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2011年2月25日 (金)

○○ばかりの生活

昨日は国際協力NGOであるハンガー・フリー・ワールドのカウントボランティアに行ってきた。
全国から寄贈されてくる書き損じハガキや切手などを仕分けし、カウントするボランティアだ。最終的に換金され、国際支援の為に使われる。

ただ、身も蓋もない書き方だが、あまりこう「国際協力したい!」みたいな動機があってやっている訳ではない。元々のきっかけは仕事絡みなので、そうでもなければ始める事はなかっただろうし、始めてからはどちらかというと惰性でやっているようなものだ。

もっとも、退社後の夜の時間を何かに使いたいという気持ちはある。何かにというのは、社会の為にである必要はなく、自分の為で全然良いのだが、いずれにしても何もなくて過ごすにはもったいないような気がしているのだ。

いや、もったいないというのも違うような・・・何か色々な事をする習慣を身につけたいという感じだろうか。出来れば、あまり一つの事に固定化されない方が良いので、文字通り「何か」で良いのだ。

その中にはもちろん「家でテレビを見る」といった事もあって良い。ようするに「テレビを見るばかり」といった「○○ばかり」という状態をなくておきたい、というのが近いニュアンスかもしれない。

もっとも、そんな事を言い出したら、「日曜日はオケの練習ばかり」なので、少々微妙な事になってしまうのだった・・・。

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2011年2月24日 (木)

目的ドライブと技術ドライブ

火曜日にアカデミーヒルズの日本元気塾で、小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーだった川口淳一郎氏の話を聞いてきた。

宇宙開発の話ではあるのだが、プロジェクトマネジメントの話・・・というのがアカデミーヒルズらしいといえばらしいのだが、会場からの質問もそうしたプロマネの話が多かったのが印象的だった。

その中で、ちょっと気になったというか、なるほどと思ったやりとりがあった。
「はやぶさ」プロジェクトが、様々な新しい技術と挑戦を生み出せた原因は、目的ドライブではなく、技術ドライブの開発だったから、というものだ。

エンジニアらしい話ではあるのだが、ようするに「小惑星探査をする」という目的があったから様々な挑戦が生まれたのではなく、まず技術的に挑戦したいテーマがあって、その実現に挑むために「小惑星探査」という目的が設定された、という感じだろうか。
露骨な言い方をすれば、技術者としてやりたい事をやるために、小惑星探査というミッションが生み出されたとでも言えるかもしれない。

そこでこんな事を川口氏が言っていたのだ。

「目的からスタートすると、既存の技術で何とかしようとしてしまう」

もしかすると「気候変動対策」や「持続可能な社会の実現」といった話は、こうした問題に直面しているのかもしれない。そんな事をふと考えてしまった。

個人的にはこうした事への対策、特に気候変動のような事態への対策は、科学技術の発展(それも革命的な技術革新)で何とかなるのではないか、という楽観論に立っているのだが、そのための挑戦が、「気候変動対策」という目的に縛られているなんて事はないのだろうか。

そもそも「身の回りのできる事から」という考え方や呼びかけ自体が、既存の技術で何とかしようという発想の最たるものではないか。

もう一つ考えさせられたのは、「イノベーションの発揮には、ハイリスクな投資が避けられない」というメッセージだ。おそらく科学技術の場合、この「ハイリスク」には、リターンが得られないというだけでなく、刃として跳ね返るといった意味合いも含まれているのだろうが、そうしたリスクへの覚悟がイノベーションを生むのだと考えれば、「できる事から」というローリスクな行動は、緩やかな先延ばし対策にしかなっていない可能性もある。

「できそうもない目的」に向かって「できる事」を積み重ねるぐらいなら、目的は後回しでも良いから「できそうもない事」にとりあえず挑戦してみる方がよいのかもしれない。

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2011年2月22日 (火)

MacBookAir

iPad/iPhoneでは対応できなくなってきた・・・。

もちろん、大抵の場面では問題ないのだが、いくつかどうしても対応できないことがある。
昨日困ったのは、府中の代表メールアドレスに寄せられたメールへの対応だ。

iPadやiPhoneのメーラーではテキストでの返信ができない。これが気になる。
普段やりとりしている相手ならともかく、そうではない相手への返信なので、極力リスクは減らしたい。相手側での文字化けがいまだに問題になる(このブログの検索ワードのトップもそれだ)iPadでの返信にはどうしても慎重になってしまう。

資料の作成もそうだ。一度iPadで作成して分かったのは、一から作るのはかなり手間がかかる上に、配布段階で他で読めないという事態に陥ったりする。フォントの設定とか、ほんのちょっとの問題なのだが、そこが効率に大きなブレーキをかける。

