ワークライフバランスのバランスは誰が考えるのか
大木さんがワークライフバランスについて書かれていて、その通りと思いつつ、実は別の考え方もあるのではないか、という気がしてきました。
(このあたりの天の邪鬼な性格はなんとかならないのか、と思いますが、良いきっかけをいただいたということで・・・。)
バランスは人によって違う、それはその通りです。問題は、その判断は本人だけに委ねられるものかということ。特に「仕事が気になって寝られない人」「正月返上で仕事をすることで生き甲斐を感じられる人」は、実際にそういった方も見かけるだけに気になります。
例えば、子どもが部屋に閉じこもったまま勉強ばかりしている、あるいは逆に遊んでばかりいる場合、周囲は彼らになんというでしょうか。
「勉強ばかりしていないで、たまには遊べ」「遊んでばかりいないで勉強しろ」です。
その時に子どもが、「自分はこれで良いんだ」と、自分にとってバランスはとれていると主張したとしても、それは到底バランスがとれているとは言えないでしょう。
日本でワークライフバランスが叫ばれるようになった背景には、そうした「周囲から見たアンバランス」という要素があるのではないか・・・そんな気がするのです。
であれば、やはりある程度客観的な視点でのバランスの判断というのが必要な気がします。
「子どもじゃないんだから・・・」ということであれば、大人(社会人)として、もう少し別の考え方もできます。
大木さんが言及されるきっかけになった森戸さんのエントリーを読んでいて気になったのは、「仕事」とそれ以外の「プライベート」という切り分け方をされている点です。
それ自体は一般的な見方なので、それが問題というわけではありませんが、これから考えていくことが必要なのは、「会社での仕事」と「社会での(家庭での)仕事」のバランスであって、「会社での仕事」と「プライベート」のバランスではないのではないか、という気がするのです。
もちろん書かれているように、
「決められた時間内に渡された仕事を遂行する能力を日々高める」
ことは重要なことです。
ただしそれは、「家族の一員としての責務」「社会の一員としての責務」を果たすことこそがまずは前提であって、そのために必要なスキルが「仕事をきちんとこなす」ことではないか、というようにも思うのです。
仕事のために、それらをないがしろにすることが認めるのであれば、それこそ、ビジネスマンの(あるいはそれを要求する会社の)甘えではないでしょうか。
大木さんが引用されていたWikipediaの説明では、「仕事上の責任を果たすとともに」と書いてある一方で、家庭や地域社会においては「多様な生き方が選択・実現できる」となっています。
必要なのは「家庭や地域社会における責任を(も)果たす」という視点で、大木さんや森戸さんのようなビジネスリーダーであればなお一層、そうしたバランスを考えて欲しいと感じました。
・・・そういった意味では、小室さんの主張されている「仕事での成果を上げるために」というのは、結局会社中心の考え方で、本当の意味でのワークライフバランスとは違うような気もするんですよね。本人は企業に受け入れさせるための方便として言っているのかもしれませんが・・・。
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コメント
ありがとうございます。
いや、僕もいろいろ考えたのですが、本当にそうなんですよね。2軸だけではないと思います。
僕のエントリーにいただいたIfreetaさんのコメントのように、「仕事と家庭、仕事と遊び、家庭と地域の全てにおいてバランスが取れています」といった、複数軸で見ることが正しいような気がしてきました。
ま、あまり突き詰めると、ベストの範囲が狭すぎてしまうのかも知れませんが。
投稿: ooki | 2010年1月 5日 (火) 10時07分
コメントありがとうございました。
多分、バランスがとれている人というのは、端から見てもバランスがとれているのだと思います。複数軸あるいは複眼的に見てバランスがとれている状態を「常にめざしている」(実現するのは現実にはかなり難しいと思うので)ことがポイントなのではないでしょうか。
そういった意味では正解がある訳ではないですし、時としてアンバランスというのも(将来のバランスのためには)必要なのかもしれません。瞬間を切り取るのではなく、長いスパンの中でのバランスという考え方もあるような気がしてきました。
投稿: ProjectK | 2010年1月 7日 (木) 21時36分