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2010年6月29日 (火)

問題に関与する人を増やす

昨日はアカデミーヒルズのセミナー「最先端の知」シリーズを聞いてきたのだが、その前に先週出席したハンガー・フリー・ワールドの10周年記念シンポジウムの事も書いておきたいのだった。

もちろん「飢餓」をテーマにしたシンポジウムなのだが、印象に残ったのは直接的な飢餓の話題ではなく、登壇者達が話していたこんな一言だった。

「複雑な問題ほど、特定の誰かを犯人にしてはいけないと考えている。」
「問題があるのであれば、関与する人を増やし、情報を提供し、議論をしていく事が重要。」

前者は、会場からの「(食品廃棄の多い)日本では食糧の生産量を増やしても廃棄されてしまうのではないか?なぜ廃棄されてしまうのか?」という質問に農水省の方が答えた一言。

売らんかなで作りすぎる企業が悪い。いやそれは結局鮮度を過剰に求める消費者の問題・・・といった具合に、「誰かを」犯人にして論じるのは簡単だが、そんな単純な話ではない、という戒めだろう。確かに、誰かを悪者にするのは痛快ではあるのだが、それを論じていても問題が解決する事はほとんどない。

そこで考えさせらるのが後者の一言で、ベナンのHFW事務局長のコメントだ。
(余談だが彼女はその前に「飢餓は人間が問題を作り出しており、人間が解決できるもの」という一言を発していて、会場的にはその言葉に打たれた方が多かったようなのだが、自分はちょっと違ったのだった。)

多くの場合、問題を「効率的に」解決するには関与する人間を減らし、意思決定の速度を上げる、というスタンスが取られる。関わる人が増えれば、意見も多様になり、まとまらなくなる。だから、関与する人を増やし、情報を提供していくなんてとんでもない・・・と考える人は少なくないのではないか。
表だってはそうは言わなくとも、無意識にそのように行動してしまう人は多いはずだ。

だが、そうではないと彼女は言う。それはおそらくベナンにおいて、そうやってネットワークを広げる事で問題を解決してきた経験が言わせるのだろう。それは逆にいえば「問題の本質」を共有できれば、解決のための意見はまとまっていくものであり、まとまらないというのは、問題を真の意味で共有できていないという事ではないか。

そして、そうした状態だからこそ、物事を単純化して「誰かを悪者にする」論法が生まれ、通じてしまうのではないか。

そんなことを考えさせられたのだった。

で、この「情報の開示と共有」については、昨日のアカデミーヒルズでの話にも関係してくるのだが、時間がなくなったので明日に回すことにする。

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