« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月31日 (月)

あと何日か

このところ、頭がうまく仕事モードに切り替わらない。片隅にずっとオケのことがこびりついているような気がする。

オレイユの練習は、先週休んだので今回で2回目。リチェルカータとオーボエコンチェルトは何となく雰囲気が掴めてきたのだが、カルタ遊びは手も足もでない。楽譜を追いかけるのも危うい状態だ。

こうした曲に限らず、元々スロースターターなのだが、もうしばらくかかってしまいそうな気配がある。正直、時間があるなら府中の方を優先してさらいたいというのもあるが、そもそもさらえる状態にない。なんとか今月中ぐらいにはそうした状態に持っていきたいものだ。

府中の方は、もうかなり時間がない。演奏面はもちろん危ない状態で、昨日の演奏委員会ではこれまで指揮者から出た指示を改めてチェックし直すということになった。週末までにコンサートマスターに洗い出した項目を提出し、次回次々回の練習で重点的にチェックをしていく。そんなわけで今週はこれまでの録音を聴き直さなければならない。これは相当時間がかかるだろう。

一方で、演奏以外の面の演奏会の準備を進めなければならない。これも、実はあまり日がない。

先週機会があってちょっと話したのだが、実質的に週に1度しか会わないオケで何か物事を進める場合、1ヶ月というのは、日数があるようでないのだ。実質的には4日しかない。(これは練習も同様。)
そう考えると、7月10日の本番までに使える時間は、あと5日しかない。来週は諸事情により休むため、自分にとっては実質4日しかないのだ。

その間に準備を進めなければならない。もちろん、練習と練習の合間の1週間をしっかり使えるようになれば話は違ってくる。もっとも、仕事のように時間を割けるわけではないので、それでも使える時間は短い。

そうしたカウントダウンを頭に入れて話を進めていかなければならないのだが・・・これがなかなか難しい。
まずは目の前の一つ一つを整理してクリアにしていかなければならないのかもしれない。

とりあえず今週は本番当日のタイムスケジュールの整理(これは他にお願いした)と段取り、人員配置を考えなければ・・・じ、時間が・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月27日 (木)

アマオケでの情報共有

アマチュアオーケストラで、団内の情報共有をどのように進めていくか、というのがこのところの悩みの種になっている。具体的に言えば、府中での情報共有だ。といっても、どのように情報を伝えるか、というレベルで、相互のやり取りはまた次の段階の話ではある。

これまで経験した別のオケでのやり方を振り返ってみよう。

大学のオケは、規模は府中に匹敵するが、一方で練習回数が多いと言うこともあって、伝える機会には事欠かなかった。主要メンバーともなれば、練習以外でも一緒になる機会が少なくなかったし、飲み会等の交流の場も多い。学年というある種の階層で組織が組み立てられているため、互いの役割も明確で、あまり迷うことがない。

これは正直な話それほど参考にはならない。少なくとも、情報を伝達するということにおいて、大学オケでは苦労する事はなかった気がする。(もっと大きな規模の学生オケとなるとまた別かもしれないが、少なくとも自分が経験した規模ではそうだ。)
もちろん、OBになってしまうと状況は激変し、とたんにやり取りは難しくなる。むしろ、その状況の方が府中に近いかもしれない。

オレイユは、運営に関わっている訳ではないので、伝える側でどうこうということはないのだが、毎練習ごとに主宰者からのメールで連絡があり、参加する側としては安心感がある。

ただ、これを府中で真似するのはかなり厳しい。そもそもそのためのメールアドレスさえ揃えるのは一苦労だ。役割も分担されているから、全てをフォローした形で一人が集中的に発信するのはかなり難しい。

メールで補える規模にはどうしても限界があるのだ。そもそも100人を越える集団にメールを出したらスパムになりかねない。

ほしらべは、グループウェアを使用していた。規模が大きくなってくると、こうした手段が必要になるとは思う。グループウェア上で出欠から相談事、雑談までをまかなっていたが、一方で別のツールも併用していたりなど、色々試行錯誤はあったようだ。実際には、コアメンバーが中心で、全員がフォローできていた訳ではないだろう。足りない部分は、団長がカバーしていたはずだ。

