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2009年12月 9日 (水)

当事者意識を持つ

会社では「当事者意識を持て」ということをよく言われるのですが、当事者「意識」を持つ必要があるのは、当事者ではないからで、でも当事者でもないのに「当事者意識」を持ってもあまり意味がないのでは・・・なんてことを昨日ふと考えてしまいました。

もちろんこれは「当事者なのに当事者としての意識がない」人に向けられてのもので、当事者ではない人にその意識を持てというものではないのですが、そもそも物理的に当事者であっても意識がない人を「当事者」と呼んで、意識を持てと迫るのであれば、さっさと外して別の人に当事者になってもらった方が早いのでは、という気もするのです。

仮に管理職がそういった配置の判断が出来ないのであれば、それは管理職としての「当事者意識がない」ということでしょう。


・・・などと言葉遊びのようなことを考えてしまいましたが、そもそも「当事者意識」とはどんな意識なのでしょうか。ちょっと言う側に都合の良い言葉で、言われる側は「そんなこと言われても」と思ってしまうような言葉のような気もします。

ある物事に対して、他人事のように接している「当事者意識のない」人というのは、そもそも「当事者」ではなく「他人」のような気がするのです。であれば必要なのは、当事者「意識を持て」ではなく、「当事者になれ(あるいは当事者にする)」ことが必要なはずです。当事者ではないから、その物事に対して他人事なのであって、当事者というのは、そもそもそういった他人事の視点など持ち得ない状況にある人のことをさすのではないでしょうか。

そう考えると、逆に冷静さと余裕を持つ意味でも「他人事意識も持て」というのが、本来「当事者」である人にかけるべき言葉なのではないかという気もします。もちろん全くの他人事になっては困るわけですが、他人事で考えられないから当事者なのであって、「当事者意識」を求められるのは、やはり根本的に「当事者」とは呼べない人なのではないか・・・そんなことを考えてしまいます。

「当事者意識を持て」と言う相手は、本当に「当事者」なんでしょうかね・・・。

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コメント

おもしろいですね。
僕が前職にいたころに、よく周りに感じていたことです。
ほとんどのケースは、「当事者なのに、意識が薄い人」だったように思います。
当事者ではないのに当事者意識が必要なケースって、どういうのでしょうね。ちょっと思い浮かばないですね。
せめて「他人事と思うな」とか、他部署なら「同じ会社なんだから、他人事じゃないぞ」というのがいいんでしょうか。
う〜ん、まとまりがなさ過ぎ・・・。

投稿: ooki | 2009年12月 9日 (水) 09時58分

なるほど・・・。

「当事者なのに、意識が薄い」というのは、周囲の立場での評価ですよね。つまり、周りはその人を当事者だと思っているけれども、その人は当事者だと思っていない、というギャップがあるからだという気がするのです。

その人自身が当事者と思っていない場合に、それを「当事者意識がない(薄い)」と考えるか、「当事者ではない」と考えるか・・・そのあたりの違いかもしれません。

投稿: ProjectK | 2009年12月 9日 (水) 21時50分

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