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2011年4月14日 (木)

東京に原発を設置するという事

ビートたけしさんが原発を東京にと発言して喝采を浴びたそうだが、
皮肉の類いではなく、実はありではないかと思うので、そう考える根拠など。

まず立地から言えば、大消費地の近くにあればそれだけロスが少ない。「止められない」夜間の電力も、使っているのは大半が東京だろうと考えれば、近くに設置するのは安全云々以前に合理的な考え方だ。

また、監視の目も届きやすい。身近にあり普段から意識する事は、それだけ人由来のミスを防ぐ事につながる。都民はそうした事に無関心だというが、それは全体としてみればの話で、そもそもの母数が多いので、一部が感心を持つだけでも、田舎とは監視の目の桁が異なる。
(そもそも霞ヶ関の人達が目を離さなくなるだろう。)

今回の福島原発が天災であれば、人の関心がどんなに集まっても防げないから、原発自体をやめた方が良い。でも人災だと言われているのであれば、それは「人が防ぐ事のできる」災害だ。その際に必要なのは、多くの人が関心を持ち、注意を絶やさないようにする事だ。

さらに、そうは言ってもリスクを感じる人はいるだろうから、自然と東京への極端な一極集中を解消し緩やかに分散化を図る事ができる。生粋の東京人には申し訳ないが、東京にはそもそも地方からの流入者が多いので、そうした移住にもそれほど抵抗はないはずだ。
(個人的には、日本は移住と定住のコストバランスが悪く、先祖から土地を引き継げる定住者に対して、そうした土地を持たない移住者が不利になるようにできている気がする。沖縄の基地問題や今回の原発での避難に自分がどことなく冷淡になってしまうのは、そもそも自分がしがみつける土地を「持たざる者」で、「ここに住みたい」という希望自体を贅沢と感じてしまうからだろう。)

そうそう、土地の値段も下がる。家賃も下がるかもしれない。

「お前は原発が怖くないのか」と言われれば、もちろん怖い。だが、必要なのは「安全だ」と叫んで慢心する事でも、「無くせ」と叫んで満足する事でもない。自分自身でリスクを判断し、適度な緊張感を持って接していく事が必要ではないか、という気がする。
(自分の場合、そもそも危ないと感じるなら別の地域に移り住めば良いと割り切っているという事もあるだろうが。)

ただし、今すぐはまずい。関東圏を襲う大地震が「まだ起きていない」からだ。できればそれが発生した後、復興の一つとして、その震災のデータも考慮に入れつつ、新たに建設するのが良いのではないか、という気がする。

そうすれば、他の地域の原発は不要になるだろう。何しろ買い手がいなくなっちゃうんだから。

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