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2009年12月29日 (火)

モレスキンのプロジェクトプランナー

今日は仕事納めです。でもさすがに電車はがらがらで、いつもより2本も早い電車に座れてしまいました。

さて、新年を迎え、実際本格的に使いだす前に、モレスキンのプロジェクトプランナーの利用に赤信号です。2ヶ月間、コピーしたページで試しに使ってきましたが、いまいち肌に合いません。どう使ったら良いのかイメージがわいてこないのです。
(だったらそもそも買うなよ、という話はさておき・・・。)

そもそも、紙の手帳で「スケジュール管理」ということ自体が、自分の仕事の進め方に合っていないような気もします。変更が多く、確定的でないため、書き直しが面倒になるか、書き直しを躊躇して最初から書かなくなってしまうことが多いのです。

そもそもその仕事のやり方自体を見直す必要があって、むしろプロジェクトプランナーで管理をしていくような仕事の進め方にチェンジしなければいけないとも分かっているのですが、どうにもうまくいきません。

仕事のやり方の見直しについては、来年のテーマとして腰を据えて取りかかるとして、無理矢理手帳の使い方から見直してしまうと、結局どっちつかずに終わってしまうような気がしてきました。
手帳を使いこなすことが目的ではないはずなのに、それが目的になりかねない状態です。

変更が気になる以上、それでも無理矢理紙の手帳に書いて消すのを繰り返すのであれば、その部分については、まずは変更が容易なデジタルで管理をしておき、仕事の進め方の矯正から行った方が良さそうです。

まずはデッドラインをしっかり決めて、逆算で作業スケジュールを組み立てるという進め方がきちんとできるようになってから、手帳での管理を考えていくことにします。
(まぁそれができるようになれば、もう手帳にこだわる必要はない、とも言えるのですが。)


それともうひとつ大きな理由が、使いなれてしまったLAMYの書き味を手放せなかったことです。モレスキンのメモ帳も悪くはないのですが、若干にじんでしまうのと、プロジェクトプランナーでは書き込み欄が小さすぎて実質使えないという制約があります。

ペンホルダーがないため、別に持ち歩かなければならないというのも、多少慣れたとはいえ引っ掛かるところです。

そんなわけで、結局ほぼ日手帳のメモ帳運用に戻りそうな雰囲気です。手帳よりもペンに左右されるというのも変な話かもしれませんが、直接の出力デバイスとして、ペンとの相性というのは重要だなぁなどと考えてしまいました。
やっぱりLAMY2000を買おうかなぁ・・・。

あとはほぼ日手帳の場合、若干サイズが大きくてポケットに入らない問題をなんとかしなくてはなりませんね。

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2009年12月28日 (月)

サービスの労働生産性

大木さんが書かれていた「マニュアルもあるだろうけど、人の話はちゃんと聴こうよ」を読んで、ついついコメントでちゃちゃを入れてしまったのですが、その後のコメントなども読みながら、ちょっと考えてしまったことがありました。

それは、このお客様は、自分の思い通りにコーヒーが提供された時に、そのことを評価してプラスアルファの対価を払うだろうか、ということです。お客様、ではなく、我々あるいは日本人でも良いかもしれません。

「いやいや、それは商売に伴う売るためのサービスでしょう、代金に含まれていて当然さ。」

そのように考えてしまうのではないでしょうか。明確に言語化することはなくても、心のどこかにそうした意識があるような気がします。

もしかしたら、その意識が、サービス業やホワイトカラーのような、モノではなくコトで対価を得る労働者の生産性が低いとされる一因なのではないか、そんなことを考えてしまいました。

生産性が低い、というのは、かけたコストに対して、得られるリターンが低いということです。得られるリターンがないのに「無駄なことをする」から、生産性が低いということになります。

それでは、お客様の気持ちを先回りしてサービスを提供することに、明示的なリターンはあるでしょうか?今回のケースでいえば、マニュアルを越えた対応をしても、リターンは同じですから、その分のリターンはありません。リターンがないということは、生産性の面から見たら「無駄なこと」ということになります。

仮に対価として上乗せされていなくても、結果利用する人が増えるのがサービスの効果だ、とすれば、その効果は少なくとも内部的には定量的な評価がされていなければ意味がありません。ですが、多くは「サービスが良い」というプラスの評価ではなく、「サービスが悪い」というマイナスの評価ではないかという気がします。それではリターンが上昇することはないため、やはり生産性は低いままです。

そうした内部の話はさておき、サービスを受ける消費者として考えたときに、自分達がそのサービスをポジティブに評価し、対価を提供するということをしていれば、実は日本の第三次産業の労働生産性が低いと評価されるなんて事はなかったのではないか、そんな気がしてしまいました。

以前マクドナルドで「スマイル0円」というキャンペーンがありましたが、これを「スマイル10円」と評価していくことも、社会の構成員である消費者には(生産者への動機付けも含めて)必要なのではないでしょうか。「スマイル0円、ノースマイル-10円」では、生産性は下がるばかりで、それは結局生産者でもある自分たちの首を絞めることにもつながっていくような気がします。

(もっとも、これを生産者が言ったらいけないわけで、あくまでも消費者側の成熟という形で生まれなければ意味がありません。よくも悪くも日本は生産者主導で社会が形作られていて、それが結局、コストダウンの形でサービスの対価を下げる圧力として働いているのかもしれない、とも思います。)

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2009年12月25日 (金)

考えをまとめ、文章化する

このところ、ネタ以上に文章に詰まることが多いような気がします。昨日のようにまとまらない内容になってしまったり、書くのに時間がかかってしまうこともしばしばあります。

もしかして、文章力が低下してきている?