できないわけではないのが難しい所だ。やろうと思えばできる。そういう意味では「対応できない」のではなく、なんでもやるには「非効率」な面が見えてきて、その部分が意外な負荷になってきているという事なのだろう。

やはり思い切ってMBAを用意してしまった方がよいのだろうか。安いネットブックという手もあるが、それはHP-Miniで懲りている。iPad並とは言わないが、立ち上がりに時間がかかるとか、バッテリーを気にしながら使うというのは厳しい(バッテリーに関してはMBAでも厳しいかもしれないが・・・)。

もっとも、メールに関しては、手作業での手間を加える事で、コード混在による文字化けのリスクを減らす事はできる。あるいは、そうした対応でもよいのかもしれない。

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2011年2月21日 (月)

拡大生産者責任の誤解

土曜日に、NPO法人ごみ・環境ビジョン21が主催する市民ごみ大学セミナー「今度こそ!!ちゃんと変えよう容リ法」に行ってきた。思わぬ人に会ったりしたのだが、それは別の話。

そこで改めて考えてしまったのは、「拡大生産者責任」という言葉の功罪(主に罪)だ。

基調講演をされた千葉大学法経学部の倉阪秀史教授が触れていた事なのだが、「拡大生産者責任」という言葉には誤解があり、それを払拭する事が重要だという。

「容リ法の改正論議においては、拡大生産者責任について、生産者が悪いから何かその責任を負わされるようなイメージがあって、その言葉が何かタブーのような扱いを受けてしまっているように感じた。拡大生産者責任といっても生産者が負担するわけではない。生産者が価格に転嫁し、消費者が最終的に負担するものである。」(配布された資料より引用)

確かにその通りだ。が、それを理解しているはずの倉阪教授でさえ、資料の別の所でこの様に書いている。

「拡大生産者責任は、現在市町村が税金で処理している負担を生産者の方に移すこと」
「生産者が製品を設計する段階で廃棄物処理やリサイクル費用を負担しなければならないということがあらかじめ分かっていれば、無駄なものを作って、それを市場に送り込みはしないだろう。」

かように、拡大「生産者」責任という言葉がもたらす「生産者の負担」イメージは強いのだ。これでは意味がない。

そう思って質問もしたのだが、上手くまとまっていなくて意図は伝わらなかったようだった。元の言葉を直訳したらどうとか、意図としてあるいは学問としてどうとかではなく、誤解を招く言葉のイメージこそが、ごみ対策が進まない最大の理由であり、それを口実に遊んでいるのではないかとさえ感じてしまう。

この言葉の誤解されたイメージが端的に現れていたのが、容器包装の3Rを進める全国ネットワークの中村秀次事務局長の講演の中にあった。

「リユースびんの循環コストは30円、メーカー負担も30円。」
「ワンウェイの循環コストは41円なのに、メーカー負担は25円だけ。」

拡大生産者責任の趣旨に沿うなら、上記の「メーカー」は「消費者」となっていなければならない。というか、そもそも消費者なのだ。41円の循環コストを25円にした差額は、企業内部に留保されているわけではなく、商品価格を下げることに使われているからだ。

だが、その事に気づいた人が参加者の中にどれだけいただろうか。上記の表現だけ見れば、「企業が不当に儲けている」と受け取るのが普通ではないか。分かって書いているなら悪意があるとしか思えないし、分かっていないならなおたちが悪い。

もちろん、消費者に「負担させる責任」は生産者側にある。拡大生産者責任の「責任」というのは、現在自然環境に押し付けられている負担を、正しく人類社会に負担させる責任だ。だが、結果として、人類社会の主体に責任を感じさせる言葉になっていない。

あるいはこの言葉を創出した人の意図は、「消費者が責任を感じることなんてないし、感じた所で行動するはずもない。生産者が責任を負うしかない」というものだったのかもしれない。皮肉なようだが、そうした消費者をバカにした様な側面があるような気がしてならない。

この言葉を受け入れて使うというのは、そういった事から目を背けているだけなのではないだろうか。

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2011年2月18日 (金)

思いつきノート

久しぶりにというか、思いつきを書きとめるためのノート(@モレスキン)を復活させてみる事にした。前のノートは2008年のものだから、かなり前だ。新しいノートもあるのだが、前のノートが数ページ残っているので、まずはそこから使っていく事にする。

思いつきノートは、文字通り思いついた事や、ちょっと考えた事などを書き留めておくためのものだ。今ならtwitterとかもあるのだが、会社では少々アクセスがよくない。また、紙に書くから得られる発想というのもある。