オレイユとほしらべに共通するのは、団の機能が主宰者に集中していることだ。これはオケを立ち上げたのが当人ということが大きく関わっている。主宰者の負担は大きいが、情報伝達なども含めて組織運営の効率性は高い。

府中は、そうではない。すでに役割分担が確立され、代表や委員長が全てを把握して物事を進めるという組織ではないのだ。意思決定も合議が中心になるから、メンバー同士のスムーズなやり取りが欠かせない。これを維持するのが難しい。

週1回という固定された練習は、参加のしやすさはあるが、一方で「互いのスケジュールを調整する」といったやり取りは不要になるから、そのための伝達手段もそれほど重視されない。

結果として、気が付くと限られたメンバーの中だけで情報が共有されるだけになっていたりして、全体で物事を進めていくという感じになりにくい。100人を越える集団で「全員参加」というのはそもそも難しいのだろうが、それにしても温度差は大きい。

もっとも、あまり一体感が強いのもどうかという気はするのだが・・・。

そのあたりは見直していきたい部分なのだが、今のところ「これだ!」という決定的な処方箋が見い出せていなかったりする。決定的でないにせよ、ヒントになるようなアイデアがあれば良いのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月26日 (水)

望月哲也 Wanderer Vol.2

昨日は銀座の王子ホールで「望月哲也 Wanderer Vol.2」を聴いてきた。望月さんは、第九で何度かご一緒させていただいたことがあるのだが、客席から聴くのは初めて。というか、歌曲自体、普段ほとんど聴かないし、コンサートも初めてだ。
(ニューイヤーなどで聴いたことはあるが、リサイタルはない。)

望月哲也 Wanderer Vol.2
テノール:望月哲也
ピアノ:河原忠之
(曲目)
マーラー:「さすらう若人の歌」全曲
  彼女の婚礼の日は
  朝の野辺を歩けば
  私は燃えるような短剣を持って
  ふたつの青い目が
ヴォルフ:「メーリケ詩集」より
  鼓手
  愛する人に
  ペレグリーナ1
  ペレグリーナ2
  庭師
  尽きることのない愛
  狩人
リヒャルト・シュトラウス:
  「5つの素朴な歌」より ああ、不幸な男だ、この僕は
  「4つの歌」より ばらのリボン
  「5つの素朴な歌」より 全ての私の想い
  「はすの花びらよりの6つの歌」より 拡げたまえ 僕の頭上に君の黒髪を
  「4つの歌」より ひそやかな誘い
  「5つの歌」より 天の使い
  「5つの歌」より おお、優しき5月よ!
マーラー:
  「子供の魔法の角笛」より この歌を作ったのは誰?
  「若き日の歌」より 夏に小鳥はかわり
  「子供の魔法の角笛」より 魚に説教するパドヴァの聖アントニウス
  「子供の魔法の角笛」より 高い知性を讃える
  「若き日の歌」より 別離と忌避

・・・プログラムを写すのが大変だ(笑)

普段は聴かない歌曲で、歌詞もドイツ語のため、さっぱり分からないと言えば分からなかったのだが、望月さんの透明感のある声はとても心地好かった。表情が豊かなのも印象的で、これは器楽ではなかなかお目にかかれない。歌い手にとっては表情も演奏、あるいは感情表現の一部なのだろう。

さて、こうしてコンサートで聴いた曲などは、CDも欲しくなってしまうのだが、今回は少々迷っている。曲が云々ではなく、歌曲の場合、歌い手によってかなり印象が変わってしまうからだ。仮に望月さんの演奏だったとしても、表情や演技までがセットになったリサイタルと、音だけのCDとではかなり印象が違うだろう。器楽でさえCDと生演奏では違うのだから、その差は歴然としているに違いない。

そんなわけで、リサイタルだけでも良いのではないか、と思う反面、これもやっぱり予習していかないと分からないんだよな、ということで、次の機会に事前にどうするかは思案のしどころなのだった・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月25日 (火)