厳密には文章を書く際の瞬発力のようなものですが、そうした「考えをまとめ、書くチカラ」が低下してきているのではないか・・・そんなことを考えてしまいました。

もっとも、文章力というのはあまり「低下」するようなものでもないような気もするので、「成長していない」ということなのかもしれません。

これだけ長く続けていて、成長していない・・・このブログをスタートしたのは2006年の1月なので、もうすぐ丸4年。実際にはその前に2年ほど別のブログで書いていましたし、さかのぼれば社内で2000年にスタートした日記がきっかけですから、そこから数えればもう10年になるのです。

でも成長していない。

もちろん、成長を志向して書いていた訳ではない、ということはありますが、むしろ昔の方が色々と面白いことを書いていたのではないか、という気がします。

この面白いというのは、読んで楽しいとかではなく、普段考えないようなことを考える機会になっていた、ということです。ネタに詰まるのはその部分が薄れているからですが、さてそれはそれとしても、文章がまとまらないのはどういうことなのか。

もっとも、結局書くチカラではなく、考えるチカラの低下が、書く内容に影響しているということはあるのかもしれません。

昔書いた内容を読み返すことはほとんどありませんが、以前は「考えたこと」が中心で、今のように日々の出来事(オケのことなど)のようなものはほとんど書いていなかったはずです。ある意味日常生活とは離れた時間としてブログを書く時間があったわけですが、そうした非日常的な「思考」が減ってきているのかもしれません。

ただ、では昔のような内容に戻せばよいのかといえば、それも違う気がします。それでは成長ではなく退行です。むしろ新しい方向をめざした方がよいはずです。

さりとて、何か思い付く方向があるわけでもなし、だらだら続けてしまいそうですが・・・。

5年目への突入を前に、一度考えてみる必要があるかもしれません。
(一度?では無理でしょうし、そもそも考えるための時間はこのブログを書くのに費やされてしまっているのが、そもそも変えられない原因かもしれませんが・・・。)

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2009年12月24日 (木)

お金儲けは汚い

阪本啓一さんのメールマガジン「電脳市場本舗〜Marketing Surfin'09〜」のwave#656「ビジネスロックンローラー」に、社会起業について考えさせられる一節がありました。

それ自体、阪本さんの別のメールからの転載ですが、最近の社会起業家ブームには次のような逃げ腰の姿勢があるのではないかと、という投げ掛けです。

「お金儲けは汚いことである。つーか、お金儲けは大変だから、ちょっとそのレールの横に、違うレールを敷いて、お金は儲けなくても、社会のためになることをたとえ貧乏でもやっていきましょう」

阪本さんの書き方が挑発的なのは、そうしたブームに警鐘を鳴らすためだと思いますが、ここで考えておきたいのが、「お金儲けは汚いことである」という価値観についてです。

「お金儲けは汚い」という考え方を逆転させると、「お金儲けでないことは清い」となります。さらに解釈すれば、「清いことではお金を儲けてはいけない」といった考え方にもつながります。

社会起業や、NPOといった組織形態が資金的に脆弱な傾向にあるのは、実は根本にこの「お金儲けは汚い」という発想が染み着いていることにあるのではないか、そんな気がするのです。

また、日本の場合、特にこの「儲け方」に気を使う傾向があるような気もします。

お金儲けは汚いことである。だから儲け方には気を付け、余計に儲けたりしてはいけない。

以前にも書いた気もしますが、こうした考え方がベースにあると、寄付をするという行為に結び付きにくい。

お金儲けは汚いことである。だから、儲けたら社会に還元しなければならない。

こうした考え方が寄付やあるいは納税にもつながる考え方でしょう。その部分が抜け落ちている気がするのです。

ただ、では「お金儲けは汚い」という考え方を肯定するべきかと言えば、それは違うような気もします。「汚い儲け方」というのは確かにあるかもしれませんが、それをもってお金儲けすべてが汚いというのは発展しすぎです。

もっとも、この「儲ける」という行為を他の人より飛び抜けて稼ぐ、ということと解釈すれば、単に出る杭を打ち、成功した他人を妬む中で生まれた社会的価値観と捉えることもできます。実は「お金儲けは汚い」という考え方自体が「汚い」考え方なのかもしれません。


・・・えーと、まとまってないですね。すみません。

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2009年12月22日 (火)

1000円高速とスキー

今年はなぜか年末の土日に予定が多く、例年だったら済んでいるスタッドレスタイヤへの交換がまだできていません。というか、スキーの準備もまったくできていない状態で、このまま正月に突入すると、滑り始めるのは1月からになりそうです。

とはいえ、高速料金の1000円を考えると、正直なところ土日にスキーに行くのはうんざりするのも確か。ただでさえ渋滞になりやすいのに、これ以上車を増やしてどうするんだという気もします。昨日も職場のボスと話したのですが、さっさと元の料金に戻して欲しいというのが本音です。

大体、1000円だから、と出掛けるような方々は、ただでさえ慣れていない高速道路に加えて、輪をかけて慣れていないはずの雪道にも、スタッドレスもはかずに、のほほんと出掛けてくるような気がしてなりません。スキー場が賑わうのは構いませんが、道路で立ち往生するような真似はやめて欲しい・・・心の底からそう思います。

こうなると、後は平日狙いになるでしょうか。1000円を上手く活用するのであれば、日曜の深夜に出て、金曜の深夜に帰ってくれば、渋滞にも遭遇せずにすみそうですが、少々スケジュール的にはハードな感じです。
(そもそも1週間ぶっ通しで滑るのか、という話もある。去年結局持たなかったし・・・。)

