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2010年10月19日 (火)

経営陣は「巻き込む」相手か

今更ながら、伊吹英子氏の「CSR経営戦略」(東洋経済新報社)を読んだ。

この本には前書きにこの様なことが書かれている。

本書の内容の主語はすべて「経営者(陣)」である。すなわち本書が導出している改革の施策は、すべて現実的なマネジメントアクションとして経営者の意志をもって実現できるものばかりである。

この考え方には個人的には全く同感なのだが、読み進めていくと時々奇妙な記述にぶち当たってしまう。

それはCSRの推進において、経営陣を巻き込むことが欠かせないというニュアンスの記述だ。ぱっと読むとその通りだなと感じるし、現実問題としてそうした課題があることも想像に難くないのだが、よく考えるとこの考え方は根本的に矛盾しているのではないか。

CSRに限らず、企業経営において「進むべき方向性」「意思」を示すのが経営者・経営陣の役割だ。そう考えると、CSRの推進における経営陣の立ち位置は常に「巻き込まれる」側ではなく「巻き込む」側でなければいけないはずである。

経営陣が従業員を説得するのであって、従業員が経営陣を説得するのではないのだ。個々のビジネスプランであればともかく、根幹となる理念や戦略の部分で、従業員に説得されるのを待つ経営陣がいるとしたら、ポストを明け渡してしまった方が良いということにならないか。

提案に耳を傾けることと、提案に巻き込まれることは違う。耳を傾けるのは、すでに自分に明確な意思がある場合だ。そのために様々な意見を聞くことは、巻き込まれることとはまったく異なる。

しかし、多くの書物やコンサルタントの言説では経営陣の「理解」「巻き込み」が推進の際の大きなファクターとして強調される事が少なくない。「理解のない」経営陣に対して「こうした提案が必要」といったケースの提示さえある。

なぜ担当者が手取り足取り経営陣の理解を求めなければいけないのか。

残念ながらそもそもそうなった時点で、その「CSR推進」は頓挫が運命づけられているような気がしてならない。経営陣が「自分達が納得できる」戦略を受身で待っている時点で、その企業の将来は暗いような気がするのだ。

経営陣は本当に「巻き込む」相手なのだろうか。

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