ほぼ日手帳とモレスキン

最近、またほぼ日手帳へのメモが減っている。ここしばらく白紙状態続きで、それは自分の頭も白紙状態ということだ。

多分、インプットが減っているのだろう。それも闇雲な形ではなく、目的を持ったインプットがない。より具体的に言えば、仕事やアウトプットの改善を目的としたインプットを意識して行っていない、ということだ。ニュースやブログネタとしてのインプットも総量としては減っているのだろうが、それ以上に、仕事に役立つようなインプットが減っている。「仕事に役立つ」と書くと殺那的な印象だが、そうではなく、今自分がもっとも深く考えなければいけない領域のインプットが減っているという意味だ。

一方で、最近になってモレスキンのプロジェクトプランナーを使う機会が増えている。これはオケ用と割りきることにしたのだが、報告や相談のあったこと、決定したことなどをなるべくメモしておくようにしている。あわせて「いつ頃までに何」と、先を見据えた使い方ができるようになるのが、今後の目標になるだろうか。ようやくそんなことを考える余裕が出来始めた、あるいは、このままではダメだと言う反省が出来始めたということかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月24日 (月)

一日練習

昨日の府中の練習は、午前中が大久保のスペース100で合奏、午後が府中の文化センターで弦分奏というダブルヘッダーだった。普段1日練習は本番の前週ぐらいしかないのだが、今回は曲が大きい(長い?)ということもあって、指揮者にお願いできるときは可能な限り1日練習をするという予定になっている。

午前中の合奏はブルックナーの2、4楽章。午後の分奏は1、2、3楽章。録音はまだ聴けていないが、個人的にまだ弾けないところが何ヵ所かある。もっとも、先週は車を車検で預けていて、練習が全くできなかったため、すっかり忘れていたということもあるが・・・。

曲自体は大分体に入ってきていて、頭の中で音を追うことはできるようになってきているので、後は指についた動きを忘れないようにすることがこれからの課題になってくる。本番は1回きりなので、何度か繰り返せば思い出して弾ける、というのでは通用しないのだ。一発目でしっかり弾けなければ意味がない。

しかも今回は、本番の会場が違う上に、前日のゲネプロがない。一応休みをとる予定なので、個人としてはさらうつもりでいるのだが、オケとして前日に弾かないのがどれだけ影響が出るのか気になるところだ。毎回、前週と前日の練習で一気に演奏レベルが上がる傾向があるからだ。

昨日は分奏終了後も会場が使えたので、1時間ほど残って個人的にもさらったりした。練習中はそうした「さらう」時間がとれないが、別の日にやろうとすると全体を思い出すところから始めることになるので、練習に時間がかかる。今回は気になるところだけを集中的に繰り返せたので充実した気がする。終わった後にさらう時間を持って記憶を強化するのは結構良いかも知れない。
もっとも、本当に効果があったかどうかは来週の出来次第だが・・・。

ただ、お陰で今日は指が痛い。まぁ今日明日はまた練習時間を確保できないので、次に練習する時までには回復するだろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月21日 (金)

都響第698回定期演奏会

昨日は東京都交響楽団の定期演奏会に行ってきた。シリーズでチケット購入したものだ。

東京都交響楽団第698回定期演奏会
指揮:大野和士
打楽器:中村功
シューマン:「マンフレッド」序曲 作品115
細川俊夫:打楽器とオーケストラのための協奏曲 旅人
チャイコフスキー:交響曲「マンフレッド」(バイロンの劇的詩による4つの音画の交響曲) 作品58

まず、印象に残ったのは細川俊夫の「旅人」だろうか。現代曲ということもあるのか旋律のようなものがなく、曲自体は「記憶」にはさっぱり残っていないのだが、迫力というか、カッコよさというか、打楽器の中村氏が渋くて良かった。座席の位置もあって、角度的に上から見下ろせたのも良かったかもしれない。最後は巡礼のように鐘(鈴?)を鳴らしながら、客席を抜けて会場外へ消えていくというのも、そういう指定なのだろうが面白い。こういう曲はCDなどで聴いてもその面白さはほとんど伝わらないだろう。

シューマンとチャイコフスキーのマンフレッドは、どちらも同じ詩を題材にしていることもあって、なんとなく雰囲気が似ている。物語的な曲の構成になっているためだろうか。
(もっとも曲目解説を読むと、チャイコフスキーはシューマンのマンフレッドがお気に入りで、当初作曲の依頼があった際に、引き受けるのを躊躇したなんて話が書いてある。違う音楽表現ができるか自信がなかったようだとあるので、似てしまうかもしれないなんて気持ちもあったのかもしれない。)