月曜日に休みを取るようにして、行きだけでも、という考え方もありますが、12時前に高速に乗ることを考えてしまうと、現地には2時か3時には着いてしまいそうなので、その後が厳しそうです。
むしろ割りきって日曜夜は宿を確保してしまうのが良いのかもしれません。
(でもそれをすると高速代ではペイできないので、だったら普通に日帰りした方が・・・。)

もう一つは金曜日という考え方で、家に帰り着くのを12時以降にするようにすればよいかもしれません。そうすれば土日は楽器の練習にあてられるので、体は楽になります。

もっとも、それもこれも休みが取れればの話。そのためには仕事をしっかり効率的にこなす必要があるわけで、まずはそこに力を注ぐことが重要ということですね。

さて、今年は何回スキーに行けるでしょうか。

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2009年12月21日 (月)

年内最後の練習

先週からハードシェルの鞄を使っているのですが、やっぱりちょっと不便です・・・。やはりデザインが気に入っているというだけではいかんともしがたく、元の鞄に戻すことになりそうです。

昨日は年内最後の府中市民響の練習でした。先週第九の本番が終わったばかりなのに、特に休むことなく淡々と次の定期演奏会に向けての練習開始。なんともストイックな感じですが、年明けまで休んでしまうとブランクが開きすぎるので、これで良かったのかもしれません。

昨日はブルックナーの交響曲第8番の譜読み。とにかく最後まで通すということで、途中様々な事故はありましたが(というか大半のメンバーが初見だと思いますが)、とりあえず最後まではいきました。あとはこの感触を元に年末に練習して、年明けに臨むことになります。

チェロの楽譜はというと、もちろん弾けないところはありましたが、どう練習しても弾けない、という箇所は無さそうでひと安心。とにかく曲が長いので、効率的に練習をしていく必要はありますが、楽譜をこなすのに追われることなく、音の出し方とか、響きの作り方などを考えていく余裕はありそうです。

午後は運営委員会があり、年明けの総会にむけた打ち合わせ。決算に関してはまだまとまっていないということで年明けになりますが、行事と予算の確認を行い、委員の改選(2年毎)について話し合いました。

話し合い自体は少々紛糾ぎみでしたが、結果としては互いに言いたいことを言い合える場にはなったようです。普段はほとんど話し合う時間がない(午前中の練習のため、練習後の飲み会などもありません)ため、たまにしかないこうした時間は貴重な気がします。

その後は忘年会。水曜日から数えて5連続で飲み会続きでしたが、今日はようやく休肝日になりそうです。最近は飲むことが減っていたので、久しぶりの連チャンは少々堪えました・・・。

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2009年12月18日 (金)

サイボウズLiveユーザー会

昨日はサイボウズLiveのユーザー会に行ってきました。

インターネットで使えるグループウェアということで、ビジネスユースだけでなく、パーソナルユースも可能なサービスですが、昨日のユーザー会ではマンションの管理組合で使えればといった話もあり、自分の場合のオケでの利用も含めて、意外とビジネス以外でも用途はあるのではないか、という気がします。

もっとも、機能に対する要望なども色々飛び出したのですが、そこでふと思ったのが、実は機能は最低限のシンプルなサービスでも良いのではないか、ということ。

あらゆるシステムに言えることかもしれませんが、シンプルなツールを工夫して「使いこなす」ことは人間の想像力(創造力?)を広げますが、複雑な機能を理解して「使いこなす」のは、システムに使われるだけになってしまうのではないか・・・そんな気がしたのです。

twitterのようなサービスがシンプルにもかかわらずウケたのは、そこに人の創造力を込める余地があったから・・・そう考えると、グループウェアのようなサービスでも、意外と使い方の工夫ができるようなシンプルさがあった方が良いのかもしれません。

一方、ディスカッションや皆さんの話を聞きながら改めて考えてしまったのは、「なんでウチの会社はスケジュール共有にグループウェアを使いこなせないのだろう」ということでした。自分も使いこなせない部類に入るのですが、話を聞く限りグループウェアの機能のキモはスケジュール管理にあるにもかかわらず、その面ではほとんど使えていないのです。何のためにグループウェアを導入しているの?という感じです。

仕事の内容や進め方のスタイル、集団としての風土などによるのでしょうが、改めてそんなことを考えてしまいました。

さて、サイボウズLiveですが、今のところオケで使うためにはあと一点クリアしてもらわなければならない壁があり、すぐには使えません。一方で仕事に使う場合、(使いたいプロジェクトはあるのですが)セキュリティなどの兼ね合いで使わせてもらえるかどうかが少々微妙です。結局社外とはメールでやり取りすることになるので、それに比べればずっとセキュアだと思うのですが、会社が心配するのはそうしたプラットフォーム的なセキュリティ以上に、ソーシャルセキュリティというか、「社員が会社の手の及ばないサービスを勝手に使うことへの不安」のようなものがあるように思うんですよね。突き詰めればそれはシステムへの不安ではなく、社員に対する不信から来ているのではないか、という気もするのですが・・・。

メールは監視できても、社外のそうしたサービスは監視ができませんからね・・・結局は社員を信頼するかしないかというところに、こうしたサービスを使うか使わないかの差が生まれてくるのかもしれません。

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2009年12月17日 (木)

