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2009年12月15日 (火)

誰に向けて書かれたものか

先週は、「環境・社会報告書シンポジウム」に出席したので、その話なども書きたいのですが、メモを会社に置きっぱなしにしてしまいました・・・。

詳細は後日ということで、思い出せる範囲で思ったことなどを書いてみます。実はふと考えてしまったのが、読者アンケートの中にあった「誰に向けて書かれているのか分からない」というCSRレポートへの評価についてです。

そもそも、「誰に向けて書かれたものか」というのは、その「誰」ではない他人に分かるようなものなのでしょうか。

これは「自分に」向けて書かれたものではない。

これは多くの人は何となく感じることができるはずです。ですが、相手が自分に向けて書いたつもりでも、自分の意図に合わなければ、それは「自分に向けたものではない」と感じるかもしれません。

「誰に向けて書かれたものか」というのは、それが第三者に分かる以上に、当人に「自分に向けて書かれたもの」と分かってもらえるかがポイントになります。

であれば、この場合の質問(読者アンケートなので選択式)では、

「自分に対して書かれたものだと感じる」か
「自分以外の誰かに対して書かれたものだと感じる」か

を聞いた上で、属性と組み合わせることで、ターゲットに合致しているかを把握することが必要ということになります。

「いやいや、第三者的な評価でいいんだよ。」

そんな考え方もありますが、担当者として考えるとそうしたデータはあまり生かすことができません。ターゲットをある程度意識するというのは、制作の際には当然考えることですが、別にターゲットが「誰であるかが分かる」ように編集しようとは思っていないからです。

そもそも、ターゲットとなっている人たちも、「あなたがターゲットです」なんて露骨に分かっても困るでしょうし、ターゲットではない人に「あなたはターゲットではありません」ということが露骨に伝わるようでも困ります。
変な話ですが、そのあたりが分からないようにした上で、実際にターゲットにヒットしたかどうかが重要なので、誰に向けて書かれているのか分からないのであれば、それは「あなたかもしれません」という含みを持たせられたということでもあり、ある意味成功といえるかもしれないのです。

編集時に考えているのは「ターゲットに(伝えたいことが)伝わるかどうか」「ターゲットの心に響くかどうか」です。そういった意味では、アンケートに回答してくださっている読者には、ターゲットが誰か、なんて評論家的なことを考えるのではなく、自分はどう受け取っただろうか、ということを考えて欲しいような気がするのです。


・・・しかし、省みると、この「誰に向けて書かれているのか分からない」という評価、自分も安易に使っているような気がするんですよね。気を付けなければ・・・。

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