この「マンフレッド」という詩は、乱暴に一言でまとめてしまうと、かつて恋人を死に追いやった主人公のマンフレッドが、色々悩んで最後は死んで救済される、という話なので、そもそもがかなり暗い。ベルリオーズなんかだと、暗さを持ちつつも流麗な曲になるのだろうが(実際、作曲を勧められていたようだ)、チャイコフスキーの場合は、どことなくどろどろした田舎くささの残る重々しさがある。

とはいえ、最後には救済されるということで、そこでようやくオルガンが登場するのだが、その音が鳴り響いた瞬間には本当に救済されたような気分になって鳥肌がたった。席が近いために、空気の振動まで伝わるような感じがあったせいかもしれない。

ただ、この「座席の位置」については、ああやっぱりそういう位置なんだなと思ってしまったのは、オルガンが響いている間は、オケの音、特に弦楽器の音がさっぱり聴こえなくなってしまうのだ。弓が動いているのは見えるのだが、かなり耳をこらさないと聴こえない。これはやはり正面から聴いてこそバランスがとれるのではないかと改めて感じてしまった。 

そう考えると、次回の「復活」では、オルガンに加えて合唱も至近距離で聴くことになるため、どんな聴こえ方になるのか、少々怖い気もする。


余談だが、打楽器を大量に使ったためか、今回は休憩時間中にセッティングを大幅に変える様子なんかも見ることができた。スタッフがてきぱきとセッティングをしていく様子はとても興味深い。奏者によって、クッションで椅子の高さを調節していたりするので、そうしたこともすべて頭に入れて動いているようだったのが印象的だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月20日 (木)

ITリテラシーと電車内での携帯電話

日本人のITリテラシーの低さと電車内での携帯電話の利用を嫌う心理を無理矢理結び付けてみる。

時々ブログ用に思い付いたことをHT1100のメールの下書きにメモとして残しているのだが、数日前からこんな無茶振りなメモが居座っている。ほおっておくのも気持ち悪いのでそろそろ考えてみることにする。

とはいえ、そもそもITリテラシーがどういうもので、日本人は「低い」のかということも曖昧で、なんとも考えにくい。そういう自分の思い込み自体が「自分の」リテラシーの低さなんじゃないかと思ってしまうほどだ。

ただ、電車内の携帯電話については、少し思うことがある。なぜあれはマナー違反なのだろうか。

良く言われるのが「他の人への迷惑」だが、うるさいということで言えば、電話よりも会話の方がずっとうるさい。酔っぱらいともなればなおのことうるさい。

ペースメーカーなどへの影響については、迷惑以前の問題だが、これは電話だけでなくメールや所持そのものにもかかわってくる問題で、「マナー」として白眼視する根拠としては弱い。そもそも、電話の存在が見えている分、避けられる(混み具合にもよるが)といったこともあるかもしれない。

ペースメーカーはさておき、気になるのは、「会話」との対比だ。他人の会話は気にならなくて、電話は気になるのはなぜか。「いや、会話も気になる」のであれば、会話が「マナー違反」でない理由は何か。

電話は相手の話が欠けた会話のため、端で聞いていて流れが読めず、気持ちが悪いから気になるのではないか、ということを以前考えたことがあるのだが、だとすると、そうして他人の会話に聞き耳をたてている方がよほどマナー違反じゃないのかよ、という気がしてくる。

パブリックなスペースで周囲を遮断して電話の向こうと会話をするという、パーソナルを持ち込むことへの違和感だろうかとも考えたのが、会話だって当人同士のパーソナルな空間を無理矢理作っているのは間違いない。

そもそも、会話をする側としては、そうして聞き耳を立てられているかもしれない状態で話すことに抵抗はないのか、という気もしてくる。
(個人的にはその方がよっぽど気になる。電話は相手の話が周囲には聞こえないので、会話の内容が完全に筒抜けになることはない。)

で、ここでネットの話を無理矢理結びつけてみると、ブログやtwitterというのは、こうした電車の中での会話に近いと考えることができるだろう。ブログはもしかしたら街頭演説ぐらいかもしれないが、少なくともtwitterは明らかに電車内の会話や電話に近い。(フォローしている相手同士のやり取りは会話だし、フォローしていない相手とのやり取りは電話だ。その他TLを流れるつぶやきはざわめきのようなものだろうか。)