今年の三大ニュースは・・・

今朝は寝坊ではなく、キーボードの電池切れでした・・・。

昨日はKM学会の多様性研究部会の忘年会がありました。その席上で話題になったのが、「今年の三大ニュースは?」というものです。

うーん、とっさに思い付かないなぁと感じつつ、挙げたのが次の3つ。

一つ目はアンサンブルオレイユへの参加。厳密には今年は2回目の参加になりますが、去年は練習後半からの急な参加だったのに対して、今年は最初から参加でしたので、ある意味正式団員(ただしオレイユには厳密には「正式団員」という考え方はないような・・・)としての参加に近い形でしょうか。

年末のアンサンブル大会にも参加しますが、取り組みたい音楽の幅が広がったなと感じています。

広がったといえば、二つ目が星の調べへの参加。ゲーム音楽の演奏というのは、オレイユ以上に新しい体験で、これまた得難い経験でした。

クラシックの場合、モデルとなる演奏は巷にあふれており、そうした音楽に接しながら育ってきているわけですが、ゲーム音楽の場合、生演奏というソースはなく、それがフルオーケストラで響き渡るという経験自体が、聴衆や演奏者の感動につながるわけです。初演とも違う独自の世界のような気もしますが、そうした純粋な「音楽を奏でる」感動に触れることの多い経験でした。

さて、オケばかりになってしまいましたが、実は府中市民響の(今年の)新年会で、「他のオケの運営を学ぶために、府中以外のオケにも今年は参加します」みたいな宣言をしていたのでした。

そうした視点でも学びがあったのですが、ここまで書いておいて時間がかかりそうなので、別の機会にしたいと思います。

三つ目は、久しぶりに平日にスキー三昧ということをやったことでしょうか。
そこで知ったのは、1日フルに1週間続けてスキーをするのはもう無理かもしれない・・・という自分の限界に直面するような話でしたが・・・。

もう昔ほどの体力とモチベーションはないのかな、などと思いながらも、今シーズンはじゃあ3日ぐらいにしようか、などと考えていたりします。
そもそも一人で滑る場合、午前中だけで20本近く稼ぐことも可能なので、恐らくグループで行った場合の4日分ぐらいを1日で滑ってしまう・・・なんてことにもなるのです(基本的に休みなしで滑る)。

普通にそれは無理だろ・・・と思いつつ、今年はやっぱりレッスンを受けるとか、バッチテストにチャレンジするとか、そんなステップを考えて滑った方が良いのかも・・・などと考えています。

そんな三大ニュースでしたが、これが五大ニュースだと、Macbookを買うなどAppleにデジタル環境がシフトしたことと、管理職になったことが挙げられるかなぁ・・・。

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2009年12月16日 (水)

読者は対話を望んでいるか?

今日は珍しく寝坊をしてしまい、朝は会社に直行したのでブログがかけませんでした。朝食は社員食堂で食べたのですが、そこでお昼までしっかり食べると多すぎるため、それでは、ということで昼にカフェからの更新にチャレンジ。
(ちなみに青山通りにあるスターバックス渋谷二丁目店にて。)

昨日に続き、「環境・社会報告書シンポジウム2009」についてです。

アンケート結果によれば、レポートを読む媒体については紙の冊子からウェブへのシフトが進んでおり、今回の調査ではついに逆転をしたようです。企業側がコスト削減の観点から紙の冊子からウェブへの切り替えを進めているという事情もあるので、この傾向はしばらく変わらないでしょう。

自社のレポートについては、2006年版から冊子とウェブを併用していて、多少時代を先取りしていたことになりますが、コスト面からいえば両方作るのはあまり削減につながっていなかったりします。(同じものを作るわけではないので、手間も増えています・・・。)

企業側の事情はさておき、読者がウェブでの開示に認めている利点は、情報の鮮度や分かりやすさ。鮮度はもちろんウェブの方が上ですが、分かりやすさについては冊子の表現力の方が上なのではないかとも思いましたが、動画などをつかったインタラクティブなコンテンツなどが想定されているようです。

個人的に気になったのは、双方向性などについては、あまり重視されていない、という点。これはレポートにブログと同じ仕組みを導入して、コメントを受け付けるようにした身としては少々残念な気もします。まだまだ、企業の情報をより知りたい、という段階で、ダイアログやエンゲージメントが求められている訳ではない、ということなのかもしれません。
読者全体ではなく、NPO/NGOや環境専門家、教員といった人たちがどのように評価しているのか、細分化された情報だともう少し違ってくるのかもしれません。
(もっとも、「プロとしては紙の冊子がありがたい」という発言もありました。それでもプロかよ、という気もしますが、媒体としての紙の優位性というのは、一覧性や可搬性など、確かにあるので、分かる話ではあります。)

内容が多岐にわたるため、逆に個々の情報は薄くなってしまい、「分かりにくい」「不足している」という印象になってしまう場合もあるようです。一方でウェブであっても無制限に情報を掲載するのではなく、編集(絞り込み)が必要という意見もあり、そのあたりのバランスが非常に難しいと感じました。

ちょっと思い付いたのは、こうしたアンケートで求められている項目をとりあえず載せてしまうというものですが、どう絞り込むかというのは、もっと真剣に(企業内で)話し合う必要があるのではないか、という気もします。
一方で、「企業にとって都合のよい情報しか掲載されていない」という意見も根強く、(都合が悪い情報ってなんだろうかと個人的には思いながら)企業内で話し合うばかりではその点の改善は難しく、どういう情報を知りたいのかを外部から吸い上げる仕掛けがどうしても必要になってくるだろうとも思います。

ただ、そこで冒頭にもどれば、双方向性をあまり重視していないというのは、うがった見方をすれば「結果は評価するけどプロセスには関わりたいとは思わない」という捉え方もできるわけで、どれだけそういった意見を言ってくれる層があるのか、という気がしています。

さてさて、どうなんでしょうね。

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2009年12月15日 (火)

