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2011年6月 6日 (月)

被災地で考えたこと

金曜日土曜日と東北を訪問した。日本フィランソロピー協会の主催する訪問プログラムで、気仙沼と石巻を見て回ったので、感じた事などを書いておく。

現地の状況は直後に比べれば(当たり前だが)大分落ち着いてきたようだ。受け入れてくれたNPOの方が、「この時期に来てくれて良かった。少し前ならそれどころではなかった」と言っていたのが印象的だ。確かに、ボランティアでもない人間が「話を聞きにくる」のを受け入れる余裕はなかっただろう。

とはいえ、改めて見て回ると、手つかずと思える地域も多くあり、これからどうなるのか、という気になってくる。一番印象的だったのは、目に見える被害の状況にかなりの落差がある事だ。
聞かされていた話ではあるが、実際に目にするとやはりインパクトが大きい。

建物をなぎ倒すような津波に襲われた地域の状況は、報道などで目にする通りと考えて良い。車が入っていける様になっているのは、その部分の瓦礫の撤去などはすでに終わっているということなのだが、今の状況でも撤去はまだまだという感じで、正直なところ直後の光景を想像するのは難しい。

一方、津波が届かなかったエリアというのは、一見日常を取り戻しているように見える。津波で冠水しても、破壊される様な被害がなかったエリアもそうだ。

が、話を聞くと、「生活」におけるダメージはあまり違いがない。自宅避難者と呼ばれる方々は、避難所では生活していないかわりに、避難所における支援も受けられないからだ。
気になるのは、そうした違いが、互いを疎遠にし、コミュニティの断裂につながるのではないか、という点だ。

直接話を伺ったある学校の校長先生は言っていた。
「今はできる限り子どもたちを笑顔で包んでいたい。そのために多くの支援、多くの人達に触れさせたい」
その学校では、子どもたちが笑顔になれるようなイベントや、一線級の著名人を呼んで話を聞くといったことをやっているそうだ。

しかし、別の話も(こちらは聞いた話として紹介されたものだが)聞いた。
「様々なイベントを与える事が子どもたちのためになるとは限らない。日常の教育環境を取り戻す事が大切」

実際のところ、学校としての機能を失って避難所となっている所は文字通り「避難所」としてなんでもやるが、学校としての被害は少なく、学校としても再開している避難所では、徐々に避難者のための支援活動が敬遠されつつあるといった話も聞いた。

考え方も違いもあるのかもしれない。取り巻く環境の違いが、そうした違いを生んでいるのかもしれない。いずれにせよ、正解は誰にもわからないし、正解よりも今できる事、最善と思える事を一つひとつやっていかなければならない事に違いはない。

もう一つ強く感じたのは、緊急支援はさておき、今後の復興支援は、遠隔地からでは限界があるだろうという事だ。実際のところ、必要とされている支援は細かく違う。商売のように、相手にあわせた活動が必要で、同じ内容で大規模に、という活動はほとんど意味をなさない。

となれば、東京や西日本からできる事というのは限られてくる。むしろ現地への権限的な移譲や、期間を区切ってでも誰かを現地に投入して初めて効果的な支援活動ができるのではないか、という気がする。

そもそも、仙台と石巻でも違うし、石巻でも地区によって異なり、さらにいえば避難所のリーダーの考え方によっても違うのだ。
そうなれば営業が地域やお店、担当者に併せて商談をするように、進めていくしかない。一律なんて無理だから、あとは縁を活用するしかない。本社主導でああだこうだ考えるより、現地に担当者を(フリーの予算と共に)指名し、報告だけはあげてもらってあとは独自に動いてもらった方が良いのではないか・・・そんな事を考えてしまった。

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