ただ、前のノートを読み返してみると、途中から議事メモが加わっていたり、あまり「思いつき」でないものも少なくない。こうしたノートを一つにまとめる、というやり方もあるのだが、個人的にはこのノートはあくまでも「思いついた一言」を書いておくものに限定したい気がしている。

ミーティングの議事メモや仕事上のアイデアをまとめるために書き散らすメモであれば、会社の大判のメモ帳を使った方が良い。このノートはあくまでもブログ用などに一言を書き残すためのものにしておきたいのだ。

特に今回読み返してみてそう思う。記録用のメモとアイデアがごちゃごちゃになっていて、なんとなく読みにくい。自分が思いついた事なのか、誰かの発言なのかが分からなくなってしまっているからだ。

いずれにせよ、なんらかの「自分の言葉」を記すメモにしたい。誰かの発言であっても、とりあえずの記録ではなく、自分の言葉にしていくためのステップとして書き記すものにしたいのだ。

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2011年2月17日 (木)

ダイバーシティマネジメント

昨日はKM学会の多様性研究部会があり、ダイバーシティマネジメントについて考える機会があった。ということで、思いつくままに書いてみる。

そもそも、組織というのは様々な人間の集団だ。十人十色と言われるように、本来組織の構成員は一人ひとり異なっていて、自然な状態では多様性があると言える。

そうした多様な構成員の力を組織に生かすのがマネジメントと考えれば、そもそもマネジメントというのは多様性をどう組織に生かすかという事に他ならない。今更言うまでもなく、これまでも組織はダイバーシティマネジメントを行ってきたのだ。

違うのはそのアプローチだ。おそらく「従来の」ダイバーシティマネジメントは、そうした多様性をある程度制限し、組織として統一行動が行えるようにするというアプローチで成り立っている。
中央集権型の指示系統しかり、新卒一括採用による価値観の刷り込みしかり、男性ばかりの企業文化しかり。そこにあるのは、多様な集団をどう統一し、コントロールする事でパフォーマンスを高めていくか、という視点だが、これも「ダイバーシティマネジメント」には違いない。

問題は、これからはそうではないマネジメントアプローチが求められている、という点だ。

理由は比較的はっきりしている。
一つは組織の構成員を選り好みしていられなくなったと言う事だ。これまでは「組織に合う」人間だけ採用していれば良かったが、そんな事は言っていられなくなった、という事はあるだろう。
もう一つは、従来の統一型のマネジメントの限界が見えてきたという事がある。多様性を「生かす(開放する)」のではなく、「殺す(制限する)」マネジメントスタイルでは競争に勝てなくなりつつあるのだ。

そこには社会的な要請という側面と、組織のパフォーマンスアップの側面という二つの要素が混在しているが、前者を優先すればCSR的なアプローチになり、後者を優先するとKM的なアプローチになると言えるかもしれない。

(余談だが、KM学会では当然後者の視点でのアプローチが中心になるのだが、グローバル化を考えると前者の視点の方が重要になってくる可能性もある。日本人は労働者の権利に労働者自身を含めてかなり無頓着なので、この辺りは二の次に考えてしまう事が多いような気がする。大体において、途上国の組織観はそうした労働者=構成員軽視の傾向が強い。)

では、どんなマネジメントが求められているのか・・・それはおいおい考えていこう。

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2011年2月16日 (水)

クレジットカード

諸事情により昨日今日と睡眠時間が短く、正直な話かなり眠い。そんな訳で書いている時間があれば仮眠にあてたいぐらいなのだが・・・

近所の昭和シェルで、スターレックスカードが使えなくなった。
これの何が問題かというと、カード利用によるガソリン代の割引が使えなくなる事を意味しているからだ。スターレックスカードは、カードの使用額に応じて割引が受けられるのだが、それはもちろん昭和シェルだけでの話だ。

もちろん他の昭和シェルを使えば良いのだが、元々スターレックスを使い始めた動機は、そのスタンドでの利用を前提にしていたものだったので、そこでカードが使えなくなるのは痛い。最近はそれほどガソリン代を使っていないのだが、それでも痛い。

そもそも、他に近場で使える昭和シェルがない。

ただ、逆に言えばこれはメインのカードを切り替える良い機会かもしれないという事だ。というか、さっさと切り替えた方が良いのだろう。このままでは無駄にポイントを貯める事になってしまう。