誰に向けて書かれたものか

先週は、「環境・社会報告書シンポジウム」に出席したので、その話なども書きたいのですが、メモを会社に置きっぱなしにしてしまいました・・・。

詳細は後日ということで、思い出せる範囲で思ったことなどを書いてみます。実はふと考えてしまったのが、読者アンケートの中にあった「誰に向けて書かれているのか分からない」というCSRレポートへの評価についてです。

そもそも、「誰に向けて書かれたものか」というのは、その「誰」ではない他人に分かるようなものなのでしょうか。

これは「自分に」向けて書かれたものではない。

これは多くの人は何となく感じることができるはずです。ですが、相手が自分に向けて書いたつもりでも、自分の意図に合わなければ、それは「自分に向けたものではない」と感じるかもしれません。

「誰に向けて書かれたものか」というのは、それが第三者に分かる以上に、当人に「自分に向けて書かれたもの」と分かってもらえるかがポイントになります。

であれば、この場合の質問(読者アンケートなので選択式)では、

「自分に対して書かれたものだと感じる」か
「自分以外の誰かに対して書かれたものだと感じる」か

を聞いた上で、属性と組み合わせることで、ターゲットに合致しているかを把握することが必要ということになります。

「いやいや、第三者的な評価でいいんだよ。」

そんな考え方もありますが、担当者として考えるとそうしたデータはあまり生かすことができません。ターゲットをある程度意識するというのは、制作の際には当然考えることですが、別にターゲットが「誰であるかが分かる」ように編集しようとは思っていないからです。

そもそも、ターゲットとなっている人たちも、「あなたがターゲットです」なんて露骨に分かっても困るでしょうし、ターゲットではない人に「あなたはターゲットではありません」ということが露骨に伝わるようでも困ります。
変な話ですが、そのあたりが分からないようにした上で、実際にターゲットにヒットしたかどうかが重要なので、誰に向けて書かれているのか分からないのであれば、それは「あなたかもしれません」という含みを持たせられたということでもあり、ある意味成功といえるかもしれないのです。

編集時に考えているのは「ターゲットに(伝えたいことが)伝わるかどうか」「ターゲットの心に響くかどうか」です。そういった意味では、アンケートに回答してくださっている読者には、ターゲットが誰か、なんて評論家的なことを考えるのではなく、自分はどう受け取っただろうか、ということを考えて欲しいような気がするのです。


・・・しかし、省みると、この「誰に向けて書かれているのか分からない」という評価、自分も安易に使っているような気がするんですよね。気を付けなければ・・・。

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2009年12月14日 (月)

第九終了

第九の演奏会が無事(?)終了しました。

2年に一度、定期的に行っているとはいえ、普段の定期演奏会に比べるとずっと短い期間で仕上げなければいけないため、まとまり不足のところもあったかもしれません。今回はボーイングの変更などもあり、ちょっと個人的には練習不足なところもありました。

今回は諸事情があって、いつもよりも意識的にアインザッツを出すことをやったのですが、パート内はさておき、木管から好評をいただいたのは意外でした。アインザッツを出すのは、普通の弾く動作とは若干異なるため、弾く側としてはやりにくい部分もあるのですが、それなりに周囲への効果はあるようで、少し普段から意識して出すようにしようか、などと考えたりもしました。

さて、次はブルックナーの8番です。打ち上げで来賓が、「今日の歓喜の歌のままに新年を迎えてください」と言っていたのですが、演奏会翌週でも何事もなかったかのように練習(譜読み)があります。まるでクラブ活動のようなストイックさですが、とりあえず今は楽譜も手元にないため、今週はスコア(も買わなければ)と音源で予習の予定です。


さて、本当は今日は休みをとってのんびりしたかったのですが、仕事の方で外せない予定があり、出勤です・・・。

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2009年12月11日 (金)

CSRレポート評価セミナー

今日はエコプロダクツ2009に来ています。もっとも開場はだいぶん後なので、のんびり朝食中ですが・・・。

昨日はアムネスティ・インターナショナル日本の主催するCSRレポート評価セミナーに行ってきました。毎年参加しているのですが、一応自社のレポートも評価対象(100社をピックアップ)となっているので、どのように評価されているかについては興味があります。

人権NGOのため、評価の中心は人権に関する内容のみ。全体的な評価ではありませんが、逆にこうした一点集中型の方が密度の高い評価になるような気もします。他の評価セミナーでも参考にしてほしいところです。(サプライチェーンとか、環境でも廃棄物だけとか、コミュニケーションだけとか・・・。)

さて、内容については、参考になったというべきか、気になったというべきか・・・。

一番気になったのは評価のスタンスなのですが、冒頭、企業に求められる人権感覚として、

「人権」は規範的に判断するのではなく、常に「侵害される」側の感覚を基準にして意識すること。

と挙げられている一方で、評価のやり方はその「規範的な」判断で行われているような気がするのです。少なくとも、「侵害されている側の感覚」では(企業のレポートの記述が)どのように受けとめられるか、という評価ではなく、第三者的な視点で見られている、と評価される側としては感じてしまったのは確かです。

さて、2009年度レポートの特徴として挙げられていたのは、次の5点。

1.労働関係の記述が少なく、従業員の労働環境が見えてこない。特に非正規社員の待遇の記述が少ない。係争中の裁判や自殺者数、行政指導などが具体的に書かれていない。

2.2008年との比較では、国連グローバルコンパクトの参照やワークライフ・バランスなどの記述は増えたが、社会領域の目標設定や達成度評価、労働基本権に関わる記述が減った。