そうしたことに抵抗感を感じる、というのは、電車の中で求められるマナー観と通じる部分はないだろうか。

・・・というのが、たぶんメモをした時に考えたことだろう。電車内での電話や会話を耳にしつつもスルーして受け入れられる能力が、ネットのリテラシーと関係してくるのではないか、と。

うーん、やっぱり相当無茶振りだった気がする・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月19日 (水)

まずはハカる

先週の土曜日は、オレイユの練習の前にアカデミーヒルズのセミナーがあった。三谷宏治氏の「ハカる考動力」ワークショップだ。

今更ながらに気付かされたことに、この「ハカる」という行動には大きく二つあるということがある。一つは検証のため、もう一つは発見のためで、今回のワークショップで学ぶのは「発見する」方。

そして、サブタイトルに「座って悩むな、動いて考えよ」とあったように、発見するためには、まずは色々ハカってみる必要がある。検証の場合は、事前にハカり方を良く考える必要があるが(アンケートがその典型)、発見のためには、頭で考える前にまずはグラフ化してみたり、実際に使って体験してみたり、いずれにせよ行動しながら考える「考動」することが重要という内容だった。

もちろんそうした際のグラフ化のセオリーのようなものはあるにせよ、まずはやってみることが大切だというメッセージが伝わってきた。「考えるのは必要だが、悩むのはダメ」といった話もあったのだが、自分の場合考えているようで、実は「悩んで」いることの方が多いなぁと反省してしまった。

さて、そんな三谷さんからの宿題は、当日配られた「ハカる考動学」に書かれている問題を、先を読まずに自分で考えてみるというもの。ついつい勢いで読み進めてしまうのだが、確かにそこで踏みとどまって考えるクセをつけることが大切なのだろう。

せっかくいただいた本と機会であるので(そして一度読んでしまったらできないことなので)、しっかり取り組んでみたいと考えている。
(と、考えるまではするのだが、なかなかその先に進めないのが悪いクセだ。とはいえ、正直ちょっと時間がないよ・・・。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月18日 (火)

チャイコフスキーのマンフレッド交響曲

今週は東京都交響楽団の定期演奏会があるのだが、前回行ったときに「知らない曲はなるべく予習をしていこう」と書いていたのをすっかり忘れていた。

今回はチャイコフスキーのマンフレッド交響曲がメインということで、昨日CDを買ってきた。チャイコフスキーの交響曲は、特に4番なんかはやたらと持っている(今思い出せる限りで5枚はある)のだが、マンフレッド交響曲は持っておらず、聴いたこともない。つくづく、世の中には知らない曲がまだまだあるなと思ったりする。

昨日はついでにストラビンスキーのCDBOXも買ってしまった。普段あまり(というかほとんど)聴くことがないのだが、オレイユで演奏する作曲家の作品は、これも縁と考えて買ってみることにしている。ま、聴けるのはいつになるか分からないが。

結局はiTunesに取り込んで聴くのだから、CDではなくネットで購入すれば良いという考え方もあるのだが、今のところクラシックに関してはCD買いが基本になっている。今は自宅にはCDプレーヤーも置いていないのだが、機会があれば大音量で心置きなく聴いてみたいという欲求がどこかにあるのだろう。

ちなみにCDを買ったのは渋谷のタワーレコードなのだが、店に行った時に、たまたまフロアでは次に府中で演奏するブルックナーの8番の4楽章が流れていたので、ついつい聴き入ってしまった。演奏したことのある曲というのは、不思議とほんの一部を聴いただけでもすぐに分かる。聴いて良く知っている曲とはまた少し感じ方が違うのは確かだ。

さて、なんだか散文的になってしまったが、実は昨日はiTunesに取り込んでiPhoneに同期をしただけで、まだマンフレッド交響曲は聴いていない。なかなかこの「聴く時間」を確保するのも、意外と難しかったりするんだよね・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月17日 (月)

週末の練習

アンサンブル・オレイユの練習が始まって、週末がスキーの季節とは違った慌ただしい時期に突入した。府中の本番も近づいていて、仕事もさることながらオケの方にも時間を割いていかなければならない。

