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2011年4月21日 (木)

多様性の喪失

誰かに「人はそれぞれ違うものだと思いますか」と聞いたとする。おそらく多くの人が「その通り」と答えるだろう。人は一人ひとり違う存在であり、それを受け入れる事で社会は成り立つ、と。

でも、そうだとすれば、何故「多様性(の受容)」という事がこれだけ求められるのだろう。

そんな事を昨日のKM学会のセミナーで考えた。タイトルは「ダイバーシティ(多様性)を組織に活かす」。こうした題目が成り立つのは、実際には組織に多様性がなく、それが課題と考えられているからだ。

それはつまり、人は深層においては「皆同じ(でなければならない)」と思っているという事なんだろうか。そうした人が多いから、組織から多様性が失われているのだろうか。

だが仮に、一人ひとりの考え方とは関係なく、組織が多様性を喪失するのだとすれば、それは個々人の意識の問題ではなく、組織が内包する課題という事になる。

ヒントがあるとすれば、組織はなんらかの共通の目的を持った人たちの集団であるという点だ。ダイバーシティの考え方においても、その点は変わっておらず、むしろその目的の達成手段の一つとして、多様性があると説かれている。

一人ひとりは違うけれども、目的は共通・・・その微妙なざらつきが、多様性の喪失につながるのかもしれない。特に組織が、その目的以上に強烈な個性(リーダーシップやカリスマ)によって成立している場合、集団の構成員はどうあってもその個性の影響を受ける。

結果として、目的を共通にしていく過程で、属性も共通化されていってしまう、という事があるのかもしれない。

考えてみれば、世界(社会)は元々は多様なのだ。ダイバーシティについては、多様性を「受け入れるには」というアプローチではなく、多様性が「なぜ失われてしまうのか」というアプローチをした方が、意外と解決の糸口が見つかるのかもしれない。

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