3.グローバルコンパクトについては参照は増えたが、具体的な活動内容との関連は書かれていない。内部通報制度については整備されてきているが、内部告発者の待遇保障は少ない。

4.ワークライフ・バランスの記述が急上昇し、多様性尊重や差別禁止については高止まりの傾向にあるが、非正規雇用に関する記載は少ない。

5.ILO中核的労働基準の記載はほとんどない。レポート内での「人権」記載回数については、サプライチェーンにおける記述が増えているが、記載回数が0の企業も13ある。
(自社もそうかと思いましたが、確か包括的な規範の中には記述があったような・・・。)

・・・あまり「特徴」的な絞り込みがされていないような気もしますが、個人的には1番目の全体の記載傾向が気になるところです。

講演の中で、「企業の社会的に責任としてネガティブな情報も開示する必要がある」という趣旨の発言があったのですが、担当者としては、「社会的責任」としてではなく「社会的要請」として、情報は開示していくべきではないかと考えており、こうした開示が少ないとされる領域にどれだけ「社会的要請」があるのか、というのが見えていないというのが本音だからです。

そこで冒頭に戻るわけですが、情報の開示がなぜ求められるのか、「社会的責任」という規範的な尺度ではなく、それが「侵害された側」にとって、あるいは「侵害した側」にとって、どのようなポジティブな(改善につながるような)反応につながるのか・・・そういった視点で「何が求められるか」という論拠を示してもらいたかった、ということになるでしょうか。

ネガティブ情報の開示は、多くは懲罰的というか、今後同じことを起こさない戒めとして開示するものだとは思いますが、人権の領域はそれ自体が二次的な侵害につながってしまうデリケートなケースも少なくないのではないか・・・そんな気がしています。

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2009年12月10日 (木)

どうやってCSRレポートへの意見を吸い上げるか

先日も書いたように、CSRレポートの制作シーズンが迫っているわけですが、個人的には「何を伝えるか」という想いよりも「どう作るか」ということに関心があります。

特に今何とかしたいと思っているのは、制作過程において社内外の意見を取り込む方法。社内はヒアリングすれば良いことなのでこの際後回しにして、社外の意見を取り込む方法というのを考えてみます。

もちろん、前年のレポートに対するアンケートは貴重な資料ですが、それは前年のレポートに対する評価としてすでに固定されたものです。そうではなく、これから制作するレポートはどうして欲しいのか、というリアルな意見が欲しいのです。

一方で、意見を聞く以上、まずは自分のスタンスを明確にしなければコミュニケーションは始まらないということもあります。そう考えると、今年の自社のレポートの方針があって初めて意見を聞ける(意見を言える)状態になる訳ですが、それでは視点が固定されてしまうのではないか、という危惧もあります。あるプランを、そのプランにそって評価するのは比較的簡単だからです。

結局意見を聞く手段よりも、聞きたい内容が重要ということになるのですが・・・。


うーむ、全然まとまらない内容になってしまった。

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2009年12月 9日 (水)

当事者意識を持つ

会社では「当事者意識を持て」ということをよく言われるのですが、当事者「意識」を持つ必要があるのは、当事者ではないからで、でも当事者でもないのに「当事者意識」を持ってもあまり意味がないのでは・・・なんてことを昨日ふと考えてしまいました。

もちろんこれは「当事者なのに当事者としての意識がない」人に向けられてのもので、当事者ではない人にその意識を持てというものではないのですが、そもそも物理的に当事者であっても意識がない人を「当事者」と呼んで、意識を持てと迫るのであれば、さっさと外して別の人に当事者になってもらった方が早いのでは、という気もするのです。

仮に管理職がそういった配置の判断が出来ないのであれば、それは管理職としての「当事者意識がない」ということでしょう。


・・・などと言葉遊びのようなことを考えてしまいましたが、そもそも「当事者意識」とはどんな意識なのでしょうか。ちょっと言う側に都合の良い言葉で、言われる側は「そんなこと言われても」と思ってしまうような言葉のような気もします。

ある物事に対して、他人事のように接している「当事者意識のない」人というのは、そもそも「当事者」ではなく「他人」のような気がするのです。であれば必要なのは、当事者「意識を持て」ではなく、「当事者になれ(あるいは当事者にする)」ことが必要なはずです。当事者ではないから、その物事に対して他人事なのであって、当事者というのは、そもそもそういった他人事の視点など持ち得ない状況にある人のことをさすのではないでしょうか。

そう考えると、逆に冷静さと余裕を持つ意味でも「他人事意識も持て」というのが、本来「当事者」である人にかけるべき言葉なのではないかという気もします。もちろん全くの他人事になっては困るわけですが、他人事で考えられないから当事者なのであって、「当事者意識」を求められるのは、やはり根本的に「当事者」とは呼べない人なのではないか・・・そんなことを考えてしまいます。

「当事者意識を持て」と言う相手は、本当に「当事者」なんでしょうかね・・・。

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2009年12月 8日 (火)

メールシステムのダウン

昨日、会社のメールサーバが一時的にダウンしました。

ちょうどメールのチェックをしている時だったので、すぐに気付く事ができたのですが、まぁそれなら他の作業をするかということで特に何をするでもなく仕事は続行。

そういえば昔大騒ぎになったことがあったよなぁなどと思い出しながら、ふと、こうしたトラブル時に大騒ぎする人というのは、実は暇な人なのかもしれない、などと考えてしまいました。

サポート部門に電話をして早く復旧しろと言ったって、解決時間が短縮される訳もなく、お互いに時間を浪費するだけ。それは逆に問い合わせる側にしてみれば、浪費できる時間があるということでもあります。

本当に切羽詰まっている人であれば、復旧を問い合わせる間に代替手段を探すはずです。連絡が必要なら電話に切り替える、資料が必要なら他に手配できそうな人を探す。いずれにしても、復旧に向けてリソースを集中したいシステム部門にクレームを入れても、そうした仕事は進みませんし、全体としては効率は落ちるような気がします。

もちろん、常にサブの手段を確保しておくというリスク管理も大切だとは思いますが、後は割りきりの問題です。もしかしたら「なくてはならない」インフラ系の仕組みというのは、「それでもなくても大丈夫」という依存しない状態になって初めてインフラとして完成するのかもしれません。

最初は、「なんだこんなもの使えない」
次に、「まぁまぁ使えるかも」
そして、「なくなっては(止まっては)困る」
最後に、「とはいえ、なくてもなんとかなる(できる)」

あるいはこの後に「使わなくなる」というステップが存在するのかも知れませんが、「なくなっては困る」という依存状態よりも、「なくてもなんとかなるけど、あればより便利」という状態の方が、システムとしては安定しているような気がします。

なんてことを考えてしまったシステムダウンでした。その後何事もなく復旧はしたようですが、直前にチェックしていたメールは、未読に戻ってました・・・。

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2009年12月 7日 (月)

夜の時間の使い方

どうもこのところ、家に帰ると漠然とMacBookを開いていることが多いような気がします。何かを明確にやるということもなく(やることもありますが)、ただ開いているだけ。ネットサーフィン(って最近は言うのだろうか)をしているわけでもありません。

虚脱状態?

もちろん、起動する際には目的があります。一番多いのはiPhoneの同期で、スマートプレイリストで未再生の曲を片っ端から聴いているので、毎日同期させて曲を入れ替えていく必要があるのです。
(その辺りは、8GBモデルの容量の少なさが仇になっていたりします。)

問題は、その後。目的を果たしたならさっさと閉じてしまえば良いのですが、「なんとなく」立ち上げっぱなしで、だらだらと過ごしてしまう事が多いような気がします。

夜の時間を使えていない。

平日も休日も、夜の時間を何にあてるかというのが不明確で、有効に使えていないのです。無理に有効活用する必要はなく、何も考えない時間も必要、という考え方もできますが、それにしてもここしばらくの時間の使い方は何?という感じがします。

もしかしたら早く家に帰ってしまうのが良くないのかもしれません。図書館に行くとか、ルノアールに寄るとか、外で何かをして帰れば、家で多少ぼんやりしていてもたいした時間ではありませんが、今は帰宅が早めなので、その分長い時間を何もせずに過ごす結果になっているような気もします。

家にいるときぐらいは何も考えずに過ごそうぜ、というのは、それはそれで意味のあることだと思いますが、そうであれば家にいる時間を少し減らそうということなのかもしれません。

もっとも、それで何をするかということを明確にしなければ、結局過ごす場所が変わるだけで同じことなのですが・・・。

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2009年12月 4日 (金)

MacBook

今日中に演奏会のチラシの校正をしなければいけないので、MacBookを持ってきました。DropBoxにも入れておいたので、iPhoneでやるという選択肢もあるのですが、ただでさえ細かいチラシの校正をiPhoneの小さい画面でやるのはさすがに厳しいかなと。

ただ、今日の夜は中央大学オケの定期演奏会もあったりして、そもそもMacを開く時間があるのかどうか・・・昼休みにできると良いのですが、とりあえずこれから少しだけでもチェックしようと思います。

一度は見てるので、基本的に問題はないと思うのですが、「見ていない」という訳にはいかないんですよね・・・。

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2009年12月 3日 (木)

どのような報告書をめざすか

今年もCSRレポート(厳密には会社の報告書はそのように呼んでいませんが便宜上)の制作の季節がやってきました。毎年着手が遅くなっている気もしますが、そのあたりの計画性の見直しはさておき、今年のレポートをどのように編集していくかという思いつきなどを整理しておきたいと思います。

ここ数年(というほど長く担当しているわけではありませんが)なんとかしたいと思いつつ、なかなかできていないのが、レポートの制作過程に外部の意見を取り込むことです。それは社内の他の部署であったり、社外の方の意見だったりします。

こうしたレポートの多くは、編集者の「こうしたことを伝えたい」がまずベースになってスタートすることが多いのですが、自分の場合、そうした「伝えたい」編集者としての欲求が薄いような気がしています。むしろ、いかに多くの「こうして欲しい」を取り込むことができるか、その方法の方に関心があるのです。
主体性がないと言えばそれまでですが、自分の意見を発信するのはブログがあれば十分で、レポートの役割は違うようにも思っているのです。

ただ、意見をもらうというのは難しい。もらった意見をまとめるのはもっと難しい。正直にいえば、「こうしたことを望んでいるだろう」という「自分の考え」を元にまとめる方が楽なのです。それにまとめる過程ではどうしても主観的な判断も出てしまいます。

それでもそうした「多くの意見をもらった」レポートを作ってみたいのは、意地悪なようですが現状そうした意見が聞こえてこないため。そもそもこの「CSRレポート」というものは本当に社会から望まれているのか。そんな根本的なところから問い直してみたいという欲求があるからです。

本当にあなた方(読者)は、企業のそうした情報を知りたいと思っているのか。
あなた方がその情報を知りたいと思う理由は何か。
その情報はあなた方の行動にどのような変化をもたらすのか。
あなた方は何をしたくて、そのためにこのレポートがどのような役割を果たすのか。