オレイユは、まだ曲が体に馴染んでない。最初の練習だから諦めている部分もあるが、府中とは違ってそれでは通じない厳しさもある。とりあえずなんとなくでも曲の感じはつかめたので、早いうちにしっかりとした譜読みができると良いのだが(曲がつかめないうちはいくら練習しても自分の場合ダメだったりする)、今週は車検で車がない上に、夜が空いている日がない。(日中の方が予定がない笑)

土曜日も従兄弟の結婚式で、府中の練習すらままならない状態だ。いずれにしてもオレイユの次の練習は欠席せざるをえないのだが、基本的に合奏の中で楽譜を掴んでいく自分にとっては、その欠席も痛いことだったりする。

残念ながら今週はイメトレぐらいしかできそうにない。府中も事情は同様で、次回は指揮者が来る上に、午後には弦分奏まで行われるのだが、そのために楽譜を思い出す時間がとれなさそうなのが怖い。

昨日パート練習をして、パートのメンバーについては大分思い出してもらったと思うのだが、自分は弾いている訳ではないし・・・。

もっとも、イメージトレーニングといっても、楽譜を見ながら曲を聴く時間がいつ確保できるかと言えば、朝か昼休みしかなかったりする。あまり落ち着いた環境じゃないなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月14日 (金)

誰のための環境対策か

先日電車の中で見かけた消費者金融への返済相談の車内吊り広告に、こんなことが書かれていた。

「(自分は)何のために働いているんだろう」

もちろん、「借金返済のためではないということ示唆するメッセージなのだが、ついこんなことを考えてしまった。

「そりゃ過去の自分のためだよ」

金利が暴利に設定された悪質な貸金業者云々の話はさておき、一般的に言って「借金返済」というのはそういうものだろう。未来の自分から借り、過去の自分に返すものだ。

そこで、環境対策も実は同じかもしれない、と考えてしまった。盛んに「未来のため」「子どもたちのため」「子孫のため」と言われているが、実はそう言っている年配世代の「過去の彼らのため」に行われているというのが本質であり、巧妙にすり替えられているのではないか。

未来のためならモチベーションも生まれそうだが、過去のために何でそんなことをしなければならないのか。

環境活動に反発する人というのは、そうしたことを何となく感じ取っているのかもしれないし、途上国や新興国が先進国に突きつけているのはまさにその点だろう。

借金はそれを作った人間が返済するものだ。将来のために、という言葉に惑わされてはいけない。


とはいえ、実際のところそうしたすり替えを行っている年配世代にも、そこまでの自覚はないだろう。正直、自分もない。

そもそも、踏み倒せるなら踏み倒したいのが借金だ。

そこで、無理矢理にでも返済する仕組みを考えてみる。例えば、「相続」という考え方を一切廃止し、死亡した人間の財産はすべて環境税として没収とかどうだろうか。家の借金を生命保険で返済するのに似ているが。

少なくとも、環境税のようなものは、世代に応じた傾斜税率が良いのかもしれない。高齢者ほど税率が高いなんて、まず現状の政治基盤ではできないだろうが、理屈ではそういうことだ。その上で、所得に応じた傾斜をつければいい。少なくとも、今の環境にほとんど責任のない若い世代に「環境税」というのは、理屈にあわない。

もっとも、「過去の借金の返済」ではなく、あくまでも「未来への投資」だというのなら、逆に若い方ほど高い税率ということになるだろうか。過去の責任に目をつむりたいなら、そういうことにしておいても良いかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月13日 (木)

iPad

iPadを買うのはとりあえず既定路線として、64GBモデルにすることははっきり決めていたのだが、Wi-Fiモデルにするか、Wi-Fi+3Gモデルにするかについては少々迷いがあった。

・・・のだが、昨日衝動的にWi-Fiモデルで予約を入れてしまった。ソフトバンクの回線をiPhoneとあわせて2つも契約するのはなんだかいやだな〜などと思ってしまったので。(docomoだったら問答無用でHT1100を切り替えたのだが。)

もっとも、一晩おいて冷静に考えると、ブログの更新をするのに使おうと考えた場合、Wi-Fiの通信機能だけでは意味がないのだった。結局何らかの接続する手段は必要になるわけで、そう考えると早まったかもしれない。