今手元にあるカードで、最有力候補はビックカメラSuicaカードだろうか。ポイントが最も柔軟に使いやすい。難点は定期で使用しているPASMOと干渉するので財布の中に同居させておけない事だが、干渉を防ぐシートを挟むという方法はある。

もう一つはDCMXだろうか。ただ、こちらは正直な話よく分からない。docomoの携帯の使用料はこちらから引き落とされていて、契約上縛られているので、集約の意味はあるが、ポイントの用途が限られるのが難点だ。

さて、どうしたものだろうか。
いずれにしても、早急に考えた方が良さそうだ。

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2011年2月14日 (月)

バルトークのルーマニア民族舞曲

この週末は結局スキーには行かなかった。毎年シーズン後半はモチベーションが下がる傾向にあるので、どう持ち直すかが課題だろう。

一方でオケの方がこの時期は忙しくなる。小編成のアンサンブル中心のミニクラシックコンサートがあるからだ。エントリーしなければ良いのだが、結局する事になり、昨日の午後はその1回目の練習があった。

曲目はバルトークのルーマニア民族舞曲の弦楽合奏版。
今回は弦楽合奏1曲だけなので、弦楽四重奏やチェロアンサンブルに比べればそれほどきつくはない。

それと・・・結構楽しい。定期の曲がトリスタンとイゾルデやらブラームスの2番やらで、締め付けられるというか、弾いていてやたらストレスが溜まるのに対して、ルーマニア民族舞曲はガンガン弾けてとても開放感がある。見方によっては弾き方が荒れるという一面もあるが、とにかく楽器を鳴らすのが楽しい、という感じだろうか。

もっとも、実際には弾けていないので、そこは練習する必要はある。本番まではあと1回の練習と当日のリハのみだが、個人練習は一度必要だろう。

問題はスキーに行くとそれが難しくなる事だが・・・。

もう一つは、裏方の準備がある。どちらかといえばこちらの方がやる事が多い。失敗したのは、時間がない事もあって自分でやる事を抱えてしまった事だ。どうも人にお願いするのが下手で、しかもタイミングが悪い。着手が遅すぎて、頼めるタイミングを失ってしまうのだ。自分でやるなら間に合うというギリギリのタイミングまで引っ張ってしまっているからだ。

今回は何とかするしかないが、そんなやり方では定期演奏会は乗り切れない。もう3ヶ月しかない訳で、そろそろ(ではなくとっくに)動き出さなければならない。

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2011年2月10日 (木)

週末にスキーに行くか

仕事の方はほぼ問題なくリカバリーが終了。元々十分終われる予定で組んでいたので当たり前といえば当たり前だ。先週であればいくつかの打ち合わせの合間に作業を進めなければならなかったが、今週はそれもないので、むしろ余裕があったとも言える。少なくとも、休み明けは、本来そうありたかった状態と同じ形でスタートできそうだ。

・・・が、それでも失われたものというか、気持ちの面では復活していないものもある。

一番の悩みは今週末スキーに行くかだろうか。三連休なのだから、楽器の練習とスキーは問題なく両立する。が、現実にどうかと言えば、悩んでいる時点で、すでにスキーに行くというテンションが下がっている事は間違いない。

もっとも、この週末は天気が荒れるという予報も影響しているだろう。三連休のような状況は混雑にもつながるので、元々どうしても行きたいという感じではない上に、天気が荒れるという予報は気持ち的にはかなり痛い。本来の予定では、明日はのんびり帰ってくるだけぐらいの心算だったのだ。

さて、行くつもりであれば、今日の夜には準備をしなければならない。うーん、面倒くさい・・・。

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2011年2月 9日 (水)

この世で面白いもの

ずいぶん前の事だが、振り返りも含めて過去の自分のエントリーにトラックバックするのはどうだろうか、なんて事を書いた事がある。

そうだ、ネタが思いつかない時には過去を振り返ってみれば良いのだ!という訳で、スタートした2006年から今日と同じ2月9日のエントリーを拾ってみた。

2006年 ナレッジマネジメント事例の紹介2
http://projectk.txt-nifty.com/enigma/2006/02/post_d4b7.html

2007年 自分を追い込む
http://projectk.txt-nifty.com/enigma/2007/02/post_4a2a.html

2008年 (休日の為エントリーなし)

2009年 今週はスキー三昧
http://projectk.txt-nifty.com/enigma/2009/02/post-ae3f.html

2010年 この世で仕事ほど面白いものはない
http://projectk.txt-nifty.com/enigma/2010/02/post-1a5b.html