制作を担当する者として、そういったことを問うてみたいのです。

企業のレポートを評価する有識者やNPOのような団体はいくつもあります。多くのレポートを分析した結果を発表するセミナーなども開催されています。(この時期は多いです。)

しかし、担当者と言わせてもらえば、そうした人たちから直接意見をもらったことは皆無に等しい。

以前、とあるNPOのCSRレポート評価セミナーのアンケートで、「あなた方の言いたいことは分かったが、それを個別具体的に企業に伝えることをなぜやらないのか。少なくとも自社では貴団体からアンケートの回答をもらったことはないし、そうした意見が(他の読者から)寄せられたこともない」といった趣旨のことを答えたことがあります。

現状、CSRレポートに寄せられている意見の多くは、第三者的な「論評」に過ぎず、その企業の行動に対する意見であることはほとんどないのではないか・・・そんな気がしているのです。
ましてや、その企業の行動に対して自らがどうするといったことが分かるような意見は見たこともありません。

もちろん、情報の非対称性の問題から、公開されている内容だけで意見を述べるのは難しいといったこともあるでしょう。であれば、意見を述べるためにどのような情報が必要なのか、その情報が分かることでどのように意見が変わる(変わらないのであれば、情報を開示してもしなくても同じです)可能性があるのか、そうした点を模索できないものか、と考えています。

さてさて、とはいえ具体的にどのように進めたら良いかはさっぱりです。そもそも自分が逆の立場で意見を聞かれたときにどういった答えができるのか。
・・・そもそも、自分がそうだからこそ、他の人も同じではないかと思って、こうしたことを考えてしまうんですけどね。

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2009年12月 2日 (水)

勢いでブログを書く

このところ、朝の勢いでばかりブログを書いてしまっている気がします。それがダメとは思いませんが、たまには熟考した内容を書いてみたいなどと思うのも事実。

・・・などと書きつつ、今日は所用により手短にすませなければならないのです。

基本的な書くスタイルが、「朝」「この場で」「キーボードに向かった時に」内容を考えながら書くという形のため、どうしてもネタがその場かぎりの内容になりがちです。以前にも書きましたが、ベースとなるインプットが減っているため、アウトプットを絞り出せないということもあるかもしれません。
(結局図書館も行っていないし・・・。)

どうもずるずるとブログを書いていて、それ自体はたいして苦にならないのですが、苦にならないから実にもならないのかな、とも思ってしまいます。まぁほとんどは書くことによるストレス発散が目的ではあるのですが、もう少し自分なりのブランディングとかがあっても良いかもしれません。

もっとも、実名でやっている会社のブログはさておき、名前を伏せているこちらのブログでブランディングをしても仕方ないと言えば仕方ないですが・・・。


・・・そもそも、「考えをまとめた内容を書く」ではなくて「考えを表面化させるために書く」という要素が自分の場合強いんですよねぇ・・・。

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2009年12月 1日 (火)

プロジェクトプランナー

ほぼ日手帳からモレスキンのプロジェクトプランナーへの切り替えを模索してほぼ1ヶ月。本格的に使い始めるのは1月からになりますが、プランナーなので実質的にはもう使い始めている必要があります。

徐々に課題というか、使う上での問題点も見えてきました。

一つはサイズが小さいので書き込みには限度があること。本気でガントチャートによる管理をしようとすれば、カラム(というのか分かりませんが、ようするにタスクを書く行のこと)は無限に展開できなければ役に立ちません。そもそも手帳におさめるのは不可能です。必要に応じてアップデートするなら紙に印刷することは可能でしょうが、手帳ではそういったことは無理です。

もう一つは、自分の仕事が案外プロジェクト管理型ではないこと。無限に展開するまでもなく、ガントチャートが作れません。あるいは慣れの問題で、無理にでも作るようにすれば徐々にそうなっていくのかもしれませんが、そこまでの必要性も感じない。

そこで、どちらかといえば「超」整理手帳のように、「先を見渡しやすい」手帳として使う方法を模索しています。これまであまり意識したことがないデッドラインを明確にして、残りの時間とやらなければならないことを大雑把に掴むために使うということです。

デッドラインを意識したことがないのは、そういったことにあまり縛られない仕事ということもありますが、とはいえまったく締め切りがない訳ではなく、自分である程度調整できるだけにすぎません。そこに甘えてずるずるとタスクを進めるのではなく、自分で決めたデッドラインに対して逆算でピースを埋めていくために使います。

日単位では書き込める量に限界があるので、ある程度週単位のタスクとして管理し、詳細については会社のNotesのカレンダー&タスクを併用することになります。
(社内に公開する意味もあるので、いずれしてもNotesカレンダーは使う必要があります。)

そんな感じで使い始めているのですが・・・

・・・現実はなかなか厳しい。各行に個人目標を割り当てて、いつまでに何を、という形で書き込みをするのですが、結局その通りに行かなかった場合にどのように更新していくのかが悩みです。

先まで計画を書かなければ意味がないのに、手前の予定が狂えば先まで修正する必要があるかと思うとなかなか書き込めません。といって計画がずれたまま放置する訳にもいきません。アポイントなどの予定は単発なので変更があればそれを直せば良いのですが、順を追ってタスクをこなしていくような計画の場合、紙の手帳で管理するのはどうしても無理があるのではないか、という気もします。

実際に本格的に使い始める前からなんですが、なかなか前途は多難です。ただ、この手帳がうまくはまって使えれば、同時に仕事もうまく進むわけで、どうやったら仕事を進めるのがうまくなるかをもうしばらくこの手帳と共に考えていきたいと思います。


・・・もっとも、新顔だけにこの手帳、来年あっさりなくなる可能性も否定できないんだよなぁ・・・。

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