まぁ、その時はその時で考えよう。とりあえずHT1100は残る訳だし。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月11日 (火)

ファミリーコンサート終了

日曜日にファミリーコンサートが無事終了。直前の練習まで結構ガタガタだったような気もするのだが、本番は絶妙な集中力をオケ全体で発揮して、楽しい時間を過ごすことができた。
客席の子どもたちのざわめきを完全に消すことができるほど引き込める演奏にはならなかったのだが、それはさすがにアマチュアに求めるのは無理なレベルかもしれない。

演奏面については、録音を聴いてまた考えれば良いことだが、運営面について反省点をいくつか。

まず、全体に準備が遅れてしまった。これは係ではなく自分の責任が大きいだろう。言ってしまえば、そうしたスケジュールを逆算してそれぞれが動いていけるように促すのが、委員長としての役割だからだ。

週に1回という練習予定の中で物事を進めていくということは、本番まで1ヶ月あっても実質的には4日しかないということでもある。練習だけでなく、運営面でもそうしたスケジュール感を持っておかないと、気付いたら直前の1週間(つまり1日)で相談する時間もなし、ということになってしまうのだ。

実際そうしたことは他でも何度かあって、正直なところいまだにその感覚をつかみきれていない。(そもそも仕事でもそうしたスケジュール管理は苦手な領域だし・・・。)

そんなこともあって結局自分が動いてしまったのも反省点だろう。思いついたことがあれば、委員会内で相談して動いていけるようにすればよいのだが、そうした時間的余裕を持って動けていないので自分がやらざるをえなくなる。

これが定期演奏会だったら・・・と思うとちょっとゾッとしてしまうのだが、考えてみれば7月10日の本番まで2ヶ月、つまり8日しかないのだ。(加えて言えば、定例の「運営委員会」は月1回なので、実質2回しかない。)
すぐに手を打っていかないと、また直前にばたついてしまうことになる。

なまじ自分には色々と情報が入ってくるので、それで終わった気になってしまい、他の委員や団内に伝えていくことを怠りがち、というのも反省点だろう。運営委員会は、団員への直接的な伝達手段を持っていないので、やっていることをどのように可視化していくかというのも大きな課題だ。メールのようなオンラインの手段で一斉に、というのも限界がある。ホームページはもう少し活用したいところだが、自分もあまり見ていなかったりする。

今週末にはオレイユの練習も始まったりして、いよいよ何かを考えたり、練習したりするための空き時間がなくなってくる。
とりあえず今日はパート内への連絡と運営委員会の予告をしないとね・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 6日 (木)

電車の中で目を使う

先日「もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら」(岩崎夏海/ダイヤモンド社)を読んだあとに、妙に気持ちが高ぶったというか、「マネジメント」の他にもいくつか本を購入してしまった。

それも、iPhoneで読める電子書籍を・・・。

それ自体は別によいのだが、さて読むぞという段になって、「どこで読むんだよ」という考えが浮上してしまった。先日のエントリーで、twitterを少し控えめにすると書いたのだが、そうしたことを考えたもう一つの理由は、「電車の中で目を使わないようにする」ことだったからだ。

今年最初のエントリーでも、実は「電車の中で本は読まない」と書いていたりする。結局のところなし崩し的に目を酷使してきてはいるのだが、免許証の更新(今年)が迫ってくるにつれて、今更ながら視力の低下が気になってきたのだ。

最近、目が霞む。

年齢的なこともあるかもしれないが、元々電車内での目の使用には弱いのだ。高校時代に一気に視力が低下したのは、通学の電車内での読書が大きく関係している(と思っている)。

そうした自覚があることは、何度かこのブログでも書いていて、その度に電車の中では目を使わないようにしようと思うのだが、すぐに何かを読んだりするようになってしまう。まったくダメという気はないが、それにしても必要最小限にとどめたい。

そんなわけで、iPhoneにダウンロードした本は、電車内では読まないようにしなければ。もちろんtwitterやメールチェックもダメだ。(いや、メールの返事とかは仕方ないか・・・。)

ブログを書く時間を短縮して、残りの時間で読めばいいんだよね・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »