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2010年2月 5日 (金)

気候変動対策というゲーム

昨日はアカデミーヒルズのセミナー「福山哲郎外務副大臣に聞く「25%削減」への道筋」を聞きに行ってきました。スクリーンに写し出された資料のタイトルは、「新しいゲームがはじまった〜ポスト京都を巡る国際交渉と国内対策」というもの。

話を聞きながら思ったのは、すでに気候変動問題は「地球に優しく」といった倫理的な問題などではなく、次世代の世界の覇権を握るのはどこかというパワーゲームのルールとして動き始めているということです。前世紀のライフスタイルへの反省とか、人間の活動の「犠牲になる」生物を守るとか、そういった、言葉は悪いかもしれませんが「センチメンタルな」考え方で動くようなものではなくなっており、「経済戦争」ならぬ「環境戦争」の時代に突入しつつあるということになるでしょうか。

従来の経済成長戦略をレッドオーシャンに例えるなら、気候変動への対応戦略はブルーオーシャンであり、いち早く踏み出し、覇権を奪った国が、21世紀のイニシアチブを握るというわけです。

そう考えると、温暖化懐疑論のようなものは、科学的には正しくても、政治や経済的には「負け犬の遠吠え」にすぎなくなる可能性があります。「環境を商売のネタにするのか」といった批判も、今後は単なる「綺麗事」であり、足を引っ張るものとされてしまうかもしれません。

むしろ、そうした割りきりをせずに、ずるずると「優しいエコ」にしがみついていれば、結果として行動が鈍り、決定的な遅れをとることになる・・・そんな気がします。

「環境問題は競争の手段にすぎない」と言い切れるぐらいの方が良いのではないか・・・そんな気がするのです。そういった意味では、「環境へのやさしさ」を訴えるような活動こそが、推進していく上での最大の障害になるのかもしれません。

さて、メモをいくつか。

「環境問題は票にならない」
・誰の利益になるのか不明である
・問題を想像するための人間の物理的(距離や時間)限界がある
・フリーライダーが発生する」
・南北問題(格差)の本質に踏み込む必要がある

「ドイツにおける気候変動対策」
・技術革新の後押しは官民を挙げて行うが、その結果どの技術が最終的に生き残るかはマーケットが決めること
(対する日本は「生き残る技術の見極め」にこだわり、結局踏み出せていない?)

「新興国」
・新興国は環境技術を輸出する上での最大のマーケット

「COP3とCOP15」
・京都議定書は先進国間だけのゲームのルールを決めたもの(しかもアメリカは除く)
・コペンハーゲン合意は、途上国も含めた多様なプレイヤーが参加するゲーム

それにしても、やはり政治家というのは弁で成り立っているというべきか、人を引き込んでいく話が上手だと感じました。企業人や学識者とは違った「話の迫力」があるように感じます。もちろんレベル差はあるんでしょうが・・・。

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