに、後者への意識転換を図っていく必要があるか、あるいは別のモデルを模索する必要があります。もちろん、そうそう日本人の無駄を出す体質が消えるとも思いませんが・・・。

(なぜかというと、アメリカのにおける無駄な廃棄は、その方が安上がりというある種の経済合理性から生じていたもので、同様に経済合理性によって解消されますが、日本の過剰品質要求による無駄は心理的な要素が強く、元々あまり経済合理性があって成り立っている訳ではないからです。その心理状態が変化すれば一気に切り替わる可能性もありますが、そうそうそういったことは起こらないような気がします。)

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