・・・2009年は今年(の目論見)と同じ様に休みをとってスキー三昧だったようだ。実際のところ、シーズン中まとめて休みが取れるタイミングがこの週だけだったりする。もっとも2007年はキャンセルをしているので、必ずしもとれる訳ではなさそうだ。

それにしても毎年バラバラな訳だが、去年のエントリーは我ながらフンフンと読んでしまった。実際のところ、仕事が面白いのは、それが仕事だからではなく、何らかの形で自分にフィットしたからだ。別に仕事以外が面白くたって良い。

「この世で勉強ほど面白いものはない」だって、勉強に充実感を感じているからこその話であって、勉強だから面白い訳ではないのだ。

そもそも、仕事以外も面白いにこした事はないだろう。一昨日の「Chabo!著者と読者の集い」で、久恒啓一さんが「一本足打法は不安定なので、二本足で立つ方が良い」と言っていた事を思い出す。

「この世で仕事ほど面白いものがいくつもある」ぐらいの方が、人生は豊かになるのかもしれない。

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2011年2月 8日 (火)

幸福の多様化、不幸の多様化

昨日は「第2回Chabo!著者と読者の集い」というイベントに行ってきた。
Chabo!というのは、参加する著者の本の印税の一部が寄付される、一種のCRMプログラムで、有名どころの著者としては勝間和代氏がいる。

昨日のイベントは「著者と読者の集い」というタイトル通り、彼女を始めとする何名かの著者が集まってトークを行うというもの。

酒井穣氏
竹川美奈子氏
久恒啓一氏
山口一男氏
山田昌弘氏
和田裕美氏

といった面々が、それぞれ自分の考えなどを語っていた。
人数が多かったので、パネルトークとしては正直冗長な感じもあったのだが、同じプログラムに参加していても考え方は様々で、とても面白いイベントだった。

なるほど、と思ったフレーズはいくつかあったのだが、個人的には山田氏の言われていた話に妙に心に残ってしまった。

「幸せになる事と不幸を避ける事は違うのだが、最近は不幸を避ける事ばかり求める傾向がある」

例として挙げていたのが「婚活」の話で、「幸せになる為の婚活」ではなく「不幸にならない為の婚活(相手の選び方)」という発想になってしまっているのだそうだ。

何となく分かる話ではある。ただ、おそらく「幸せ」の捉え方は人それぞれでかなり多様化しているのに対して、「不幸」のイメージはまだまだある程度画一的な為、同一の話題として語られやすいといったこともあるのだろう。

その「多様化した」幸福の捉え方というのも、戦後の高度成長の価値観が崩れる中で拡散してきたものなのだ。そう考えると、今後は不幸の価値観というのも多様化してきて、「あなたは不幸かもしれないけど自分は別にそう思わないよ」というようになってくるのかもしれない。

そうなったら「不幸を避ける」事ばかり語られる事もなくなっていくのだろうか。

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2011年2月 7日 (月)

インフルエンザ

インフルエンザでダウンしてしまった・・・。

29日朝の猛烈な頭痛に始まり、先週は丸々一週間休む羽目に陥った。本来は先週中に仕事に区切りをつけ、今週はスキー三昧・・・の予定だったのだが、そうした目論見はすべて崩れ去ってしまった。

不幸中の幸いは、そういう心算だったため、今週は仕事の予定をほとんどいれておらず、先週分のリカバリーにあてられる事だろうか。

・・・そんなの何の慰めにもならんけど(涙)

いずれにせよ、諸々が遅れたのは間違いない。仕事だけでなくオケ関係も対応の遅れが出た。今月末にはミニクラシックコンサートがあるのだが、かなりシビアなスケジュール感になっている。土日が中心となるオケでは、1回の休みの影響が結構大きい。

そういうタイトなスケジュールで動いていた事を反省するべきだろうか。口でいうのは簡単だが、ことはそんな単純では無い。オケに関しては全体に遅れていた事は確かだが、少なくとも仕事に関してはそれほどおかしなスケジューリングではなかったはずだ。

あえて言えば、バックアップ体制がなかった事は問題だろう。今回は締切をずらしての対応が可能だったが、それができない場合もある。「自分だけしか対応できない」ことのリスクを特に今回は強く感じた。

実際には、「自分にしかできない」事なんてほとんどないのだ。今回最も影響が大きかった案件も、無理して他の人ができないわけではない。おそらく無理やりにやってもらう事もできたはずだが、締切の延期が可能な状況で「できないと思っている」相手に強行するにはリスクが大きかったのは確かだ。

自分に(人に)仕事をつけてはいけない、少なくとも「ついていると思われてはいけない」という事を強く感じた今回の思わぬ休暇だった。

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